綺麗な満月が光り輝く夜のことだった。父と母が殺されたのは。
「…っ…お父さん、…お母さん…」
「おねぇ、ちゃ……ん」
「……しのぶ…四季っ…」
幸せな家庭だった。父は薬師で母はそんな父を支え私達を育てていた。綺麗な着物を着てご飯を食べて家族を横にして寝て。本当に幸せだった。鬼が来るまでは。夜、寝静まる家の中コンコンと家を叩く様な音がした。父と母は嫌な予感がしたのか私達3人を家の隅へと移動させた。その時だった、扉が壊されたと思った次の瞬間に途端に鉄錆の様な血の強い匂いが鼻についたのは。家族だった父と母を殺されしのぶ姉さんと私が涙を流す中唯一カナエ姉さんだけがそんな私達を守る様に抱き締める。抱き締める体は震えてていた。当たり前だ、まだ小さな子供で自分だって襲われそうで怖いだろうに。父と母を殺した鬼は次の獲物にと怯える私達を目に捉えると奇声を上げながら飛びかかってくる。もうダメだ。殺される。私達がそう思い覚悟した時だった。
私達に襲い掛かろうとした鬼の首が飛んだ。鬼は頸だけでになりながらも奇声を上げ灰となり消えていく。
「遅くなってすまない」
声が聞こえた方を見ると2寸程の体格の良い男の人が斧と鉄球が鎖で繋がれた武器を手に私達の前に立っていた。
父と母が殺された。私達を襲うとした鬼が倒された。助けてくれたその広い背中を見て悲しみと安堵をでいっぱいになった私達はその人に泣きついた。男の人は一瞬動揺した後、大きな体泣く私達を宥める様に優しく抱き締めてくれた。暫くして落ち着いた後、私達三姉妹は藤の花の家という所に預けられた。別れ際、私達が助けてくれた男の人に名を尋ねるとその人は悲鳴嶼行冥と名乗った。
それから私達は親戚の家でお世話になりながらこれからのことを考えた。両親を失った今私達には拠り所がない。親戚の家で普通に暮らすことも出来るだろうが、私達は自分を襲った様な鬼を倒す機関鬼殺隊に入りたかった。
悲鳴嶼さんが助けてくれた時に見たあの力強く広い背中が忘れられなかったからだ。カナエ姉さんは鬼殺隊士を目指すと決めた際3人で指切りをし、約束をした。
「鬼を倒そう一体でも多く、三人で。私たちと同じ思いを他の人にはさせない」
その約束は酷く優しく、そして残酷で。それでいてとても優しいカナエ姉さんらしい約束だった。私達はそれから再び話し合いの後、助けてくれた岩柱という鬼殺隊の中で最も高い位に就く悲鳴嶼さんの元へいく事となった。隠の方の話によると鬼は呼吸という特別な息づかいと日輪刀という特別な玉鋼で作られた刀を使い頸を斬ることによって初めて倒せるのだと。
隠の方へ屋敷へと案内してもらい、私達は無事に悲鳴嶼さんと再会を果たすことが出来た。私達は悲鳴嶼さんと会うと鬼の頸の斬りかたを教えて欲しいと頼み込んだ。了承してくれるかと思えば、悲鳴嶼さんの答えはそうではなかった。
頼み込んでも君達では、危ないからと言われ止められるばかり。けれど、私は厳しい言葉とは裏腹に私達を大切に思う気持ちが伝わってきた。その後、私達はしぶとく家に居座り少しの間悲鳴嶼さんのお手伝いをしたりご飯を作ったりなどして過ごした。
暫く過ごす内に悲鳴嶼さんがついにおれたのか育手を紹介すると言った。育手とは何かきいてみると鬼殺隊士を育てる人のことをいうらしい。けれど、教えるにはある条件を達成する必要があると言われた。連れてこられたのは悲鳴嶼さんの所有する屋敷の裏にある私達三姉妹より何倍もの大きさの違う大きな岩の前だった。悲鳴嶼さんはこの岩を動かすことが出来たら教えるとそれだけを言い残して任務に去ってしまった。
