太平洋。
そのど真ん中の海面に佇む男がいた。
「感じる……。感じるぞ……」
男は精神を集中させている。
彼は、魔法や魔力というものを信じていた。
きっかけは、幼い頃に見た漫画やアニメである。
そして最近では、異世界転生系の小説を読んだりもしていた。
常識的な者であれば、現実とフィクションの区別はつくだろう。
だがしかし、この男にはそれが出来なかった。
自分が生きているのが現実世界にも、魔法や魔力が存在すると思えたのだ。
いや、信じたかっただけかもしれない。
どちらにせよ、自分の目で確かめなければ納得しないタイプだった。
「今日こそ見つけるぞ……。異世界への扉を……」
男は愚直なまでに真っ直ぐな性格であった。
そんな彼だからこそ、この世界においても魔法の力を手に入れるに至っていた。
彼が絶海の水面上に立つことが出来るのは、その魔法のおかげだ。
だが、魔力濃度の薄いこの世界では、魔法研鑽の効率が悪い。
そこで、彼は新たな世界を求めた。
魔力に満ちた世界に転移できれば、さらなる魔法の研鑽も可能だろう。
かつてからの憧れである漫画やアニメの主人公のような活躍もできるかもしれない。
「どこだ……? 俺が求める扉は……!」
男は呟きながら海面を見つめた。
そして、ある一点を見て口元を歪めた。
「見つけた」
そこには巨大な渦潮があった。
海水を飲み込み続けるそれは、まるで生き物のようにうねっている。
海の中に潜ったとしても、簡単に脱出できそうもない。
「行くぞ! まだ見ぬ世界が俺を待っている!!」
覚悟を決めた表情を浮かべて、男が海に足を踏み入れた。
瞬間。
男の体は、海中へと引きずり込まれたのだった。
**********
次元の狭間にて、高位の存在が世界を観察していた。
あるいは神と呼んでもいいかもしれない。
その存在は、世界を俯瞰する能力を持っていた。
「これは……面白いですね」
その存在は、とある世界の観察をしていた。
それは、人間たちが暮らす地球という星である。
その世界は実験的な試みとして、魔力濃度を極端に抑えている。
通常であれば、魔法や魔力という存在に勘付く者はいない。
だが、極稀に例外が現れることがある。
そういった者たちを観察することが、その存在にとっての楽しみの一つとなっていた。
今回も、その例外が現れたようだった。
「しかし、独力で異なる世界への扉に気付くとは……。なかなかどうして興味深いです」
人間は、異世界に行く方法を知っているわけではない。
ただ漠然とした願望や妄想でしかないはずだ。
それなのに、この青年は自力で辿り着いた。
それだけでも驚きに値するのだが、この行動力はさらに興味を引くものだった。
彼は次元に歪みを生じさせている巨大な渦潮に身を投じたのだ。
普通ならば、恐ろしさを感じてしまうような状況である。
にもかかわらず、この青年の行動には恐れがなかった。
恐怖心を抱くことなく、自らの意思で未知の世界へ踏み出したのだ。
このような人間が今までにいただろうか?
