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午後の校庭は、笑い声とざわめきに満ちていた。風は穏やかに吹き、遠くの木々がざわざわと音を立てる。
日差しは少し傾き、校舎の影が長く伸びていた。
東野 翔(ひがしの しょう)はクラスの中心で笑顔を振りまく。友達が次々に声をかけ、軽口を交わす。
誰もが振り返る人気者の翔。
しかし、その笑顔は表向きの仮面に過ぎなかった。
心の奥では冷静でクールな自分を保ち、誰にも見せない感情を隠していた。
教室の奥には、静かにノートをめくる少女の姿があった。
西野 紬(にしの つむぎ)――外ではクールでおとなしい彼女は、他人と距離を置き、存在を主張しない。
しかし翔は知っている。二人きりになれば、紬は明るく抜けた素顔を見せることを。
学校では互いに名字で呼び合う。
「東野くん、今日の授業聞いてた?」
「西野さん、ノート貸してくれ」
その呼び名には距離と冷静さが含まれる。
外の世界では互いに心を出せず、仮面をかぶるしかない。それでも翔の視線は紬の存在に向けられていた。
授業が終わり、クラスがざわめきながら教室を出ていく。翔も校庭の方へ足を運ぶ。
目の先には、放課後の二人だけの秘密の場所――小さな神社のベンチがある。
「今日も…来てるかな…?」
翔は心の中でつぶやく。
学校では仮面をかぶり、人気者として振る舞う自分。しかしここでは、心から笑える自分でいられる。
ベンチにはすでに紬が座っていた。白いシャツに紺のスカート、肩まで伸びた髪をそっと整える。
微笑みながら手を振る。「翔。今日も時間ぴったりねっ」
翔は少し照れたように目を細める。「21:29だしな」
ここでは呼び名も役割も不要。互いに素直な自分でいられる時間。
翔はそっと紬の手を触れ、木の枝から落ちた小さな葉を払いのける。
「ここだと、本当にお前に会えてる気がする」
紬は肩をすくめて笑う。
「私も。同じ気持ち。外ではあんなにクールにしてるのに…ここでは素直になれる」
二人の間に流れる空気は、昼の校庭とは違う。
静かで柔らかく、時折吹く風が髪を揺らす。ここでは互いの息遣いも、指先のぬくもりも自然に感じられる。
翔は紬の瞳を見つめる。そこには、他人には見せない光がある。純粋で、無防備で、温かい光。
「ねぇ、翔…」紬の声が少し震える。「なんで外ではあんなに遠いのに、ここではこんなに近いの?」
翔は微笑んで肩の力を抜く。「俺たち、学校では役割を演じてるからな。でもここではそんなのいらない」
紬は小さく笑い、目を細める。「なんだか…切ないね」
翔も同意する。「でも、それが俺たちの21:29なんだ」
夜風が二人の頬を撫で、葉のざわめきが心地よく響く。21:29――この時間があるから、学校での仮面も耐えられる。
翔は手の中の温もりを感じながら呟く。
「これからも…ここで、お前と一緒にいよう」
紬は微笑み返す。「もちろん。21:29は、私たちの時間だから」
夕闇が広がり、ベンチの二人の影が寄り添う。校庭では嘘の仮面をかぶる二人も、この時間だけは本当だった。
翔は心の中で思う。「この時間がずっと続けばいいのに」
紬もまた思う。「外では無理でも、ここでは翔の隣に私でいられる。
二人の21:29が、静かに、そして確かに始まった。