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寺育ちのK
#ヒューマンドラマ
56
瀬名 紫陽花
「※この物語はフィクションです。実在の人物及び団体等とは一切関係ありません」
私と三柴には秘密がある。
「今日の夕飯なにがいい?お前の好きなもの作るよ」
「今日は、私がオムライス作ってあげる」
「本当?でもオレ、尽くされるより尽くしたいタイプなんだ」
「……っ」
イケメンに抱きしめられて、私はパンに挟まれたキュウリみたいな気分だった。
みんなの羨ましそうな視線を一身に集める。
「コラ、いちいちイチャつくな。くたばれ、バカップル」
「どうもありがとう。全力で幸せになるわ」
「安心しろ。お前のことはオレが必ず幸せにするよ」
こう見えて私達、
実は、付き合ってない!
〈1話〉
数日前――。
大学に入って1年半と少し、それは3度目の不幸だった。
「ミチル、また逃げられたの?」
周りの目を気にすることもなく、私は大学のラウンジのテーブルに突っ伏した。
頭を抱える私を見て、 葉山(はやま)依鈴(いすず)がへらへらと締まりのない口で笑う。
「もー、フラれたみたいに言わないで」
「似たようなもんっしょ。3度目じゃん。同居人に逃げられるの」
大学入学をきっかけに、私は生まれ育った家を出た。
自立の第一歩として選んだのは、友達とのルームシェア。
だけど、その同居人がなぜだかころころ変わる。
「最初の同居人はホームシックで実家に帰っちゃって、2人目は未だに音信不通。んで、今度は?」
「マー君と一緒に住むことにしたの♥――って、目の前でイチャイチャしながら言われた」
「ありゃりゃー。ご愁傷様」
3人目の同居人は、彼氏ができたから家を出て行った。
だんだん帰る時間が遅くなって、泊まりが増えて、帰ってくる日の方が少なくなって、ついには出て行っちゃった。
急な退去を謝ることもなければ、次の同居人が見つかるまでの家賃を置いてくこともなかった。
家に置いていったのは買い置きしていた食材と、2人目の同居人が残して行った家具だけ。
そして、私に残された選択肢は3つ。
2人分の家賃を払い続けるか、実家に戻るか、新しい同居人を見つけるか。
「……依鈴、うち住まない?」
「やだね。ミチル、家事とか苦手じゃん。アンタの世話してらんないってーの」
「私のことは口の利けるペットだと思って!」
「人を飼う趣味はない」
だよねえ、と言って、私はバッグからA4の紙を取り出した。
徹夜で作った、同居人募集の張り紙だった。
なんとしても同居人を見つけたくて、募集要項は最低限にした。
女性であること、家賃光熱費は折半。
それから、多少部屋が汚くても大丈夫な人。
多少――なんて便利で素敵な言葉なんだろう。
貼る場所を考えていると、ラウンジのざわめきが変わった。
「あ、ゆでたまご王子だ」
小さな声で、誰かがそう言った。
昼時のラウンジには人が溢れてて、それが誰に向けての言葉なのかわからない。
「……ゆでたまご王子?なにそれ美味しそう」
「え、知らないの!?ほら、あそこ」
依鈴の指の先を辿ると、すらりとした背中が見えた。
涼し気な横顔にはちょっと見覚えがある。
「あー、名前なんだっけ……柴田?」
「惜しい。三柴ね。三柴航平(みしばこうへい)。人の名前覚えるの、ほんと苦手だね」
三柴は傍にいた男子と何事か話しながら、こっちに向かってくる。
隣のテーブルの女の子たちが、きらきらと色めき立つ。
「よう」
そのまま通り過ぎるかと思ったら、三柴は私の横で足を止めた。
「え、なに?」
「ジジ先生が探してたぞ」
「ジジ先生が?わかった。教えてくれてありがと」
用は済んだとばかりに、三柴とツレは踵を返してラウンジを出て行った。
「え?アンタ、ゆでたまご王子と知り合い?」
「別に、ちょっと講義がかぶってるだけ。特に仲良いわけじゃないよ」
「そうなの。まあ、王子って知らなかったくらいだしね」
女の子たちの視線が私に集まってたから、少し大きな声で言った。
ぎらついた視線が断ち切られて、女の子たちが興味を失ったのがわかった。
私がそうだったように、きっと三柴だって私の顔と名前は一致してない。
私たちは互いの名前すらあやふやな仲だ。
「で、ゆでたまご王子って?食べられそうもないけど」
「『ゆでたまご男子』って知ってる?今、女子の間で密かに人気なんだけど」
「なに、草食系男子の親戚?」
「ザックリ言うと、清潔感がある女子力高いイケメンをそう呼ぶんだって。三柴くんはうちの大学で1番イケメンだから、王子なわけだ。優しくって、性格も良いらしいしね」
ふーん、と相槌を打ったけど、彼に興味はなかった。
だって、男じゃ同居人にできない。
「うそ、興味ない?チャラチャラ遊んでなくて、優しくて、頭も顔もイイって最高じゃん。それとも好みのタイプじゃないとか?」
「私、イケメンは観賞用だと思ってるから」
「うわあ……。ていうか、ミチルも彼氏作れば?そんで同棲しちゃえばいいじゃん。日常は潤って、家賃諸々の問題もまるっと解決」
「えー、やだ。逆にしんどそう。そういうの興味ないし」
「なんでそんな枯れてんのさ……。自分が女の子だって思い出して」
女の子の選択って、自分以外の誰かに左右されがちだ。
服に髪型、リップやネイルの色に、休日の過ごし方まで、たくさんのことが好きな人にどう見られたいかで決まったりする。
可愛くなるためにチョコレートを我慢して、あらゆる雑誌とにらめっこして、窓や鏡を見るたびに前髪を気にする。
そういう可愛いの積み重ねを女の子と呼ぶなら、私はきっと女の子にはなれない。
好きな人が口ずさむ歌を検索したりなんか、一生ないと思う。
SNSを何度もチェックしたり、他の女の子と絡むたびにヤキモキしたりなんか、できそうもない。
女の子になるのって、ハードルが高い。
「ということで、合コンの誘いなら他あたって」
「やっぱ狙いバレてたか。人数足りないんだよ。無給のバイトだと思って、どう?」
「無給とかブラックじゃん。最低賃金は守って。ていうか私が欲しいのは、ただの同居人だからパス」
「そんなこと言って、将来さびしい思いすることになるよ。末路は孤独死だよ?」
「じゃあ、万が一のときに救急車呼んでもらえるように、今から同居人を探してくるわ。ジジ先生のとこも行かなきゃだし、またね」
手にしたチラシをひらひら振って、私はラウンジを後にした。
「お先失礼しまーす」
夜、バイト先を出てすぐに、私は期待を込めてスマホをチェックした。
もしかしたら、同居人募集のチラシを見た人から連絡が来てるかもしれない。
だけど、来てたのはSNSの関係ない通知だけだった。
バイトの疲労に、更に心労がのしかかる。
これはもう、コンビニで1番お高いアイスを買っても許される。
そう思って行き先を変更すると、誰かと肩がぶつかってしまった。
「あ、ごめんなさ――」
い、とは言えなかった。
ぶつかった人の身体がゆっくりと傾ぎ――そのまま、倒れてしまった。
アスファルトに頬をつけたまま、ピクリとも動かない。
「え、ウソ。殺っちゃった!?」
〈続〉
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