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【前回までのあらすじ】
魔王、トンカツに敗北寸前。ポン酢の不備で生還。
◇◇◇
目の前には、ソースを添えた、二メートルのトンカツ。
……ポン酢は、まだない。
衣は剥がれかけて、その下から黒いもやもやが覗いてる。
……正直に言うと、まだちょっと、おいしそうに見える。
お腹は空いてる。ずっと空いてる。
あの匂いも、あの音も、ぜんぶ本物みたいだった。
でもね。
思い出したの。
サクラお姉ちゃんと食べたご飯は、いつも取り合いだった。
私のお皿から勝手に取っていくし、「一口ちょうだい」は一皿だし、最後の一個食べると三日は粘着してくる。
ひどい。ほんとにひどい。
……なのに、あれより美味しいご飯を、私は知らない。
「魔物さん。あのね」
私は、すぅっと息を吸った。
「あなたのトンカツ、すっごくおいしそうだった。ほんとに。ヨダレ出た」
『ナ、ナラバ──』
「でもね」
私は、まっすぐトンカツを見た。
「私、気づいちゃった。──お姉ちゃんと半分こして食べるトンカツの方が、ぜったい、おいしい」
『……ッ』
「お姉ちゃんはずるいから、私の分まで食べちゃうけど。『一口ちょうだい』が一皿レベルだけど。それでも」
「取り合いながら食べるトンカツが、世界で一番おいしいの」
「だから──ひとりで食べる二メートルのトンカツ、いらない」
しん、と霧が静まった。
『……食欲ニ……絆デ勝ツ、ダト……?』
トンカツが、わなわなと衣を震わせた。
『解析不能……解析不能……食欲ハ、個体ノ生存本能……絆ゴトキガ、上回ルナド……』
「エストちゃん……!」
辰美が、感動したみたいに私を見てる。
『……ふ。ふふ』
ダリアお姉ちゃんが、小さく笑った。
『そういうこと。この子の食い意地はね、ただの食欲じゃないのよ。──誰かと食べるための、食い意地なの』
『貴方、千年かけて、一番大事な調味料を読み違えたわね』
「え……ダリアお姉ちゃん、うまいこと言ってるようでダサい……」
『……横になりたい』
ダリアお姉ちゃんから、光が消えた。
……でも、そのあと。
『……ところで、エスト』
「なぁに?」
『貴女さっき、あの揚げ物に、堕ちかけていたわよね』
「お、堕ちてないよ? ……ギリギリだったけど」
『ギリギリ、だったのね』
「う、うん」
『私が千年待った妹と、揚げ物が、ギリギリの勝負だったのね』
「……ダリアお姉ちゃん、まだ怒ってる?」
『怒ってないわ。分析しているだけよ』
絶対、怒ってた。
──ゴ……ォ……。
トンカツが、震え始めた。
衣がぼろぼろと剥がれ落ちて、下から黒いもやもやが噴き出す。
『モウイイ……化ケルノハ、ヤメダ……』
黒い渦が、天井まで膨れ上がった。
『直接、喰ラウ!! 精神ゴト! 記憶ゴト!! 貴様ラ全員ダ!!』
「ヤケクソになった!?」
『来るわ! エスト、辰美、下がって──』
黒い渦から触手みたいなもやが伸びて、床を、壁を、舐めるように溶かしていく。
触れられたら、たぶん、記憶ごと持っていかれる。
#探偵
橘靖竜
5,571
上野文
6,874
逃げ場が、なくなっていく。
ダリアお姉ちゃんの光が弾け、薄い膜になって私たちを包んだ。
黒い触手が膜にぶつかり、ぎしぎしと軋む。
『長くは持たないわ!』
その時。
辰美が、静かに前に出た。
