「おい、いつまでそうやってるつもりだ」
「星埜、生きてる」
「…………勝手に殺すなって」
軽い事情聴取を受けた後、怖かっただろうから、と警察側の配慮、そして、父さんの配慮もあって、俺と朔蒔は俺の家に送り返された。あとはこちらに任せてくれ、といった父さんの顔は、もう何にも囚われない、俺が大好きだった正義が宿っていた。お帰り、父さん、と俺は涙をにじませて、まわりの警察官から、よっぽど怖かったんだろうなって、心配されてしまった。だが、父さんだけは、俺の涙の理由に気づいてくれ「今まですまなかった」と謝ってくれた。その謝罪で、あの数十年が埋まるわけじゃないし、俺と父さんの距離がすぐに戻るわけじゃないけれど、その言葉だけで、俺は救われたような気がした。単純だっていわれれば、そうなんだけど。
だが、怖かったのは、朔蒔の父親の最後の言葉だった。
『朔蒔』
『何、俺は、お前の事、父親だなんて一度も思った事ねェからな』
『ハッ……だが、お前は俺の子供だ。殺人鬼の血をひいている。血濡れた死体の山の上に立ってるんだ。どーせすぐ、その狂気を抑えられなくなる。そして、お前の愛しの星埜くんを傷付けるんだ』
『……』
『お前は、殺人鬼の子供だ。その力を、暴力を! お前は、お前のためだけに使うだろう。精々苦しめよ』
と。とても、自分の子供にかけるような言葉じゃ無いと思った。
朔蒔は、気にしないというように俺の手を握ったが、それは、彼の不安を締めてしていたのだと知った。朔蒔の手が震えていたから。きっと、あの言葉は、朔蒔をこれからも縛ることになる。最後の最後に何をしてくれたんだと。本当に救えない奴だと思った。同じ人間だとは思いたくない。
「朔蒔……」
「……」
「ホットコーラいる?」
俺がそう聞くと、朔蒔はコクリと頷いた。準備のために離れるからと、立ち上がれば、行かないでと子供のように縋り付いてくる。その様子が可愛く見えたが、俺は、準備が出来ないと、戻ってくるからと言い聞かせて、キッチンへ行く。
マグカップにコーラを注いで、電子レンジで暖め、朔蒔の元に持っていく。朔蒔はその間、ずっと膝を抱えて小さくなっていた。それはまるで、拗ねた子供のようで、俺は思わず笑みがこぼれる。
「ほら」
「あんがと……」
朔蒔は、ズッとホットコーラを飲み、あちっ、と舌を出す。
ゆっくり飲めよ、と俺が言えば、マグカップを両手で握って、朔蒔がぽつりと言った。
「星埜、ごめん」
「何のこと?」
「俺、意地悪な質問した。星埜のこと、試した。愛してくれているかって。俺、愛されてるって何処か自信があったから……凄く、ショックだった」
「ごめん」
あの時の告白のことをいっているのだろう。俺は、なんとも言えず、そう返したが、朔蒔はよりいっそ丸くなって、消え入るようにいう。
「俺、星埜のこと、理解してるつもりになってた。理解者だって勝手に思ってた」
「……それを言うなら、俺の方だ。朔蒔」
「星埜?」
俺は、朔蒔のこと何も知らなかった。知ったつもりになっていた。
はじめだって、強力な引力に引き寄せられて、目が離せない存在になって。それから、好きだって自覚した。でも、その時は、朔蒔の何一つ知らなかった。家庭環境も、見て見ぬフリをしていたのかも知れない。それなのに、俺は朔蒔のことを拒絶した。
「酷いのは、俺だ。朔蒔」
「……星埜は、悪くない」
一方通行だなって、お互いに思った。心があるし、そこに愛があるけど、すれ違っているような状況。俺は、これをどうにかしたくて、もう一度、あの日言った言葉を言う。これで、同じ路線に戻れるだろうから。
「俺は、琥珀朔蒔が好き」
「星埜?」
「勿論、恋愛的な意味で。好きだ。愛してる」
「せ……」
「琥珀朔蒔は、陽翡星埜を愛しますか? 俺の運命ですか?」
意地悪な質問。でも、始めにやってきたのは此奴。
朔蒔は、え、え、と繰り返しながら、マグカップをひっくり返した。灰色のじゅーたんが黒く染まっていく。
「俺は、お前の事受け止めるつもりだし、お前と一緒に堕ちても良いよ」
「星埜」
「だから、琥珀朔蒔を、お前の全部が欲しい。お前は、運命だってこの関係をいったけど、俺は形が欲しかった。恋人っていう形が。勿論、運命の恋人っていう形で」
「星埜っ!」
俺が言い切るか、言い切らないかのうちに、朔蒔が飛びついてきた。そのまま後ろに倒れ込み、押し倒される。俺のマグカップも引っ繰り返ってしまい、黒い液体が広がった。
「で、どうなんだよ」
「俺は、自分の感情を表現するのが苦手」
「うん」
「すぐに手が出るし、言葉もトゲトゲしてる」
「うん」
「けど、星埜のことは好き。楓音ちゃんのことも好き。星埜と、恋人になりたい」
と、朔蒔は泣きそうな顔でそう言ってくれた。
俺は、それに嬉しくなって朔蒔を抱き寄せた。朔蒔は驚いて、その真っ黒な瞳を大きく見開く。真っ黒な瞳の奥に、俺は白い輝きを見つけた。一等星。
はじめからこうなる運命だった。
運命って安っぽく聞えるが、俺と、朔蒔にとっては特別だ。オンリーワン。
「朔蒔」
「星埜、キスしていい?」
「ん?」
「恋人のキスしたい」
恋人のキス、とはこれまでと違うのか、と思ったが、朔蒔の中で何か吹っ切れたのだろう。俺は、朔蒔に答えるため、彼を受け止めるため、朔蒔の手を俺の頬に持ってくる。
「うん、俺もしたい。恋人のキス」
そういって目を閉じれば、朔蒔は俺の唇に、自分のそれを重ねた。何度も、啄むように口付けをされ、次第にそれは深くなっていく。
舌を絡めあい、唾液を交換しあう。呼吸すら忘れてお互いを求め合う。
そして、ようやく離れた時、銀色の糸が俺達を繋いだ。夕日を反射してキラリと光り、部屋は夕焼け色に染まっていく。
「星埜、俺、星埜のこと大好き。愛してる、好き」
「はいはい、分かってるって」
「星埜は?」
「……」
「俺だけ?」
と、いわれ、俺は頬を引きつらせてしまう。
相変わらず傲慢。表情一気に変わりすぎ。ほんと、意味分かんねえ。
でも、そんな朔蒔が好きだってのは、周知の事実。
「……き」
「大きな声で言えよ」
「好きに決まってんだろ。バカ、愛してるよ。運命」
俺は、そういって、頭突きのようなキスをかましてやった。
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