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「高嶺刑事の家って汚いんだな」
「それ、前姉ちゃんにも言われたから、言うな」
コンビニ強盗の事件から早三週間ほど経った。時間の感覚はあまりなく、綾子と長くいるような、短くいるようななんとも言えない感覚だった。だが、この三週間、あの事件もあって綾子との距離は縮まっていた。
言うなれば、刑事とその相棒みたいな、そんな関係に。
綾子を初めて家に上げ、あげた直後に言われた言葉が「汚い」という暴言だった。いや、確かに洗濯物も中途半端で、皿の大小も揃えず置いている、誇りがテレビの上にたまっているような家を見たら汚いと誰でも言ってしまうだろう。だが、上がって直後言う台詞ではないんじゃないかと少し腹が立った。
三週間一緒にいることが多かったが、相棒らしいと言えば相棒らしいが、性格が合わないのか、かなり些細な事で喧嘩をする。俺と空はそういう点では気があっていたんだろう。だから、こういう喧嘩が日常茶飯事なのは何というか不思議な感覚だった。
俺は、ギシィと座るとかなり沈むソファに腰掛けテーブルに広げた資料に目を通した。綾子が集めてきてくれた資料と、俺が独自に調べた資料。そのどれもが、爆破事件の、爆弾魔高賀藤子に関するものだった。綾子は、高校時代の写真と藤子の写真をも持ってきてくれ、また高校時代どんな性格だったのかも教えてくれた。
高賀藤子は所謂ぶりっこのような感じの女で、多方面に媚びを売るあざとい女だったらしい。高校に入ったばかりだったか、教師に手を出そうとしていたという噂もあったらしく、目だった子ではあったらしい。だが、目立っていたのにもかかわらず彼女の裏の顔を知る者は綾子以外いなかったとか。
「お前はいつ気づいたんだよ」
「……いつだったか、はっきりは覚えていないが、結構早く。彼奴に目をつけられたとき、彼奴に言われたんだ。『藤子は綾子ちゃんのことだーいすき。藤子のものになってくれるまで、綾子ちゃんの周りの人達みーんな殺すからね』ってな」
「……そ、そんなキャラなのか」
「藤子をまねしただけだ」
ご丁寧に声色と仕草までつけて綾子は教えてくれた。その様子が、顔にも何にも合ってなくて苦笑する。
綾子は、俺の反応を見て眉間にしわを寄せたが、何も言わなかった。
「兎に角、何故目をつけられたかは分からないが、気づいた頃にはずっと付きまとわれていたし、隣にいるような女だった。だから、それが当たり前になっていって、でも裏で彼奴は爆破事件を起こしていた」
「……そうか」
ダチが犯罪者としったらどういう感情を抱くだろうか。
苦しい? 悲しい? 恐ろしい? 綾子がその時何を思ったかまでは分からないが、いい気はしなかっただろう。それも、自分を見て欲しいが為に犯罪に手を染めて、そりゃぁ、関わりたくないと思っても当然だろう。目を背けたいのも。ああいうタイプは、離れれば飽きるだろうと綾子は踏んだのだろうが、逆効果だったようだ。
「それで、そんなド執着女は同じ学校に行かなかったのかよ」
「ああ、それがアタシには謎なんだ。でも、確かに彼奴は看護師になりたいって感じじゃないし、風の噂では、海外留学したとか聞いたが……連絡先も知らない。彼奴が勝手にアタシの連絡先を知っているってだけで」
「それ恐怖じゃね?」
全くだ。と綾子は呆れたように言った。だが、それが頻繁していたせいで、綾子にとってそれが当たり前になってしまっていたのだろう。慣れというのは恐ろしい。
まあ、そんな女狂った女だ、爆破事件を起こしたのも、明智を殺したのも何となくそういう奴だからと言うことでまとまりそうだった。認めたくはないが、話が通じるような相手じゃない。
「でも、アタシにしかあの子の事理解できないと思う。アタシがあの子の一番近くにいたから、アタシが止められたはずなのに」
「……後悔っていっぱいするもんだと思うぜ」
悔しいと、過去の自分を責めるように言う綾子に俺は声をかけた。ふと顔を上げ綾子は俺の方を見る。
「俺もいっぱい後悔してるからな。あの時こうしておけばよかったとか、言っておけばよかった言葉だとか、好きだって伝えればよかったとか、色々」
「高嶺刑事……」
「でも失った過去は戻ってこねえし、その過去を背負って生きていくんだ。人間ってそうだろ?」
そう、人間は過去を背負う生き物なのだ。
過去に囚われて生きていると言ってもいいかもしれない。だが、それは悪いことではない。死んだ人もその人の記憶の中で生き続けるのであれば、俺達が生きている限りその足跡は残る。
後悔がいつか希望となれば、それは願ったり叶ったりだ。
「だから、綾子、気にすんな。これから、そいつと向き合えば良いだけの話だからな。だから――――」
ピンポーン。
そう言いかけたとき、家のチャイムが鳴った。隣人は、夜勤バイトで今はまだ寝ているだろうし、煩くもしていない。この夕方に一体誰が尋ねて……と俺は立ち上がり玄関へと向かった。綾子は俺の後ろをついてきたが、俺は知り合いかも知れないから隠れてろと言った。理由は、そういう風に思われたくないからだ。
いい年した男が、成人している女を連れ込んで二人きりと言うことは、そういう風に捉えられてしまう気がした。それは避けたかった。
綾子は俺の指示通り、リビングで待機し、俺は玄関の扉を開けた。しかし、扉の先には誰もおらず、代わりに一枚の手紙が落ちていた。
「んだこれ」
「高嶺刑事」
「綾子」
もう隠れている必要はないと感じたのか、綾子はヒョコリと出てきて、俺の持っている手紙に目を落とす。
「普通、手紙はポストに入れるものなんじゃないか?」
「そーだよ。イタズラじゃね?」
そう言いつつも、俺は乱暴に手紙を開き中を一応確認することにした。だが、そこに書いてあった文章を見、封筒の方を地面に落とす。
「……はっ、イタズラじゃ……ねぇよな?」
わなわなと震える手、顔は怒りに満ちあふれ、俺はそう零す。
そこに書かれていたのは、その手紙は、爆弾魔からの招待状だった。