テラーノベル
アプリでサクサク楽しめる
コメント
0件
👏 最初のコメントを書いて作者に喜んでもらおう!
――――道中――――
集落から恐山までの道程はそう遠くない。徒歩で半日もあれば、麓までたどり着けるだろう。
ユキはアミの願いを聞き入れ、一日だけその身体を休める事に専念し、翌日の早朝には旅立っていった。
***********
一見穏やかな道中の、周りが自然に囲まれた雑木林の道を歩み進める最中の事。
「そろそろお昼にしようよ~」
歩くのに疲れたのか、ミオが訴えかける様に声を挙げた。
「遠足に来た訳では無いのですから……」
先頭を歩くユキがその歩みを止め、呆れた様に口を開く。
「でも朝からずっと歩きっぱなしだし、少し早いけどお昼にしない?」
その傍らを歩くアミも、ミオの意見には賛成している。
そう。この三人で恐山へと向かっている。
当初はユキ一人で向かうつもりであった。何故なら直属クラスとの闘いに於いて、二人の実力では足手纏い以外の何者でも無いのだから。
――前夜の事。
『そりゃ私じゃ力にはなれないけどさ。でもアンタ一人で行くのを“はいそうですか”と、黙って見送る訳無いでしょ!』
『ユキ……。一人で全て背負おうとするのはやめて』
そう言い、二人は強引に着いて来たのだった。
ユキがそれに抗わず、三人で向かう事に同意しているのは、守りながら闘う事の難しさの“理”とは関係無く、彼女達のその想いが嬉しかったのかも知れない。
「確かに……。ですが、此処を抜けてからにしましょう。どうやら此処は、野党崩れの山賊が出没するみたいですので」
そう言いながら急にユキが前方を見据え、その歩みを止めた。
アミとミオの二人は、ユキの言葉の意味。その前方を見据える。
「姉様あれ!」
ミオが指した先にあるもの。それは四人もの刀を構えた山賊風体の輩に、ある一人の人物が囲まれている光景だった。
どう見ても多勢に無勢。今にも四人がかりで襲われようとしている。
“ーーあれは!”
ユキは山賊に囲まれている、三度笠被る浪人風の人物に目を見張った。
「姉様、ユキ! 助けに行きましょ! 四人がかりは卑怯よ!」
「ええ!」
アミとミオが加勢に入ろうと、飛び出そうとした処。
「その必要は無いと思いますよ」
ユキは手を翳して二人を止める。
「ユキ?」
「なんで止めんのよ!?」
ユキの言葉にアミは怪訝そうな表情をし、ミオは声を荒げるがーーもう遅い。
四人の山賊は既に一人の人物に、一斉に斬り掛かっていたのだから。
“ーーっ!?”
だがそれは、余りにも一瞬の出来事。
四人の山賊は、何時の間にやら抜き放たれていた浪人の刀で、同時に血飛沫をあげながら崩れ落ちていた。
「いっ……何時の間に?」
ミオが驚き呟くのも無理は無い。腕に覚えが有る者なら、一振りで四人を同時に斬る等、生半可な事では無いのだから。
三度笠を被る浪人は、刀の血糊を振り払って鞘に納め、立ち竦むユキ達三人の方を見据えていた。
「これはこれは……意外な顔が」
その人物はゆっくりと三人の下へ歩み寄る。深く被った三度笠で、その表情を伺う事は出来ない。
敵か味方か。少なくともただ者では無い。
『来る……まさか、狂座?』
その得体の知れぬ雰囲気に、アミとミオは腰の裏に差した小太刀の鯉口に手を添え、警戒心を強めた。
「……相変わらずの太刀筋ですね」
ユキの言葉にその人物は歩みを止め、その深く被った三度笠を右指でクイっと上げ、彼を見据える。
熟練を思わせる、壮厳な顔立ちのその人物。
『片目?』
その左目には、刀の鍔による黒い眼帯が施され、一際その存在感を醸し出していた。
「まさかお主と、この様な処で出会うとはな……」
その人物の言葉は、明らかにユキへ向けてのもの。彼とその人物の反応から、少なくともお互い顔見知りである事は明らか。
そしてユキはゆっくりと、その人物へ向けて口を開いた。
「久し振りですーーと言いたい処ですが、アナタこそ此処で何をしているのですか?」
対峙するその独特な“間”に、空気が張り詰めていく。
「新陰流……柳生、ジュウベエ」
「えっ!?」
「この人が、あの有名な柳生新陰流……」
ミオとアミが、同時に驚きの声を上げたのも無理は無い。
