でも、その元凶の『黒』ってのが今現在どうなってるのか分からないからどうしようもない。
もし他の龍と同じように居ないなら、
他の地の龍を復活させた時に一緒に復活させちゃったりもしそうだし。
結局私にはどうにも出来ないのかな。
そういえば寒珋のこと放置しちゃってたけど、
声しなくなったな…
そう思って寒珋の方を向くと、
何故か私の方を見ていた。
「えっ…なに……?」
思わず戸惑いの声を漏らすと
「別に」
と言われて顔を逸らされる。
一体なんだったのか。
その時、一瞬にして景色は藤色に染まった。
あの紫の社に移動したのだ。
目の前には千秋と長髪の男性が居た。
『誰』と声を零しそうになったが、
一瞬で気づく。
仄かな藤色の髪と纏う藤の花弁で確信した。
この人が先程まで龍だった藤の龍。
いや、フユだと分かった。
「え?」
千秋と目が合ったと同時に千秋はフユの背に隠れた。
多分、
きっと、
私のつけている寒珋の守り具のせいだろう。
「だから大丈夫だってば…!!」
そう言いながらフユは千秋を宥める。
「千秋くんは金魚の絵を描いてくれる?」
「そうだなぁ…色は虹色で!」
急に何の話かと思えば、絵の話?
じゃあ私のこと呼んだ意味無くない?
そう思っていると
「叶向ちゃんは召喚の唄とこれを弾いてくれる?」
と言いながらハープを渡された。
寒珋に渡されたのと全く同じハープ。
氷で出来ているハープ。
だけど所々に藤の花弁が付いていた。
「氷の方がよく響くから」
急にそんなことを言ってくる。
この人…
心読んでる?
まぁ当たり前か。
神龍なんだから、
それくらい奇想天外なことは神龍内では普通のことなのかもしれない。
少しすると
「フユ、出来たよ」
という千秋の声が聞こえ、
見るととてもリアルな虹色の魚の絵が描かれていた。
だが数は1匹。
1匹でいいのかなと疑問に思っていると
「じゃあ叶向、お願い」
とフユに言われ、頷く。
「汝の下に降りたまえ。我らは王を待ち望む。今か今かと待ち望む。今宵は月も見えぬ日々。『舞いらんせ』の一言で交わす声と人の子よ。月の灯火とこの唄と。互いが交わす時の中ほどに目覚める真の龍。」
そう言い終え、息を整えた。
途端、私の周りには花弁が舞った。
またもや花弁は1種類じゃなくて、
葉や沢山の彩りを成した花弁もあった。
それと同時に千秋の描いた虹色の金魚が3つ4つと分かれていき、
9つの金魚が順に空へと泳いで行った。
私と千秋の周りをぐるぐると舞った。
思わず見とれていると
「最後は僕らの番だよ」
とフユの真剣な声が耳に入ってきた。
同時にフユの隣には赤の女帝と寒珋の姿が露になった。
来て早々、赤の女帝は唱えを始めた。
「紅の地よ妾に応えたまえ。そして各地を元通りにすることを誓え」
少し強い口調だなぁ。
そう思っていると
「藍の地よ余に応えたまえ。そして各地の彩りを約束することを誓え。さもばくば季を冬のみとする」
と寒珋の唱えの声が聞こえた。
赤の女帝と同じく、
強い口調でこれが普通なのかもしれないと思った。
しかも少し脅しが入っている気がするし。
次に口を開けたのはフユだった。
「藤の地よ、愛し子たちが協力してくれた。僕はこれから誓いを立てる。藤の地よ約束したまえ。そして『黒』は元の姿へと変化しろ」
「僕ら地の神龍は皆、二度と季巡りの地を亡くさぬことを約束する。」
と。
赤の女帝や寒珋たちとは違い、
ちゃんとした唱えだった。
『ちゃんとした』っていうのもなんだか悪口のようにも思えるが。
そんなことを考えていると空から何かが羽ばたくような音が聞こえ、見上げた。
そして目に映ったのは色とりどりの魚が空を泳ぐ姿があった。
その光景に見とれていると目の前に透明のような姿をした金魚が空から降りてきた。
奥の景色を貫通して映す身体。
瞳は他の金魚たちの色を次々に映していく。
そんな魚。
そしてこんなことを言う。
「私は全ての季を司る神です」
「今、あなた方には私の姿がどう映っていますか?」
と。
「金魚」
「龍」
明らかな金魚の姿に見えたからそのまま答えるも、同時に千秋は『龍』と言った。
龍?
