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その夜、わたしはいつ楾さんが来てもいいように、なるべくかわいい服に着替えて待っていた。
早めに夕食を摂り、お風呂に入り、身だしなみを整えて。
あんな綺麗でかわいい人に会うんだから、こちらもそれなりの格好じゃないとなんだか失礼な気がしたのだ。
時計の針は午後九時を回ったところ。下の階からは、パパとママがテレビドラマを観ている音がわずかに聞こえていた。
昨日と同じくらいの時間に来るのだとしたら、そろそろだろうか。
わたしは鏡の前に立ってもう一度自分の姿を確認して、それから部屋の中を見回した。
何となく気になったところ――ベッドのしわとか勉強机の上の本棚とか、そういった目につくところも綺麗にしておく。
よし、これでいつ来ても大丈夫。
そう思った時だった。
――コンコンッ
窓を叩く、小さな音が聞こえてきた。
わたしは窓辺に駆け寄り、カーテンをじゃらっと開けて。
「こんばんは、鐘撞さん」
可愛らしく微笑む楾さんが、ホウキに腰掛けそこに居た。
「こ、こんばんは……」
わたしは小さく返事して、がらりと窓を開け放つ。
楾さんは昨夜とは違う水色のふんわりしたドレスを着ており、そのスカートのふちには白い小さなリボンがいくつもあしらわれていた。
相変わらず真っ白な肌に白い髪で、月を背負ったその姿に、わたしは思わず見惚れてしまう。
やっぱり、なんて綺麗な人なんだろうか。
こんな綺麗な人、そうそういないだろう。
あまりの神々しさに、何だか眼がくらんでしまいそうだった。
「えっと、鐘撞さん? 大丈夫?」
声を掛けられ、わたしはハッと我に返った。
「あ、すみません、どうぞ、入ってください」
「ありがとう」
言って楾さんは、あの優し気な微笑みを浮かべると、すっとホウキに乗ったまま部屋の中に入り、すとんと床に足を下ろした。
よく見れば、その足は靴を履いていなかった。フリルのついた白い靴下が、その小さな足を包み込んでいる。
「あ、どうぞ、座ってください」
わたしはベッドを示しながら、わたし自身は勉強机の椅子に座った。
楾さんはゆっくりとベッドの上に腰を下ろして、優雅に両脚を斜めに揃えた。
「それで、お話っていうのは?」
訊ねると、楾さんは小さく頷いて、
「鐘撞さんは、キョーカイについてどれだけ知ってる?」
「キョーカイ……」
それは帰り際にもイノクチ先生から聞いていたけど、それが何のことをいっているか、どんなに考えても判らなかった。
だから、正直に答える。
「いいえ。キョーカイって、どんな字を書くんですか?」
楾さんは「そうね」と口にして、人差し指を宙に突き出し、するすると字を書き始める。
キラキラと輝くその文字は、『全国魔法遣協会』と宙に浮かんだ。
「通称、全魔協。日本中の多くの魔法使いが登録している、情報交換や、魔法を必要としている人のために、魔法使いを派遣したりしている組織のことよ」
言って楾さんはさっとその字をかき消して、
「実は昔、鐘撞さんのお婆さんにもお声を掛けたことがあったらしいの。けれどその時は協会も発足したばかりで、まだまだ信用に足らないからって、断られてしまった」
「そう、なんですか?」
そんな話、お婆ちゃんからは一度も聞いたことがなかった。お母さんからも聞いたことはなかったし、二人が言うことと言えば「魔法使いは信用するな」とそればかり。特に「怪しげな集団には気をつけろ」なんて言われているけれど、たぶん、その中にはこの『全魔協』とやらも含まれていたのだろう。
でも、だとして、楾さんはいったい何を言おうとしているのだろうか。
すると楾さんは、そんなわたしの考えを見透かしたかのように、
「これは別に、あなたに強要するわけじゃない。無理強いするつもりなんて毛頭ない」
そう前置きしてから、
「――もしよかったら、協会に入る気は、ない?」
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