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リフェアリー
128
期限は、三つの村に、三日で伝わった。
『証は、発行から半年で、無効。峠の小屋で、新しい証と交換のこと。交換は、三人の立会いの前で、枚数を申告』
板に書かれ、三つの村の、それぞれの入口に貼られた。
最初の三日、村は、静かだった。
四日目、米屋に、証が、戻ってきた。
「七十二枚」つむぎは、夜、要に言った。「今日一日で。先週は、十二枚だった」
「誰が」
「いろんな人。十枚、十五枚、持ってきて、米と味噌を買っていく。顔は、全部、覚えた。みんな、少し、照れてた」
照れていた。怒っていなかった。要は、少し、息を吐いた。
期限が、怖さを、動かした。半年後に紙になる、という怖さが、貯め込む怖さに、勝った。怖さで、怖さを動かす。きれいな方法ではなかった。でも、動いた。
「二十枚の人は」
「来てない」
*
二十枚の男は、一週間、来なかった。
要は、つむぎに、名前を聞かなかった。聞かないと決めていた。でも、村は小さい。一週間で、要は、誰なのかを、知った。
村の、東の端の家。五十代の男。妻と、娘。妻は、体が弱い。娘は、十四歳。男は、秋の間、誰よりも薪を割った。誰よりも、米を担いだ。だから、誰よりも、証を受け取った。そして、誰よりも、使わなかった。
悪い人間ではなかった。怖い人間だった。妻が、冬を越せるか、怖かった。
要は、その家に、行かなかった。
代わりに、大畑が、行った。
要は、頼まなかった。大畑が、自分で、行った。夕方、要が峠から下りてくると、大畑が、東の端の家から出てくるところだった。
大畑は、要を見て、立ち止まった。
「行ってきた」
「何を、言ったんですか」
「何も」大畑は言った。「ばあさまの話を、した。『お前の塩は、お前のもんだ。お前の顔は、村のもんだ』。それだけだ」
「それで」
「明日、峠に来る、と言った」
大畑は、歩き出した。要は、並んで歩いた。
「お前は、行かなかったな」大畑が言った。
「行けません。他所者だから」
「そうだ。他所者が言えば、恥になる。村の者が言えば、掟になる」
要は、何も言わなかった。
仕組みは、要が作った。期限も、要が決めた。でも、二十枚の男を動かしたのは、仕組みではなく、大畑の顔だった。四百年の信用を背負った、三十八歳の顔。
仕組みは、顔の代わりにはならない。顔が、仕組みの中で、動くための、場所を作るだけだ。
「大畑さん」
「なんだ」
「他所者が、信用を語るな、と言いましたね」
「言った」
「正しかったと、思います」
大畑は、要を見た。それから、少し、笑った。要が、大畑の笑った顔を見るのは、初めてだった。
*
翌日、二十枚の男は、峠に来た。
雪の中を、二時間、登ってきた。小屋の机の前に、立った。要と、ひかりと、隣村の孫と、ばあさまの孫娘が、座っていた。
男は、懐から、証を出した。
数えた。声に出して。
「……三十八枚」
二十枚ではなかった。三十八枚。つむぎが見た後も、集めていたのだ。
四人は、何も言わなかった。三冊の台帳に、書いた。交換、三十八枚。新しい証を、三十八枚、渡した。古い三十八枚は、火に入れた。
男は、新しい証を、受け取った。
それから、長い間、立っていた。
「……妻が、弱くてな」
男は、誰にともなく、言った。
「冬を、越せるか、わからなかった。証があれば、米が買える。米があれば、越せる。そう思って、集めた。集めたら、使えなくなった。使うと、減る。減ると、怖い」
誰も、何も言わなかった。
「昨日、大畑が来て、言った。『お前の顔は、村のもんだ』。……そうだな、と思った。おれは、村の顔を、引き出しに、閉まってた」
男は、新しい証を、三十八枚、机に置いた。
「十枚、持って帰る。残りは、村の蔵に。病気の家に、配ってくれ」
ひかりが、顔を上げた。
「全部、おじさんのものです。働いた分です」
「わかってる。だから、おれが、決める」
男は、十枚を懐に入れ、小屋を出ていった。
雪の中を、下りていく背中を、要は、見ていた。
二十八枚の証が、机の上に、残った。
要は、それを、三冊の台帳に、書いた。『東の家より、村の蔵へ、二十八枚』。書きながら、思った。
これは、仕組みの外のことだ。期限は、男を峠に連れてきた。でも、二十八枚を置いていったのは、仕組みではない。大畑の顔と、ばあさまの言葉と、男の、妻への怖さと、村への、何かだった。
仕組みは、ここまでしか、できない。
ここから先は、人だ。
要は、火に入れた古い証が、燃えるのを見ていた。三十八枚。四つの印が、黒くなって、消えた。
「要さん」ひかりが言った。「七つ目、書かなくていいの」
「七つ目?」
「ロードマップ。証の次。期限のある金」
要は、首を振った。
「期限は、証の中に入る。七つ目は、別だ」
「何」
要は、机の上の、二十八枚を見た。病気の家に、配られる証。失敗した家を、村が、支える。
「保険だ」
コメント
1件
いやあ、第28話、めちゃくちゃ良かった……! 仕組みだけじゃ人は動かないって所が、この話の核だよね。「貯め込む者」の背中を押したのは怖さと、大畑の四百年の顔だったっていう。最後の保険ってワード、次の展開が気になりすぎる!