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画像 ヴァンパイア少女は甘く喰む


第一章『始まりⅢ』



目を開けると、そこには見慣れた天井が広がっていた。

自分の部屋だ。



(あれ……?……なんで……僕)



なぜ自分の部屋で寝ていたのだろう。頭がぼんやりとしていて、よくわからない。


重い上体を起こしカーテンの隙間から窓を覗くと、外はすっかり日が沈み真っ暗になっていた。


やがてオレンジ色の光が窓を照らし、車の音とともに横に流れていった。


その光が引き金となり、記憶がフラッシュバックする。


夕日に照らされた教室。


友人が女子生徒を咬み殺す光景。


怯える奏多を見て笑う、化物の姿。


廊下を濡らす赤い血。


深く抉れた腹部──。



「──っ!?」



体に掛けてあった布団を剥がし、服の裾を強く握る。


心臓がうるさいほど拍動し、額に汗が滲む。


奏多はゆっくりと裾を捲って腹部を確認した。


そこには臓器もろとも肉を抉られ、見るも無惨な傷口が──なかった。


腹部には傷一つついていなかったのだ。


奏多はあらわになった肌を恐る恐る撫でた。


やはりそこには何も無い。


全部夢だったのだろうか。


だとしたら、どこからどこまでが現実なのか。


友人の形をした化物に襲われたとき、とてつもない痛みを感じた。


ぬるりとした生暖かい血の感触も、熱が奪われる感覚も。


──殺される恐怖も。


すべてが現実に思えたそれは、ただの夢だったのか。


なんて縁起の悪い悪夢だ。


奏多は置いてあったスマホを手に取り、朔也に連絡しようとした。


お前に殺されそうになる夢を見たと、笑い話にするために。


そうでもしないと、夢だという実感が湧かない気がしたからだ。


どうにかして、今は安心したかった。



「……うそ……だろ」



しかし連絡帳から彼の名前を探すが、一向に出てこない。


スクロールを繰り返し、ようやく映し出されたかに思えた連絡先は、文字化けして読めなくなっていた。


まるで最初からいなかったように、葵朔也の三文字は忽然こつぜんと姿を消していた。


先程までの安堵と不可解な現象への不安が入り混じり、奏多は震え始めた体を強く抱きしめた。



コンコン



部屋のドアが2回ノックされ、ハッと我に返る。

しばらくしてドアがゆっくりと開き、誰かが部屋を覗き込んだ。



「あ、起きた?」



聞き馴染みのある声がし、顔をあげるとそこには姉──一ノ瀬美鈴いちのせみすず──の姿があった。


茶髪のショートボブ。シンプルな黒いTシャツに裾が開いたジーンズを身にまとっている。



「どう?体調は……ってなんて顔してんのよ」



美鈴は部屋に入り、ベッド脇で足を止めた。

質問を無意識に聞き流し、代わりに疑問を口にした。



「なんで……仕事は?」



すると呆れたようにため息をつき、美鈴は質問に答えた。



「あんたが貧血で倒れたって先生から電話があったから、仕事を切り上げてきたのよ。

弟を優先するのは当たり前でしょ?」



「貧血……」



「覚えてないの?」と美鈴は目を見開いた。



「下校時刻、とっくに過ぎてたのに玄関前で倒れてる生徒がいたからびっくりした、って先生言ってたよ」



「そう……なんだ」



「まだちょっとだけ顔色悪いけど……ほんとに大丈夫?」



姉が眉を寄せて弟の顔を覗き込む。



「うん。ただちょっと……怖い夢を見て……」



「ふーん、どんな?」



「学校で朔也が化け物になって……同級生が殺された後に、僕が殺されそうになる夢。

おかしな夢だよね。けどそれがめちゃくちゃリアルで……」



奏多が説明すると、怪訝そうな顔をして美鈴は聞いた。



「さくや……って誰?」



「えっ……葵朔也だよ。姉ちゃんも会ったことあるでしょ?」



「そんな子いたっけ?」



「……は?」



友人の存在が、姉の記憶からも抹消されている。


ありえない。非現実的なことが目の前で起こっている。



「もう……夢と現実の区別くらい、はっきりしなさいよね」



そう言った美鈴は背を向け、部屋から出ていこうとした。


最初から夢だと思い込むには無理があった。


でも、どうしても安心したかった。


あの出来事はすべて夢で、奏多の生活は平穏で平凡なものだと信じたかったのだ。


美鈴はもう一度振り向き、笑いながら言った。



「なんて顔してんのよ。

ほら、夕飯にするよ。イブちゃんが下で待ってる」



立て続けに耳を疑った。



「え……どうして、名前……」



「何言ってんの、イブちゃんは──


私達の家族でしょ」


奏多はベッドから起き上がり、美鈴を押しのけ部屋から飛び出した。




リビングのドアを開けると、ソファーに腰掛けた少女の姿があった。



「イブ……?」



