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第二章 “The Canvas Was Already Here”
――カリカリ……カリ……ッ……
ペン先の音が、頭の中でこだまする。
Sofiaは目の前の壁に描かれたスケッチを見つめていた。
それは彼女が昔、描いたはずのない絵だった。
雨の中の病院、折れたフック、うずくまる男。
すべて正確に、あまりにも丁寧に描かれている。
だけどそのタッチは――間違いなく、自分のものだった。
「…¿Esto lo hice yo…?(これ、私が描いたの?)」
呼吸が浅くなる。
彼女は発電機から離れ、小屋の中へと逃げ込んだ。
エイデンの声も、ジフンの無線も、もう耳に入らない。
そこは廃墟になった保健室のような空間。
過去の病院を思わせる白いタイルの床に、またスケッチが落ちていた。
少年が、ベンチに座っている絵。
見覚えがある。弟のエリック。失踪した、あの日の服装。
「Sofia…」
その声は、小屋の奥から聞こえた。
小さくて、かすれていて、それでいてあまりにも懐かしい。
「Sofia, tengo frío…(寒いよ…)」
声は明確に、あの日のエリックのものだった。
Sofiaはゆっくりと奥のカーテンを開ける。
――そこには、誰もいない。
ただ、壁一面に描かれた“彼女の絵”があるだけ。
どの絵にも、エリックが描かれている。
一枚一枚、すべて違う表情。
そしてその全てが、苦しんでいた。
最後の一枚。そこには、こう書かれていた。
「I called for you. Why didn’t you answer?」
(呼んだのに。どうして答えてくれなかったの?)
Sofiaは無意識に頬をなぞった。
指先が濡れていた。涙かと思った。
違った。
指についたのは、墨だった。
いつの間にか、彼女の手には鉛筆が握られていた。
そして壁に、まだ描き続けていた。