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同日・02:50 東京区西新宿1丁目交差点裏路地。蕎麦処『当たりや鈴』前
木造建築の店は炎に包まれていた。
バチバチと音を立て空に舞う火の粉。そして、 ぬらぬらと踊る炎は、どす黒い煙の隙間から酸素を求めて這いずり回り、新たな獲物を探し出そうともがいている。
頭上の死のオーロラは、 暗黒の魔物達が、生命を呑み込もうとするが如く、光の帯を翻し、はためいては輝きを増していく。
人々は、何も出来ずに足早にその場を離れて、避難を始めていた。
火災現場に、消防車は来ていなかった。
磯海の足はすくんだ。
その時、ゆり野の声が聞こえた気がした。
それは錯覚かも知れない。
しかし、昨夜言っていた言葉が磯海の頭を駆け抜けた。
「明日はかえしと出汁をやってみるの。ちゃんと教わったことはないから心配だけど…頑張ります」
「かえし?」
「そうなんです…ゴボゴボってならないようにしなきゃ」
そう言って笑うゆり野の顔が、炎の先にぼんやりと浮かんだ。
磯海は叫んだ。
もしかしたら、近くにいるのかも知れないと思ったからだ。
「ゆりちゃん!!」
燃え盛る建物の梁が崩れ落ちて、 木造の骨組みが露わになった。
炎と死のオーロラが、生命を愚弄している。
そんな世界で、火の粉が枯れ葉のように舞い上がる。
黒々とぬらめく煙が、磯海の想い出や夢も消去してゆく。
それは『東京ジェノサイド』と何ら変わりのない悲劇だと、磯海の本能が叫んでいた。
「カンタンに消されてたまるかよ!!」
磯海は、炎の中に飛び込んで行った。