名前をつぶやくと、少女はゆっくりとこちらを振り返り、あどけなく笑った。



「カナタ、おはよう」



細められた赤い瞳が、どこか不気味に感じられた。



「ちょっと……急に動いて大丈夫なの!?」



美鈴が心配そうに奏多の腕を掴んだが、彼は気にせずイブを見つめた。


美鈴は、イブがここにいることに疑問を抱いていないのだろう。彼女を見て驚くこともなかった。


昨日は一度も、イブのことを説明していないというのに。


結局、泊まり込みで仕事をしたのか近くでホテルを取ったのかはわからないが、美鈴は家に顔を出さなかった。


だからイブがここにいることも、ましてや彼女の名前すら知らないはずなのである。



「姉ちゃん……イブといつ仲良くなったの……?」



奏多が問うと、困惑気味に答えた。



「えぇっ……?いつからって……もう随分と前だから覚えてないわよ……」



「そんなはずない……だってイブは、昨日初めて会ったんだ」



「はぁ??そんなわけ……もしかして、倒れたときに頭でも打ったんじゃ……」



やはり何かがおかしい。


奏多の記憶と美鈴の記憶が一致していない。


人間誰しも記憶違いをすることはあるだろう。


人は今まで起きた出来事、発言を完璧には覚えられない。


それは頭のどこかで捻じ曲げて記憶してしまうから。


だけど今起きていることは、そんな単純なことではない。


勘違いでもなんでもない。


事実が直接捻じ曲げられているのだ。

朔也の時と同じで、謎の力が働いているとしか思えなかった。


奏多は、不気味に光るルビーのような瞳をじっと見つめ続けた。


ふと、妖しく輝くマラカイトの瞳を思い出す。


同じだ、あいつと……化物になった朔也と同じ目をしている。


彼の腕を掴む姉の手を取り、少女と距離を取った。



「ちょっと……どうしたのよ」



困惑している美鈴に目線だけ配り、できるだけ落ち着いた声で言い放った。



「姉ちゃん……ここから出よう」



「は?何言ってんのよ」



「いいから早く……!!」



驚く姉の腕を引っ張り、リビングから出る。


靴を履く暇もなく、2人は靴下のまま外に飛び出した。


あの少女は普通ではない。最初に気づくべきだったのだ。


学校でみた、化物と同じであることを。





奏多と美鈴は近所にある公園に来ていた。

6時を過ぎたばかりだったが、人の姿は全く無かった。


日が落ちるのが早くなったからだろう。


まるで彼ら以外は暗闇に溶けて消えてしまったかのような。


そんな錯覚を起こしそうで、奏多は恐怖を感じていた。



「あぁもう……無理……」



美鈴は息を切らして近くのベンチに腰掛けた。



「靴くらい履かせてくれたっていいじゃない……うわ、穴空いてるし」



足裏に付いた土埃を払い落としながら文句を垂れる。


とりあえずは距離を取ることができたのだろう。彼女の姿は見えなかった。



「それにしても、急にどうしたのよ。そんな慌てて」



「……」



二人の間に沈黙が流れ、やがて意を決して奏多は冷静を装い話を切り出した。



「……姉ちゃん……今から言う事、何も考えずにちゃんと聞いて。

……しばらく、家から離れて。あの子と関わっちゃだめだ」



「はぁ?何言って……」



「普通じゃない。全部……おかしいんだよ」



イブという正体不明の少女を軸に、現実が狂い始めている。


存在しないはずの“異物”が社会に組み込まれ、辻褄が合うように事実が塗り替えられている。


そして存在していたはずの友人が、現実から弾き出された。



「とにかく、あの子と一緒にいたら何が起こるか分からない。もしかしたら命が危ないかもしれない……」



「ちょっと待ってよ、何を言ってるの?イブちゃんは私達の家族で──」



「イブは家族じゃない!!」



声を荒げる奏多に、美鈴は訝しげな顔をした。



「ねぇ、さっきからおかしいよ?……家族じゃないなんて……そんな」



「おかしいのは姉ちゃんの方だ!!ちゃんと思い出して……今まで、ずっと僕と姉ちゃんの二人で暮らしてたでしょ!?イブなんて女の子は最初からいないんだよ!!」



奏多は姉の両肩を強く掴み、揺さぶった。

あの少女と離れればなにかが変わると信じていた。

しかし奏多の願いも虚しく、姉は何も変わることがなかった。


両肩を掴んだ奏多の手に触れ、美鈴は言い放った。



「それ以上イブちゃんを悪く言うなら、どんな理由があっても許さないよ」



「姉ちゃ……」



「イブちゃんと喧嘩したのか知らないけど、あの子も私達と同じ孤児だったんだよ?拒絶される辛さくらい分かるでしょ?」



「……」



違う。そうじゃないんだ。

イブは、人間じゃないんだよ。

なんで分かってくれないんだ。



「……とにかく、イブちゃんのところに戻って仲直りして。いい?」



そう言って、美鈴は来た道を戻ろうと背中を向けた。


