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時は流れる事――三十分程で女神は御帰還あそばせられた。
“予定終了時間大幅短縮”
オレははずれ者の音速の如き早さに失笑を隠せない。
『ただいま~』
「待ってましたぁ!」
「ママぁ~怖かった……」
兄弟達も突如、これ迄の死んだ魚のような目とは裏腹に、活魚のように目を輝かせながら女神の帰還を心待ちにしていた。
まあ、あんな色気も無い連中に貪られた処で、恍惚処かストレスが溜まるだけ。猫は繊細でデリケートなのだ人間と違い。
『ちょっとお風呂入ってくるね』
しかし即座に兄弟達は奈落の底へまっしぐら。
「そんな御主人さまぁ~」
「行かないでママぁ~」
そうなのだ。
“情事の後はひとっ風呂”
これ常識。
学の足りない馬鹿兄弟達とは違い、オレのキャッツアイは女神のほんのりと蒸気した桃色の頬を見逃していない。
だからこそ突然のUターンに、オレはショックが最小限で済んだという訳だ。
――女神が入浴中の間、またオレ達は奴等に蹂躙されたのは言うまでもないが、ようやく此所にも慣れてきた。
それはオレのみが持つ、天性の順応能力の高さだろう。
同じ血を分けたのに、兄弟達にはそれが備わっていないのは痛恨の極みだが、“天は二物をオレだけに与える”、とはよく言ったものだ。
――獄卒共の夕食、ドンチャン騒ぎで夜も更けていく。
ふん。今日だけで色々あったな。
“捨てられた”
“拾われた”
“就任おめでとう”
猫生に於いて、これはジェットコースター並みの緩急だが、それも良い経験だ。
そろそろお休みの時間なのだろう。女神はオレ達の寝床にと、ダンボールに毛布を敷き詰めていた。
流石は女神。獄卒な馬鹿共とは違い、気が利いている。
これなら寒さは防げるし、言う事無しなのだが、オレは出来ればその胸の中が良かったのだから、やっぱり全く気が利いていない。
まあいい……。
チャンスは、これから幾らでも有る。
************
「ホントに、ここに拾われて良かったわね」
オレ達はこのクソ狭いダンボール内で、固まって過ごしていた。
草木も眠る丑三つ刻――
「御主人様は優しくて暖かいし」
何時まで喋れば気が済むのか。
いいからもう寝ろ。気持ちは分かるが、オレはもう眠い。
雌はこれだから始末に負えない。一匹で空気読まずに喋り続けるウザさに、この兄弟は気付いてない。
「うん……最後にママみたいな人に会えて良かった」
何だお前、寝てたんじゃなかったのか?
とっくに惰眠を貪ってたと思ってたこのマザコンが、いきなり同調しだしたのは意外。餓鬼は寝る時間の常識を覆してだ。
「な~にいきなりお別れみたいな事言ってんのよ? アタシ達の未来はこれからよ」
確かにな。そこは同意しよう。
どうもこのマザコンは、ネガティブ過ぎていけない。
まあ、雌のアイツのようにポジティブ過ぎるのもどうかと思うが。
つまり、オレこそが最高のバランスなのだ。
「うん……皆はボクの分まで幸せになってね。ボクは身体が弱いから……」
「もう、アンタはまたそんな事を……。皆優しいんだし大丈夫よアンタも」
ネガティブモードに突入したマザコンに、兄弟からの激励。
オレはしないが、その通りだと思う。
“弱さを言い訳にするな ”
弱かったら強くなればいい。
強靭な肉体は強靭な精神からだ。
“デターミネーション”
即ち確固たる意志。
ネガティブだとネガティブな肉体にしかならない。
こいつには明日にでも、オレの鋼鉄の意志を教育してやる必要がある。
「さあ、もう寝よ寝よ」
もうって、お前が言うな。
理不尽の極みだが、ようやく安寧の刻が訪れる。
「ありがとう……おやすみ」
マザコンは何が有り難いのか、そう礼を述べて瞳を綴じていた。
そう、全ては明日からだ。
オレ達は寄り添いながら眠りに落ちていく。
この温もり、オレは嫌いじゃない。