「……下がる必要は、ありません」
「辰美?」
辰美が振り返って、にこっと笑った。
「エストちゃん。こういう時、サクラさんなら、どうすると思いますか?」
「……あ」
わかった。
私と辰美の声が、重なった。
「「不意打ちじゃなくて、サプライズ」」
『は?』
辰美の体が、ぼうっと赤く光る。
足元から炎が駆け上がって、皮膚に紅蓮の鱗が浮かんで──
次の瞬間、そこには真紅のドラゴンがいた。
「エストちゃん」
辰美が、翼をたたんで、頭を低くした。
「──私を、投げてください」
「ええっ!? わ、私が!?」
「サクラさんは言っていました。『考えてる暇があったら、一番硬いやつを投げろ』と。今この場で一番硬いのは、私です」
「え? 一番硬いのって、その辺の岩じゃない?」
「早くしてください!!」
辰美が、正論を全力で無視した。
「……頬が赤い。投げられたいのかな。まぁいいか」
私は、考えるのをやめた。
「でも私、辰美を持ち上げられないよ? 瓶の蓋も開けられないのに」
筋力5。それが私だ。
『……いえ。持ち上げる必要は、ないわ』
ダリアお姉ちゃんが、鋭く光った。
『貴女、筋力は絶望的だけど、魔力だけは無駄に膨大なのよ。──その魔力、使いなさい』
「魔力って、どうやって?」
『結界よ。前に何か、包んだり浮かべたりしたことはない?』
「あ! あるかも! 高いとこから落ちた時、真っ黒なシャボン玉が出て、ふわふわしたの!」
『……無意識で出してたのね、この子。それでいいわ。──辰美を結界で包んで、魔力ごと回して、射出しなさい』
『腕で投げるんじゃない。魔力で投げるのよ』
「魔力で、投げる……」
私は、両手を前に出した。
「魔力で投げる!! なんですかその興奮するワードは!? は、早く投げてください!」
辰美が鼻血を出しながら言った。
私は辰美とは深く関わらないようにしようと思った。
胸の奥が、ぎゅっと熱くなる。
あの時──みんなを守りたいって思った時と、同じ熱さ。
ぽわぁん……っ。
真っ黒で、でもどこか温かいシャボン玉が、辰美をまるごと包み込んだ。
「わ! 浮きました!」
結界の中で、真紅のドラゴンがぷかぷか浮いてる。
「エストちゃん! 遠慮なく、ぶん投げてください! むしろご褒美です!」
「最後で台無しだよ!?」
『情緒がめちゃくちゃよこの竜!!』
膜の外で、黒い触手がぎしぎしと音を立てる。
「い、いくよ、辰美!」
「はいっ!!」
私は、サクラお姉ちゃんの真似をして、両手をぐるんと回した。
シャボン玉が、私の魔力に引っ張られて、ぐるん、ぐるんと私の周りを回り始める。
一周。二周。三周。
どんどん速く。どんどん速く。
……もし、外れたらどうしよう。
……大丈夫。お姉ちゃんが言ってた。
──『外れたら、ドッキリってことにしとけ。ドッキリって言えば世界は許す』
世界、許しちゃだめだと思う。でも、勇気は出た。
真っ黒なシャボン玉に入った真紅のドラゴンが、暗闇の中でびゅんびゅん円を描く。
「エストちゃん、目が回りま──」
『膜、開けるわ!──今よ!』
「──とりゃぁぁぁぁあああッ!!」
ぱんっ!
結界が弾けて、中身だけが射出された。
びゅんっ!!!
真紅のドラゴンが、炎の尾を引いて、黒い渦のど真ん中へ飛んでいく。
「サプラァァァイズ!!」
辰美が飛びながら、自分でブレスも吐いた。鼻血も。
ドッゴォォォォォォォンッ!!!