だめだ。戻ってしまったら。


先を歩く姉の背中に手を伸ばす。


しかし、美鈴は何かを見つけたように走り出した。



「あ、イブちゃん!」



「ぁ……」



姉の目の前には、微かに笑みを浮かべる少女の姿があった。



「ごめんね、独りにして」



美鈴が優しく少女を抱きしめる。



「ちょっとあいつは、頭を打って混乱してるみたいだから……気にしないでね」



少女も美鈴の背中に小さな両腕を回した。



「だいじょうぶだよ、ミスズおねえちゃん。

でも──」



美鈴の耳元に口を近づけ、少女は囁いた。



「いまはカナタと、おはなしをさせて?」



その瞬間、美鈴は意識を失いその場に倒れ込んだ。


朔也と女子生徒の光景がまた、フラッシュバックする。



「あ……あぁ……」



無いはずの傷口が痛みだし、心臓が大きく拍動する。


上手く息ができなくなり、奏多はその場に崩れ落ちた。


少女は倒れた美鈴を横目に、こちらへ歩き始めた。


逃げなければと頭では分かっていても、身体は言うことを聞かない。


少女が近づくたびに恐怖心が募り、呼吸も速くなっていく。


きっと、あの少女は朔也と同じ化物で、食事を見られてしまった彼の存在を抹消したのだろう。


そして大怪我を負って死にかけたはずの奏多が、何故か生きていることを知り、家族に扮して殺そうとしているのだ。


隙が生まれるタイミングを図るために。


逃げなければ。でもどうやって。


考えれば考えるほど呼吸は乱れ、視界は歪んでいった。


その間少女と奏多との距離は縮んでいく。


あぁ、もうだめだ。


殺される──



「おちついて、カナタ」



気づいたら頬に小さな手が触れていた。



「だいじょうぶ。怖いものは、なにもないから」



少女──イブ──は過呼吸に陥った奏多をなだめ始めた。


そして静かに抱き寄せ、奏多が落ち着くまでずっと離さなかった。




姉をベンチに運んだ後、奏多は近くに腰掛けた。


イブはブランコに座り、ゆっくりと漕ぎ始めた。


静寂の中、キイキイと金属が擦れ合う音だけが響く。



奏多が横たわる姉に視線を送ると、イブは答えた。



「だいじょうぶ。お姉さんには眠ってもらっただけだから」



奏多は意を決して問うた。



「……僕を殺さないの?」



「どうして?」



「きみは……あの化物の仲間なんでしょ?」



「……」



あの出来事は夢であって現実ではない、と否定してほしい気持ちを含めながら、奏多はさらに続けた。



「あのとき化物……朔也に襲われて死にかけた。

そしたら……家にいるはずのきみが」



記憶を探るように、右手で頭に触れる。

目が覚めたらいつの間にか自分の部屋にいて。


仕事を切り上げてきた姉との、辻褄の合わない記憶の不一致。


葵朔也の存在の抹消。


現実ではありえない出来事が立て続けに起きて、もう訳がわからない。



「僕に……見られたから、朔也を消して、僕のことも殺しにきたんじゃないの……?」



短い沈黙が流れる。



「たしかに、あの子はわたしと同種だけど、仲間じゃない」



「同種……?」



「吸血鬼。人間の血を飲んで生きながらえる……あなたの言うとおり、化物」



「でも……朔也は僕の友達だったんだ。何年も前から……」



襲ってきた化物は、正体を現すまでは奏多の友人だった。


同じクラスメイトで、何度も一緒に帰っていた。


だが、今まで一度もそんな素振りは見せなかったのだ。



「……ずっと一緒にいたっていう“ニセモノの記憶”を、植え付けられてたのかもしれない。

そうやって誰も気付けないくらい、吸血鬼は人間に紛れてくらしているの」



「そんな……」



「だけどカナタは、吸血鬼の食事を見ちゃったから。

見つかったら、記憶の書き換えはもうできない。

だけど……その人間を殺しちゃえば、なんの問題もなくなるでしょ。

だから、あの子はカナタを襲った」



空想上の生き物だと考えられてきたものが、身近で息を潜めていた。


どの創作物とも程遠い、残酷な生き物として。


奏多は服の上から存在しない傷口を押さえた。


ゆっくりと目を伏せて、イブは続けた。



「おかしいと思わない?」



「え……?」



「カナタは、吸血鬼に襲われて死にかけた。

けど、実際カナタはここにいる。無傷で。それはどうしてだと思う?」



問いかけに戸惑いを浮かべる奏多に、もう一度問うた。



「本当に……大丈夫だった、って思う?

助かったって、思ってる?」



イブは奏多を焦らすように、少しずつゆっくりと、言葉を口にした。



「カナタ、あなたはね



本当は、あのとき



死んじゃったんだよ

第一章『始まり』つづく

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