「ああそれも、帝王学の一環なんだ」
「帝王学の?」と、問い返す。
「そう、クラブの女性との交流は、接待なども含めて、ビジネスには不可欠だからと提言をされて」
その答えに、そんなことまでもと感じると、この人はクーガの御曹司であるがゆえに、やはり堅苦しい生き方を強いられてきたんじゃないのかなとも思えた。
「そういうのって、息苦しかったんじゃ……」
思わず口にした私に、「いや」と、彼が先ほどと同様、即座に首を振る。
「父が、母に恥じないようにと思っていたように、私も、そんな父に報いたいと思っていたからな」
迷いなくそうきっぱりと話して、
「……しかし私は、何かと間違えてばかりだな」
けれど、自らの言動には納得ができていない風で、続く言葉を濁らせた。
「そんなことはないですから」と、とっさに返すと、「実際すげなくされて、なんだか私もあなたのことが、妙に気になっちゃってましたので……」彼の気持ちを汲んであげたい一心で、本音を包み隠さずに打ち明けた。
「気になって……本当になのか?」
「ええ」と頷いて見せると、彼は「……よかった」と口にして、ふっと顔をほころばせた。
柔らかなその表情に、本当に素敵な人だなと見惚れてしまう。それは、ずっと勘違いをしていた彼のありのままな心の内に、改めて気づけた瞬間でもあった。
「私も、本当のあなたが知れて、よかった……」
胸に湧き上がった素直な気持ちを口にすると、
「君もよかったと感じてくれたのなら、私ももう少し欲張ってみてもいいだろうか?」
ふいに彼がメガネを外して折り畳み、スーツの胸ポケットへしまうと、私の顔をじっと見つめた。
「欲張って、って……?」その真っ直ぐな眼差しに、頬が仄かに火照るのを感じる。
「君と、付き合いたいと願うのは、やはり私の欲張りなんだろうか」
発せられた彼の言葉に、「あっ……」と思わず声が漏れた。
「難しいのなら、そうはっきりと言ってもらってかまわない」
反射的に、首を何度も振って応えた。
「いいえ、難しいだなんてことは……。こちらこそもしよければ、これから普通のお付き合いをしてみませんか?」
彼の本心が知れると、お付き合いへの思いはおのずと高まって、ごく自然に受け入れることができた。
「えっ、普通の?」と、彼が不思議そうな顔つきになる。
「ええ、あまり経験がなくてというあなたと、普通の、当たり前なデートが、してみたいんです」
そう告げて、長身の彼のスーツの裾をそっと手で引き、少しだけしゃがんでもらうと、その耳元に唇を寄せ、
「これからお付き合いをよろしくお願いします」
私からてらいのない返事を伝えた──。
コメント
0件
👏 最初のコメントを書いて作者に喜んでもらおう!