テラーノベル

テラーノベル

テレビCM放送中!!
テラーノベル(Teller Novel)

タイトル、作家名、タグで検索

ストーリーを書く

天史拾遺長歌集

一覧ページ

「天史拾遺長歌集」のメインビジュアル

天史拾遺長歌集

100 - 思い出したこと

♥

13

2025年07月11日

シェアするシェアする
報告する

「お前また……、なに連れてきてんだ?」


すぐに事態を察した彼は、とにかく店内へ入るよう私にうながし、女のほうへ歩みを寄せた。


先方せんぽうは、電信柱の陰に隠れるようにして、こちらにジッと視線をえている。


目先の史さんに気づいていないのか、彼女のお目当ては、まだ私のようだ。


そんな状況も、彼が「よお!」と放った一言をきっかけに一変する。


ギョロリと目玉を動かした女は、次いで「おぉ……? おぉぉぉぉ!?」と声を上げた。


どういった情操じょうそうかはわからない。


見様みようによっては敵意とも取れるし、見ようと思えば喜悦《きえつ》にも見える。


とにかく、何らかの激情に突き動かされるように、よろよろと歩み出た女は、少しずつ史さんのもとへにじり寄った。


「なんだコイツ……?」


一方いっぽうで、ワケも分からず情熱をかたむけられた彼は、右手にすみやかに神剣をあらわし、当面の防備を固めた。


共鉄ともがね柄頭つかがしらに円環をあしらった、内反うちぞりのつるぎ


石上いそのかみの社伝によれば、素戔嗚尊すさのおのみことが、かの八岐やまた大蛇おろちを退治した際に、振るった剣とされる。


あれが実物なのか、もしくはレプリカなのか、私には判別のつけようが無い。


ただ、あのつるぎを目にするたび、胸の奥底から滾々こんこんいてくる懐かしさのようなものは


「………………」


そこで、はたと思い当たった。


私はかつて、あの剣を手にした史さんを目撃している。


あれはそう、逆立ち女に追われる私たちの前に、彼と琴親ことちかさんが現れたあの時。


意識が落ちる間際まぎわ、私はたしかに、あの剣をとる史さんの姿をの当たりにしたのだ。


ただ、あれほど綺麗ななりじゃなかった。


その剣身けんしんは、隅々すみずみまでひどびにおおわれていたような気がする。


だから今まで、パッと見で判断が付かなかったのか。


あの特徴的な形状だけが、記憶に残っていたのかも知れない。


数年来すうねんらいの疑問が解決したものの、すぐに別の疑問が生じた。


なぜ、今になって思い出した?


あの夏の日からこちら、かの剣を目にする機会は度々たびたびあった。


けれど、私の錆びついた記憶は、うんともすんとも言わなかった。


手のひらに、かたくなに握ったペンを確認する。


ちょうど、あの頃の出来事を整理している最中だからだろうか?


それに、何だろう?


鼻の奥がツンとする。


「止まれてめぇ! それ以上寄りやがったら」


「おぉぉ………」


怒号を聞いて、店先に意識を向ける。


今にも斬り掛かりそうな史さんのもとへ、ひょろひょろと差し伸べられた女の手が、力なく下を向いた。


「あん?」


「待っとうせ………」


先ほどとは打って変わり、何やら意気消沈いきしょうちんしている様子だ。


こちらもひとまず剣線を下げた史さんは、わずかに身を乗り出し、静聴せいちょうの姿勢を示した。


その末に、彼は思ってもみない事を言い出した。


「ちぃ坊、ちょっと来い」


「えぁ……?」


うっかり変な声が出た。


なにを言い出すんだこのヒト。


「この女、お前さんに用があるらしいぜ?」


「それは………」


それは知ってるよ。


どんな用か、考えたくもないけど。


「え? なになに? いや……っ!? ちょ、やだ!」


「暴れんな」


店の奥まで引っ込み、柱にしがみついて狼狽うろたえていたところ、いよいよごうやしたのか、こちらにズカズカと歩みった史さんが、嫌がる私をむんずとつかまえた。


抵抗もむなしく、外へ連れ出される。


そのかん、“鬼!”だの“悪魔!”だの、ひどい罵倒ばとうを浴びせていたと思う。


程なく、私の身柄みがらは、あろうことか女の鼻先に、吊るし上げる格好で差し出された。


「待っとうせ………」


「いやぁ………」


近くで見て思った。 意外と美人さんだ。


恐怖心が限界を超えて振り切れた所為せいか、頭の片隅はいたって冷静だった。


「それ、お前さんにやるってよ?」


「ぇや、結構です………。まだ」


先方せんぽうは、どことなく照れた仕草で、くだんの品を突き出した。


樽型たるがたの、まわしい物品。


生憎あいにくと、私はまだそれの世話になるつもりは毛頭ない。


「もらっとけよ。 割りかし使えるぞ?」


「いやいや! だってこれ、棺桶かんおけ……」


「あ? バカ野郎、漬物つけもんの樽だ、それ」


「待っとうせ………」


「ん? ほぉ、風呂にも使えるってよ」


「は………?」


意味を理解するのに時間は掛かったが、途端に肩の力が抜けた私は、その場にヘナヘナとへたり込んだ。


「待っとうせ………」


「あ、大丈夫。大丈夫です……」


そんなこちらの身を、どちらかと言えば史さんよりも彼女のほうが、あせあせと案じてくれていたように思う。

この作品はいかがでしたか?

13

コメント

0

👏 最初のコメントを書いて作者に喜んでもらおう!

チャット小説はテラーノベルアプリをインストール
テラーノベルのスクリーンショット
テラーノベル

電車の中でも寝る前のベッドの中でもサクサク快適に。
もっと読みたい!がどんどんみつかる。
「読んで」「書いて」毎日が楽しくなる小説アプリをダウンロードしよう。

Apple StoreGoogle Play Store
本棚

ホーム

本棚

検索

ストーリーを書く
本棚

通知

本棚

本棚