「※この物語はフィクションです。実在の人物及び団体等とは一切関係ありません」
私と三柴には秘密がある。
「今日の夕飯なにがいい?お前の好きなもの作るよ」
「今日は、私がオムライス作ってあげる」
「本当?でもオレ、尽くされるより尽くしたいタイプなんだ」
「……っ」
イケメンに抱きしめられて、私はパンに挟まれたキュウリみたいな気分だった。
みんなの羨ましそうな視線を一身に集める。
「コラ、いちいちイチャつくな。くたばれ、バカップル」
「どうもありがとう。全力で幸せになるわ」
「安心しろ。お前のことはオレが必ず幸せにするよ」
こう見えて私達、
実は、付き合ってない!
〈1話〉
数日前――。
大学に入って1年半と少し、それは3度目の不幸だった。
「ミチル、また逃げられたの?」
周りの目を気にすることもなく、私は大学のラウンジのテーブルに突っ伏した。
頭を抱える私を見て、 葉山(はやま)依鈴(いすず)がへらへらと締まりのない口で笑う。
「もー、フラれたみたいに言わないで」
「似たようなもんっしょ。3度目じゃん。同居人に逃げられるの」
大学入学をきっかけに、私は生まれ育った家を出た。
自立の第一歩として選んだのは、友達とのルームシェア。
だけど、その同居人がなぜだかころころ変わる。
「最初の同居人はホームシックで実家に帰っちゃって、2人目は未だに音信不通。んで、今度は?」
「マー君と一緒に住むことにしたの♥――って、目の前でイチャイチャしながら言われた」
「ありゃりゃー。ご愁傷様」
3人目の同居人は、彼氏ができたから家を出て行った。
だんだん帰る時間が遅くなって、泊まりが増えて、帰ってくる日の方が少なくなって、ついには出て行っちゃった。
急な退去を謝ることもなければ、次の同居人が見つかるまでの家賃を置いてくこともなかった。
家に置いていったのは買い置きしていた食材と、2人目の同居人が残して行った家具だけ。
そして、私に残された選択肢は3つ。
2人分の家賃を払い続けるか、実家に戻るか、新しい同居人を見つけるか。
「……依鈴、うち住まない?」
「やだね。ミチル、家事とか苦手じゃん。アンタの世話してらんないってーの」
「私のことは口の利けるペットだと思って!」
「人を飼う趣味はない」
だよねえ、と言って、私はバッグからA4の紙を取り出した。
徹夜で作った、同居人募集の張り紙だった。
なんとしても同居人を見つけたくて、募集要項は最低限にした。
女性であること、家賃光熱費は折半。
それから、多少部屋が汚くても大丈夫な人。
多少――なんて便利で素敵な言葉なんだろう。
貼る場所を考えていると、ラウンジのざわめきが変わった。
「あ、ゆでたまご王子だ」
小さな声で、誰かがそう言った。
昼時のラウンジには人が溢れてて、それが誰に向けての言葉なのかわからない。
「……ゆでたまご王子?なにそれ美味しそう」
「え、知らないの!?ほら、あそこ」
依鈴の指の先を辿ると、すらりとした背中が見えた。
涼し気な横顔にはちょっと見覚えがある。
「あー、名前なんだっけ……柴田?」
「惜しい。三柴ね。三柴航平(みしばこうへい)。人の名前覚えるの、ほんと苦手だね」
三柴は傍にいた男子と何事か話しながら、こっちに向かってくる。
隣のテーブルの女の子たちが、きらきらと色めき立つ。
「よう」
そのまま通り過ぎるかと思ったら、三柴は私の横で足を止めた。
「え、なに?」
「ジジ先生が探してたぞ」
「ジジ先生が?わかった。教えてくれてありがと」
用は済んだとばかりに、三柴とツレは踵を返してラウンジを出て行った。
「え?アンタ、ゆでたまご王子と知り合い?」
「別に、ちょっと講義がかぶってるだけ。特に仲良いわけじゃないよ」
「そうなの。まあ、王子って知らなかったくらいだしね」
女の子たちの視線が私に集まってたから、少し大きな声で言った。
ぎらついた視線が断ち切られて、女の子たちが興味を失ったのがわかった。
私がそうだったように、きっと三柴だって私の顔と名前は一致してない。
私たちは互いの名前すらあやふやな仲だ。
「で、ゆでたまご王子って?食べられそうもないけど」
「『ゆでたまご男子』って知ってる?今、女子の間で密かに人気なんだけど」
「なに、草食系男子の親戚?」
「ザックリ言うと、清潔感がある女子力高いイケメンをそう呼ぶんだって。三柴くんはうちの大学で1番イケメンだから、王子なわけだ。優しくって、性格も良いらしいしね」
ふーん、と相槌を打ったけど、彼に興味はなかった。
だって、男じゃ同居人にできない。
「うそ、興味ない?チャラチャラ遊んでなくて、優しくて、頭も顔もイイって最高じゃん。それとも好みのタイプじゃないとか?」
「私、イケメンは観賞用だと思ってるから」
「うわあ……。ていうか、ミチルも彼氏作れば?そんで同棲しちゃえばいいじゃん。日常は潤って、家賃諸々の問題もまるっと解決」
「えー、やだ。逆にしんどそう。そういうの興味ないし」
「なんでそんな枯れてんのさ……。自分が女の子だって思い出して」
女の子の選択って、自分以外の誰かに左右されがちだ。
服に髪型、リップやネイルの色に、休日の過ごし方まで、たくさんのことが好きな人にどう見られたいかで決まったりする。
可愛くなるためにチョコレートを我慢して、あらゆる雑誌とにらめっこして、窓や鏡を見るたびに前髪を気にする。
そういう可愛いの積み重ねを女の子と呼ぶなら、私はきっと女の子にはなれない。
好きな人が口ずさむ歌を検索したりなんか、一生ないと思う。
SNSを何度もチェックしたり、他の女の子と絡むたびにヤキモキしたりなんか、できそうもない。
女の子になるのって、ハードルが高い。
「ということで、合コンの誘いなら他あたって」
「やっぱ狙いバレてたか。人数足りないんだよ。無給のバイトだと思って、どう?」
「無給とかブラックじゃん。最低賃金は守って。ていうか私が欲しいのは、ただの同居人だからパス」
「そんなこと言って、将来さびしい思いすることになるよ。末路は孤独死だよ?」
「じゃあ、万が一のときに救急車呼んでもらえるように、今から同居人を探してくるわ。ジジ先生のとこも行かなきゃだし、またね」
手にしたチラシをひらひら振って、私はラウンジを後にした。
「お先失礼しまーす」
夜、バイト先を出てすぐに、私は期待を込めてスマホをチェックした。
もしかしたら、同居人募集のチラシを見た人から連絡が来てるかもしれない。
だけど、来てたのはSNSの関係ない通知だけだった。
バイトの疲労に、更に心労がのしかかる。
これはもう、コンビニで1番お高いアイスを買っても許される。
そう思って行き先を変更すると、誰かと肩がぶつかってしまった。
「あ、ごめんなさ――」
い、とは言えなかった。
ぶつかった人の身体がゆっくりと傾ぎ――そのまま、倒れてしまった。
アスファルトに頬をつけたまま、ピクリとも動かない。
「え、ウソ。殺っちゃった!?」
〈続〉
コメント
4件