少なくとも、この最近では一度もなかったように思う。
「……ん?」
ふと、何かを感じた。
何者かがこちらに向かっているようだ。
この次元の狭間に辿り着けるような者は、滅多にいないはずなのだが……。
「見つけたぞ」
次の瞬間、目の前に人間の男が現れていた。
どういった手段を使ったのかは分からないが、確かにこの場に現れたのだ。
そして、この空間の主に向けて言葉を発した。
「お前は何者だ?」
「おやおや……。まさかここに繋がったとは……。奇妙なこともあるものですね」
この高位存在は、神と呼ばれてもいいような存在である。
だが、全知全能というわけでもなかった。
あの渦潮から繋がる先がこの空間ということまでは把握していなかったのだ。
「質問に答えろ!」
「失礼しました。私は、貴方が言うところの神と呼ばれる存在ですよ」
「……!?」
青年の顔が訝しげなものに変わった。
自分が見ているものが信じられないといった様子だ。
無理もない反応だろう。
神の類が本当に存在するなどと、そう簡単に信じることは出来ないものだ。
「ここに来たのはあなたの方でしょう? ねえ、真也さん」
「……なぜ俺の名を知っている?」
「私はあなたたち人間を観察していますからね」
「……なるほどな。なら、俺がどういう望みを持っているかも分かるってことか?」
「えぇ、まあ……」
「協力してくれないか? 俺はもっと魔法の真髄を感じてみたいんだ」
真也と呼ばれた青年は、真剣な眼差しで訴えかける。
その様子を見て、神は笑みを深めた。
「いいでしょう。私の暇つぶしにもなりますからねぇ」
「本当か? 助かるぜ!」
「ただし条件があります」
「……なんだ? 金ならないぞ」
「お金なんて要らないですよ。私が望むことは、たった一つだけです」
「それは何だ?」
「私と友達になってください」
「はぁ? ……なんだよそりゃ? それが条件なのか?」
拍子抜けしたように肩を落とす真也。
そんな彼に、神は笑いながら言葉を返す。
「そうです。こんな場所に来てくれる者は滅多にいないので、私は孤独なのです。だから、ほら早く握手をしましょう」
「……分かった」
こうして、彼らの間に不思議な友情が誕生した。
そして、しばらく2人は談笑する。
「それで? いつまでここにいればいいんだ? 魔法の研鑽はしたいが、お前という存在もまた興味深い。もうしばらくならいてやってもいいが……」
「いえ。そうしてほしいのはやまやまですが、生憎時間がないので」
「時間がない? どういうことだ?」
真也は質問を投げ掛ける。
「実は、ここは次元の狭間でしてね。人間が長時間留まる場所ではないんですよ。長くいれば、魂も体も消滅してしまいます」
「そんなに危険な場所だったのか? 特に何も感じないが……」
「それは真也さんの魔力含有量が異常に多いせいでしょう。本来であれば、魔力濃度が薄いあの世界で、ここまでの魔力を保持できる者はいません。ですが、それにも限界があります」
「……つまり?」
「そろそろ、この場から立ち去っていただく必要があります」
「そうか。せっかく友達になったのにな」
「心配ご無用。真也さんが異世界に行ってからも、時おり精神世界にお邪魔させてもらいます。そこで近況報告でも聞かせてください」
「そういうことなら安心だ」
「いくつかスキルを付与させていただきます。あちらでも困ることがないように」
「それはありがたいな。どんなものだ?」
「言語理解と健康体は必須でしょうね。地球にない言語や病気が多々ありますので」
「ふむ。なるほどな」
真也は、魔法の鍛錬のために世界各地を巡ってきた。
その過程で、様々な言語に触れてきたし、病や毒への耐性も強化されてきた。
独力でも何とかする自信はあったが、スキルとやらで補助してもらえるのであれば有り難い。
彼はそのようなことを考えていた。
「あとは、せっかくですし魔法や魔力関係のスキルを差し上げましょうか?」
「……いや、それは遠慮しておきたい。俺は最強の魔法使いになりたいのではなく、魔法を研究し鍛錬したいんだ」
「そう言うと思いましたよ。ちょうどいいです。真也さんの魔力量は多すぎるので、その上でスキルまであったら世界のバランスが崩れるところでした」
神が苦笑する。
現状の真也でも、周囲とは隔絶した力を発揮するだろう。
その上で魔法や魔力関係のスキルまで与えれば、亜神に匹敵する力を持つことになる。
バランスが崩壊した世界を見るのも一興だが、友人である真也がスキルを望まないのであればその通りにしよう。
神はそう考えた。
「なら、言語理解と健康体だけもらっておこうか」
「いえ、あと一つだけ差し上げましょう。運勢上昇というものです。真也さんの生活を陰ながら支えてくれることでしょう」
周囲とは隔絶した力があっても、不運が重なれば死ぬこともある。
せっかくできた友人だ。
早々に死なれてしまっては困る。
「助かるぜ」
神様の手のひらから神聖な光が放たれ、真也の魂にスキルを刻んでいく。
スキル付与が終わるまでの間、二人は最後の談笑を行った。
「……はい。付与しました。そろそろお別れの時間ですね。今度会うときも、いろいろな話を聞かせてくださいね」
「ああ。また会おう」
こうして神との邂逅を終えた真也は、異世界へと旅立ったのであった。
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