食事を終え一息ついていると、武器屋の親父が迎えに来た。
村のギルドは規模が小さいため専用の訓練施設はなく、武器屋の裏庭を借りて講習をしているらしい。
そこは、村と森との境界線に存在する小さな空き地。村の外壁からは圧迫感を感じるほど近い。
申し訳程度に囲っている柵はまるで小さな牧場で、そこには武器という武器がずらりと立てかけてあった。
短剣、曲剣、直剣、両手剣、槍、片手斧、両手斧、鞭、弓、棍棒、メイス、ハンマーなどなど。基本はすべて押さえてあるとでも言いたげな品揃え。
この中から好きな物を使って、講習を行うとのこと。
「気に入ったら買っていってくれ」などと言われ、商魂たくましいおっちゃんだなあと思う半面、残念ながらカネはなく、ない袖は振れない。
しばらくするとソフィアとカイル、それと一人の若者がやってきた。
あれは確か防具屋のせがれだ。昨日の飲み会に顔を出していたのを覚えている。
一緒になってついてきたのは、大勢の村の子供たち。ソフィアの周りに集まっているところを見ると、それだけ人気があるのだろう。優しそうな笑顔がそれを裏付けている。
「すいません。危ないからついてきちゃいけないって言ってるのに……」
断り切れないのは相手が子供だからか、それとも意志の弱さ故か……。
「だって、カイルのにーちゃん戦うんでしょ?見たいもん」
「「ねー?」」
どうやら、子供たちのお目当ては戦闘講習の見学のよう。
カイルは広場の中心に、担いでいた先の尖った細い丸太をドスンと勢いよく突き刺した。それを両手持ちのハンマーで、ガツガツと地面へと打ち込んでいく。
その後、防具屋のせがれから金属製の盾を受け取り、革紐で丸太にぐるぐると括り付ける。
「よし。子供たちには悪いが今回は手合わせじゃない。これを相手にしてくれ。手合わせしたいのは山々なんだが、ちょっと体調が悪くてな……」
丸太に括り付けた盾をコンコンと叩くカイル。しかし、その表情は笑顔。正直体調が悪いようには見えない。
「「ええー……」」
子供たちからは非難の声が上がる。
「だから来る途中に言ったろ? 模擬戦をするわけじゃない。見世物じゃないんだ。ほれ、帰った帰った」
「なーんだ、いこーぜ」
お目当ての物が見れないと知るや、子供たちの半分はどこかへ行ってしまった。残った半分の子供たちはソフィアが目当てのようで、まだ帰る気はなさそうだ。
「で、俺はどうすればいいんですか?」
「はい、お好きな武器で盾に攻撃していただければ大丈夫です」
ゲームセンターなどにあるパンチ力測定マシンみたいなことだろう。いわゆる一種の力試しだ。
「えっと、盾とか傷ついちゃうと思うんですけど、いいんです?」
「大丈夫です。傷つかないように、盾には防御魔法をかけますから。あと、先ほども申し上げました通り、形式上やるだけですので小突く程度でいいですよ?」
それに異を唱えたのは武器屋の親父。職人魂に火がついたのだろう。
「何いってんでいソフィアちゃん。俺の店の武器を貸してやるんだ、どうせだから思いっきりやっちまえ!」
「そうだよ。ウチの盾がこんなモヤシ武器で壊れるわけないから、思いっきりやっちゃいなよ」
それを聞き逃してはなるものかと武器屋の親父は、防具屋のせがれに詰め寄った。
「……おい、防具屋。てめえ今なんつった?」
「ウチの防具は、こんな武器じゃ壊せないっつったんだよ!」
「ああん!?」
「あわわ……ここは穏便にいきましょう、穏便に……」
ソフィアは武器屋と防具屋の意地の張り合いに割って入るが、どちらもやる気は満々だ。自分の店の商品に自信があるのだろう。
「ほっといていいんですか?」
「やらせとけ。武器屋と防具屋は昔っから仲が悪いんだ」
カイルがそう言うなら、その間に武器を選んでおこうと近くにあったロングソードを手に取ってみる。
「ぐっ……おっも……」
片手でも持てなくはない……。持てなくはないが、振り回すというより、振り回されてしまうだろう重さ。
ロングソードは諦めてショートソードを手に取るも、こちらもやや重い――が、一応振ることはできそうだ。
「お兄ちゃんは適性なんだったの?」
「死霊術と鈍器らしい」
「ハイブリッドなんだ。めずらしいね」
「ああ、そうみたいだな」
「死霊術は戦闘向きじゃないし使えないだろうから、鈍器から選んだ方がいいよ?」
わかってはいた。しかし、誰もが一度は憧れる武器だと思ってロングソードを最初に手に取ったが、確かにこの重さの物を片手で持ち、なおかつ戦わなければならないとなると現実的ではない。
というわけで剣は保留。ミアに言われた通り鈍器の中から軽そうな棍棒を手に取った。当たり前だが金属でない分、剣よりは全然軽い。これなら使えそうだ。
「それにしても、棍棒って生ハム原木に似てるな」
「ぷふっ」
それを聞いて、クスリと笑顔を見せるミア。生ハム原木で通じるということは、この世界にもあるのだろう。見れば見るほどよく似ている……。