炎をまとった竜の巨体が、渦の中心を貫通した。
その勢いのまま、奥の岩壁に頭から突き刺さった。
『ギ……ャ……理不尽……記憶ノ中ノ、アノ女ト……オ前モ、同ジ──』
黒いもやもやは、最後にそう言い残して、光の粒になって消えた。
霧が、すぅっと晴れていく。
……岩壁の辰美は、刺さったまま、動かない。
「……凄い音したけど、生きてるのかな?」
『可能性は低いわね……』
「ええっ」
──ピロン♪
『討伐完了。経験値を分配します』
どこからか、機械みたいな声がした。
『竜族・辰美:経験値0』
突き出た翼が、だらんと垂れた。
「あ、生きてた」
『魔王エスト:経験値0』
「私も!?」
『判定理由:被投擲者の著しい歓喜を確認。本人申告に基づき、戦闘行為ではなく「ご褒美」と認定。投げた側も笑っていたため、共同娯楽に分類。お前ら二人ともな。正直、ドン引き。』
「システムが素になった!?」
「経験値、欲しかったです……久しぶりに、ドラゴンになったのに……」
岩壁から、辰美のくぐもった声がした。
「私だって……初めて魔物に勝ったのに……」
私も、その場にしゃがみこんだ。
勝ったのに、敗北感がすごい。
「……エストちゃん」
「……なに、辰美」
「「変態って、損だね(ですね)」」
『貴女は認めるんじゃないわよ!!』
*
「て、ててて……」
ようやく壁から頭を抜いた辰美が、人型に戻って、ふらふら歩いてきた。
「辰美! 大丈夫!? ごめんね!?」
「大丈夫です……それより、エストちゃん」
辰美は、頭にたんこぶを作ったまま、ぐっと親指を立てた。
「今の回転、サクラさんそっくりでした」
「ほんと!?」
「はい。投げられながら、一瞬、サクラさんの背中が見えました……尊い……」
「たんこぶで幻覚見てるだけじゃないかな!?」
『…………』
ダリアお姉ちゃんが、ずっと黙ってた。
「ダリアお姉ちゃん?」
『……投げて、勝ったわ』
「うん!」
『竜を、投げて、精神干渉体に、物理で勝ったのよ。私の計算していた最適解、全部いらなかったわ』
「ダリアお姉ちゃんのおかげだよ? 膜で守ってくれたし、魔力で投げるの、教えてくれたじゃん」
『……それも、そうね。ふふ、今回は一回くらい活躍したかしら』
「鑑定は一回も始まらなかったけどね?」
『掘り返すんじゃないわよ!! 私だってやりたかったのよ鑑定!!』
ダリアお姉ちゃんが、悲鳴みたいに光った。
『……はぁ。もういいわ。学んだもの』
「なにを?」
『あの子に関しては、正しい方が、間違いなのよ』
ダリアお姉ちゃんの声は、疲れてたけど、ちょっとだけ笑ってるみたいだった。
「じゃあ、次はダリアお姉ちゃんも投げてあげよっか? 髪飾りだから、遠くまで飛ぶよ?」
『丁重にお断りするわ!!』
「羨ましい……」と辰美が呟いた。
『羨ましがるな!!』
*
歩き出してから、ダリアお姉ちゃんが、ぽつりと呟いた。
『……ねぇ、エスト』
「なぁに?」
『貴女、どうして最初の一瞬で分かったの。私の鑑定魔法が、起動もできない速さだったわ』
「んー……」
私は、ちょっと考えた。
「だって、本物のお姉ちゃんが私を見つけたらね、最初に言うことは決まってるもん」
『何て言うの?』
「『無事!?』じゃなくて──『腹減った。なんか持ってない?』」
「あはは! それ、絶対言う!」
辰美が手を叩きながら笑った。
『…………』
『……そう。それが、今のあの子なのね』
ダリアお姉ちゃんは、少しの間、静かに光ってた。
怒ってるのとも、呆れてるのとも、ちょっと違う光り方だった。
『……早く、会いたくなってきたじゃない。文句が、山ほどあるわ』
「うん! いっしょに探そ!」
私は、髪飾りをそっと撫でて、暗闇の先へ歩き出した。
お姉ちゃん。
偽物はね、優しすぎたから、すぐ分かったよ。
トンカツはね、……ちょっと、あぶなかった。
だから早く、見つけるね。
見つけたら──トンカツ、半分こしようね。
……四分の一でも、いいから。
……一口でも、いいから。
(つづく)
◇◇◇
──【今週のサクラ語録】──
『考えてる暇があったら、一番硬いやつを投げろ』
解説:
サクラ式・遠距離問題解決の基本理論。
悩みは投げても解決しないが、硬いものを投げると大体の問題は物理的に解決する。
なお本理論に「失敗」は存在しない。
当たれば「サプライズ」、外れれば「ドッキリ」、本人は「スッキリ」と定義されているためである。
「ドッキリって言えば世界は許す」(サクラ談)。
ただし本理論はサクラが投げる側の時のみ有効であり、
サクラにドッキリを仕掛けた場合、世界が許してもサクラは許さない。
三日は粘着される。
コメント
1件
エストちゃん、トンカツに負けそうになりながらも「お姉ちゃんと半分こするからいらない」って言い切ったところ、胸がじんわり熱くなりました。あの選択の裏にある記憶と信頼の重みが、すごく伝わってきて。そして辰美を投げる展開、まさかすぎて笑ったけど、サクラさんの「ドッキリって言えば許す」理論に全部持ってかれました。ダリアお姉ちゃんの鑑定できなかった悔しがり方も可愛くて、次も楽しみです🌷