全くもって龍には見えないが。
そう疑問を抱いていると
「きっと君には私たちが龍に見えてるんでしょ?」
と千秋に向かってそんなことを言う。
「そして貴方には金魚の姿が見えている」
「どちらも間違っていないわ」
じゃあ見えている姿が違うってこと?
なんでそんな現象が起こるんだろう…
そんなことを思いながら寒珋の方を向くと、
どうやらフユとの会話を楽しんでいるようだった。
見た事のないようなニコニコの笑顔。
よほどフユのことを好いているのだろう。
そういえば私の名前を変えるという話はどうなったんだろうか。
そう思い、フユと寒珋の方へ行く。
「ねぇ寒珋」
そう私が問い掛けると
「…なんだ?今、余は忙しいのだが…」
と明らかに嫌そうな雰囲気を醸し出す。
「私の名前の話なんだけどさ」
「あぁ、そんな話もしたな…」
「今、変えてやろうか?」
「ううん、やっぱりいいよ」
そう私が言うと『は?』と怒りが混ざった疑問の声を漏らす寒珋。
名前が変だって、
普通じゃないって、
思うってことは珍しいってことでしょ?
珍しいってことはなんだか特別にも思えるし。
それに、私のこの名前を可愛くてかっこいい名前だって言ってくれた人も居るしね。
そんなことを思いながら横目で千秋を見る。
「余が良かれと思って言ったのに…」
と、そんな呟きが聞こえたが
「急な心変わりだもん〜!!」
と少し馬鹿にしたように言いながら逃げるように寒珋から離れる。
「待て小娘!!」
と珍しく後ろから寒珋が追いかけてくる。
それがなんだか面白くて笑いながら辺りを走り回る。
「そろそろお別れですよ」
透き通った声が聞こえ、
声の方を向くと綺麗な女性の姿があった。
いつの間にか透明な金魚は女性へと姿を変えていたのだ。
いつから変わっていたのだろうか。
「そっか…」
と声を漏らすと
「そうだね」
と共に千秋も声を零す。
でも私とは違って悲しい雰囲気というよりも既に分かっていたことのように。
そんな風に声を零していた。
でも、そうだよね。
この場所にずっと居ることは出来ない。
きっとここは神の地のような場所だから人間は居ちゃダメなんだと思う。
「叶向、またな」
寒珋が最後の最後にそんなことを言い、
思わず涙が溢れてしまう。
いや、溢れるにきまってる。
もう会えない悲しさと、
呼んでくれなかった私の名前を呼んでくれた嬉しさと。
何もかもが混ざって涙へと変わる。
「うん、ばいばい…」
そんな声を漏らしたと同時に、
私の周りを青の金魚がぐるぐると回った。
『行きたくない』そう思ったのも束の間。
私は現世に戻されてしまった。
外なのにも関わらず、
人目も気にしないで大声を上げて泣いた。
周りには沢山の人が居るのに。
周りの人はそんな私を見て、
困惑の表情を浮かべる。
そんな時、空から冷たい何かが舞い降りてきた。
その正体は雪。
冬が来たのだった。
雪のおかげで今自分がしていることは恥ずかしいことだと思い、人目のない場所へ向かう。
恥ずかしさと未だに残っている虚しさを抱えながら歩いていると、
見慣れた人物が居た。
そして思わず互いに声を漏らす。「「あ」」
Fin.