「お兄ちゃん、これにしようよ。強そうだよ? んむぅ……」
ずるずるとミアが持ってきてくれた――いや、引きずってきたのはハンマーだ。
先ほどカイルが使っていた物よりも小さい片手用の物。片手用といってもDIYで使うようなトンカチではなく、長さ的にはメイスやショートソードと同じく六十センチくらいで、その頭はネイルハンマーに近い形状。
打撃面はより大きく平らで、その反対側は尖っていて先端はより鋭利になっている。
「危ないぞ、ミア」
重量のバランスが先端にあるため、威力は高そうだが剣より扱いにくそうだ。――と思っていたのだが、それを手にすると意外にもひょいと持ち上がる。
鈍重な見た目に反してとても軽い。それは金属の塊とは思えぬほどで、重量だけならプラスチックのおもちゃ。
例えるなら、自販機でよく見かける標準的なサイズのペットボトルに近いだろうか。
「どう? お兄ちゃん。使えそう?」
「ああ、軽い。軽すぎて逆にこれで殴られても痛くなさそうだ」
「それはきっと、適性が効いてるからだよ。お兄ちゃんの適性ランクはカッパーだけど、いっぱい使って適性が成長すれば、もっと使いやすくなるよ。プラチナプレートの剣士さんは、剣で岩をバターみたいに切るんだって」
元の世界で木魚を叩きまくってたから、その経験が適性として現れているのだろうか。
木魚を実際に叩いたことがある人はそういないだろうが、あれは結構力を入れなければいい音は出ない。
最近の物は、それほど力を必要としないと聞いているが、実家にあったのは結構な年季物だった。
「よし。じゃあ折角ミアが選んでくれたことだし、これでいこう」
まずは素振り。危ないので、ミアには少し下がってもらい、それを片手でぶんぶんと振り回す。
それを見ていたソフィアとカイルの顔色はいつになく悪い。カイルは体調不良は嘘ではなさそうだが、ソフィアの方も大丈夫だろうか?
「うん、いい感じだ。とりあえず武器はこれでいこうと思うんですけど……」
「そ、そうですか……」
「じ、じゃあ防御魔法を展開するので、なるべく穏便にお願いしますね?」
「思いっきりやったれ兄ちゃん! ガハハ」
ソフィアには悪いが思いっきりいこうと思う。
この世界では、俺よりミアの方が先輩だ。ここで俺の実力を測ってもらえば、今後受ける依頼の選別もしやすいだろう。身の丈に合わない依頼を受けて、命を落とすのは御免である。
「じゃあ皆さん、柵の外に出てください」
「お兄ちゃん、がんばってねー」
ミアの応援に、片手を上げて答える。
「じゃあミア。あなたは外側の防御魔法お願い」
「え? 私が外側を担当するんですか? 支部長の方が、強力だと……」
「私は盾にかけるから。念のため……」
「はあ。わかりました」
腑に落ちていなさそうなミアだが、それが上司の指示であればと、言われた通り両手を前方へと伸ばした。
「【|範囲《フィールド》|防御術《プロテクション》|(物理)《フィジクス》】」
盾を中心に広がるドーム状の薄い膜。それが全体を覆うと、その内側に俺だけが取り残された状態になった。
「【|強化《グランド》|防御術《プロテクション》|(物理)《フィジクス》】」
続いてソフィアが、丸太に括り付けられた盾に向かって手を伸ばす。
盾が輝き出し、表面が緑色の膜に覆われる。それは肉眼ではっきり見えるほどの厚みだ。
「え? |強化《グランド》!? 支部長、そんなに強い魔法展開するんですか?」
「え、ええまあ……。一応予備として……念のため……」
「きれいですね……。これちょっと触ってみてもいいですか?」
「ええ、大丈夫ですよ」
暑くもなく冷たくもない透明な膜が、盾に貼り付いているといった感じ。触り心地はガラスやアクリルに近いツルツルだ。
「よし、じゃあいきますよ?」
「お兄ちゃん、がんばれぇ」
軽く深呼吸して気持ちを整えると、片足を上げハンマーをバットのように振りかぶる。
「いっせーのお……」
最大限の空気を肺に溜め込み、足で地面をがっちり掴む。そして可能な限り全体重を乗せた力で、ハンマーを一気に振り抜いた。
それは渾身の力を込めた奇跡の一撃。
「おりゃああああ!」
それが盾にインパクトした瞬間、激しい金属同士の擦れで火花が上がり、耳を塞ぎたくなるような轟音が辺りに響いた。
二人が張った防御魔法はどちらも粉々に砕け散り、バラバラになった盾の破片が魔法の残光を反射して、キラキラと輝き辺り一面に舞い上がる。
持っていたハンマーの頭部はポッキリと折れ、村と森とを分け隔てていた木製の壁に大きな穴を開け、そのまま大空へと旅立っていった。
皆、理解が追いつかず、しばらく口を開け固まっていた。
何より一番驚いていたのは、俺である。
「……そ、そうはならんやろ……」
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