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これで、何回目のお見合いだろう。
もう数える気にもならない。
「俺はまろ。よろしくな、ないこ」
そう名乗った男は高身長で、整った顔立ちをしていた。
誰が見ても“条件のいい人”なんだろう。
…どうせ、この人も。
俺は昔から、感情というものを持っていない。 笑うことも、泣くことも、怒ることもできない。 まるで最初から、心の大事な部分が欠けているみたいに。
そのせいで、皆離れていった。
最初は優しくしてくれても、
「冷たい」「何を考えてるかわからない」
そう言って、最後には離れていく
だからわかってる。
この人も、きっと同じだ。
期待なんて、もうしない。
静かに終わるだけのお見合いだ
同棲初日。
荷物は最低限、会話も最低限。
「ここ、ないこの部屋な」
まろは淡々とそう言って、ドアを開けた。
気を遣いすぎない距離感。
それが、妙に落ち着かなかった。
「…ありがとう」
それだけ言って、部屋に入る。
本当は、何も感じていないはずだった。
昔からそうだ。
嬉しいも、悲しいも、全部ぼやけている。
だから誰かと暮らすなんて、向いていない。
それでもまろは、何も聞いてこなかった。
夕食の時間になり、テーブルの上には温かい料理が並んでいた。
湯気が立っているのを見て、ないこは一瞬だけ立ち止まる。
「…いただきます」
「たくさん食べてな」
まろはそう言って、向かいの席に座った。
「どうや? うまい?」
一口、口に運ぶ。
少しだけ、眉が寄った。
「…うん。ちょっと、しょっぱい」
「え、ほんま? また失敗か……」
まろも慌てて自分の皿を口に運ぶ。
「……ほんまや。しょっぱ」
苦笑いするまろを見て、ないこは目を伏せた。
「こんなの、無理して食べんでええで。どっか食べに行くか?」
その言葉に、なぜか胸がざわついた。
拒否したいわけでも、気を遣われたいわけでもない。
少し迷ってから、ないこは静かに言った。
「……よかったら、俺が作るよ」
キッチンに立つ。
手が勝手に動く、作り慣れたパスタ。
美味しいかどうかはわからない。
でも、失敗はしないはずだった。
「…め、召し上がれ」
差し出すと、まろは目を丸くする。
「うまそう。」
一口食べて、すぐに顔が変わった。
「ん、うまっ。ないこ、これめっちゃうまいで」
「料理上手やな」
その言葉を聞いた瞬間、
胸の奥で何かが、かすかに引っかかった。
嬉しい、と言うには弱くて、
安心、と呼ぶには早すぎる。
けれど確かに、今まで一度も覚えたことのない感覚だった。
理由はわからない。
わかろうとするのも、少し怖い。
ないこは何も返さず、視線を落として小さく頷く。 それ以上の反応を見せる勇気は、まだなかった。