柳生ジュウベエーー将軍家剣術指南役、大目付、柳生 ムネノリの嫡子。世に名高い“柳生新陰流”の達人として、あまりに有名な剣豪であるからだ。
『一体どんな関係が?』
アミはユキとジュウベエを交互に見回す。どう見ても、親子位の年齢の開きが有るのが妙だった。
「狂座の動きに不穏がある。恐らく、この地方で冥王復活の何かが? と思ってな」
ジュウベエは顎に手を添え、考え込む様に口を紡ぐ。
「中々鋭いですね……。柳生の名に賭けて、この事態は見過ごせないと言う事ですか?」
冥王復活は、この国全体の問題。当然将軍家も、この事態を重く見ている。
「それにしても……」
ジュウベエがユキの隣りに居る、アミとミオを見据え、彼へ疑問を投げ掛ける。
「夜摩一族の民族衣装……。お主が誰かと行動を共にするとは意外。あのユキヤが……な。一体どんな心境の変化かな?」
ジュウベエのその口調は、少しばかり挑発的なものが含まれていたのだろう。図星を突かれたのか、ユキの表情が少し陰りを見せる。
「そんな事より、以前折ってあげた肋骨の調子はどうです? 何でしたらもう一本、折ってさしあげましょうか?」
ユキの方も挑発する様な口調で。そのやり取りから少なくとも、お互い好意的という訳では無さそうだ。
「某は負けを認めた訳無い!」
ユキの挑発的な言葉が癇に障ったのか、ジュウベエは腰に差した刀の柄に手を添え、鯉口を切らんとしていた。
「ちょっと待って!」
今にも決闘が始まらんとする二人の間を、割り込む様にアミが止めに入った。
「ムッ!?」
「アミ!?」
その突然の声に、二人の動きが止まる。
「何があったのかは知らないけど、今は争ってる場合じゃ無いでしょ!?」
その咎める様なアミの言葉は、正に正論。冥王復活阻止という、両者にとって同じ目的が有る以上、此処で潰し合うのは愚の骨頂でしかない。
「た、確かに……」
「それもそうでした……。すみませんアミ」
これが無意味な事に気付いたのだろう。二人共、切らんとしていた鯉口を納め、臨戦態勢を解いた。
「では急ぎましょう。ジュウベエ、続きはまた今度……」
ユキはそう言い放ち、再び歩を進めようとするが。
「待て。お主等、そんなに急いで何処へ?」
何事も無かったかの様に、先を進もうとするユキへジュウベエが声を掛けた。というより引き止めた。
「……恐山ですよ。冥王復活の為、狂座の者が其処に集結するはず。理解出来ましたか? 今はアナタと遊んでいる暇は無いんです」
ジュウベエの問いにその歩みを止め、ユキは面倒臭そうに振り返りながら応えた。
そう、時間は無い。既に狂座は、恐山に到達しているのかも知れないのだから。
「恐山に狂座とは。成程、この事態は捨て置けんな……」
ジュウベエは顎に手を添えて、考え込む仕草をする。
「よし! 某も同行しよう」
そして、行動を共にする事を促した。
「……はぁ?」
ジュウベエの突拍子も無い一言に、ユキは怪訝そうな表情で固まり、ジュウベエはそれを見逃さず「何だ、その嫌そうな表情は?」と伺う。
「いえ、年寄りの冷や水では?」
ユキの毒舌ぶりに、再度ジュウベエは刀の鯉口を切ろうとする。
「何だと!? 相変わらずだなお主は。可愛げの無い。しかも某はまだ年寄りではないぞ!? そもそもお主が幼過ぎるのだ!」
「年齢なんて関係無いでしょう?」
またもや険悪な空気になると思われたがーー
「まあいい。とにかく急ぐぞ」
ジュウベエは先陣を切って歩み出した。ほぼ強引とも云える同行であった。
「ねえ、ユキ……」
アミは他に聴こえぬ様、ユキの耳許で囁く。
「あの人、大丈夫なのかな?」
彼女のその言葉に、ユキは先に行こうとするジュウベエを見据え、不信感が拭えぬアミへ受け応えた。
「まあ、大丈夫でしょう。目的は一緒ですし、それに……」
ユキはジュウベエの事を、よく知ってるかの様に続ける。
「ジュウベエは特異点程ではありませんが、常人に於
いては間違いなく最強レベルでしょうから」
それは彼にしては、意外なまでの高評価。否、信頼に近いものであった。
「なんか変な事になっちゃったね」
歩みながらミオが呟く。とはいえ、強力な味方が同行する事に不満の意は無い。
こうして四人は恐山へと、共に急ぐ事となったのだった。