非力な少女3人、どう考えても私達の力では動かすことが出来ない程の大きな岩。余程悲鳴嶼さんは私達を鬼殺隊士にしたくないのだろうか。しのぶ姉さんが不満の声を上げ頭を悩ませる中、私はふと思いついたことを口に出した。
「カナエ姉さん、しのぶ姉さん。私ね、考えたんだけどね、ひめじまさん道具を使っちゃだめとは言ってなかったよ」
「!たしかに!」
「ほんとね、四季の言う通り道具を使うのはダメと言われてないわね」
「じゃあ!何か道具を使えば動かせるかも!!」
しのぶ姉さんは私の言葉に目を輝かせると持ち前の知識で頭を働かせ、ある解決策を思い付いた。そして私達は時間をかけた後無事に少し岩を動かすことに成功した。
「やったね、私達岩を動かせた!カナエ姉さん!しのぶ姉さん!!」
「ほんとしのぶは凄いわねぇ…姉さんほこらしいわ〜」
「っ!べ、別に四季の助けもあって分かったことだし…でもこれで悲鳴嶼さんも許可してくれはずよ!!」
照れるしのぶ姉さんを可愛いと思いながらも私は条件を満たせたことに安堵の息を吐いた。暫くして任務を終えて帰ったきた悲鳴嶼さんの手を引き、動かした大きな岩の目の前に連れてくる。動かすのに使ったとある道具を触れさせると悲鳴嶼さんは少し驚いた様な表情をして独り言を呟く。その様子を見たしのぶ姉さんが悲鳴嶼さんにつっかかったが悲鳴嶼が自分達を認めてくれたのだと分かって落ち着きを取り戻し、認められた私達は無事に育手の元へ紹介してもらうことが出来た。
紹介して頂いた呼吸を習得する為に肺をひたすらに鍛え血反吐を吐きながらも鍛錬をこなし、数年後私達三人は無事呼吸を会得することが出来た。使う呼吸はカナエ姉さんは花の呼吸を、しのぶ姉さんは花の呼吸の派生をした蟲の呼吸を。そして私は風と花の呼吸を派生をした季節の呼吸という三姉妹それぞれにあった呼吸を会得した。その後3人とも無事最終選別を突破し鬼殺隊士になった。
数年もするとカナエ姉さんは鬼殺隊士の中で最も高い柱という位についた。その時は私もしのぶ姉さんも大変喜んだ。柱になった暁に頂いた屋敷は基本的に鬼殺隊士の治療を行う医療施設として扱う事となった。毎日治療と任務の両立が大変だったが引きとった子供達がよく働いてくれるお陰でそこまで辛くはなかった。
私が隊士になって半年たった頃、私達三人が町の途中にある橋を歩いていると目の前に男が汚れた女の子を縄で結び連れている姿が目に入った。その姿になんと酷いのだと声を上げそうになる。まだ私より幼いだろうに。そう思っているとカナエ姉さんが歩みを止めその男に声をかけた。
「あのちょっとよろしいですか?」
「あ?」
「その子はどうして縛られているのでしょうか。罪人か何かなのですか?」
「……見てわかるだろ。蚤だらけで汚ねぇからだよ。それに逃げるかもしれねぇしな」
「こんにちは初めまして、私は胡蝶カナエと言います。あなたのお名前は?」
カナエ姉さんが声をかけても此方を見つめるだけで口を開きするもしない女の子。もしかして声が出せないのだろうか。
「そいつに名前なんかねぇよ。親がつけてねぇんだ。もういいだろ離れろや」
男は話しかけてきたのを鬱陶しく思ったのかカナエ姉さんに手をのばす。私がカナエ姉さんを守る為に身構えるより先にしのぶ姉さんが男の手を払いのけた。
「なっ!」
「姉さんに触らないでください」
強気なしのぶ姉さんのはっきりとした言葉に男は狼狽えながらも大きな声で反論をする。
「…何なんだてめぇらは。このガキとお喋りしたけりゃ金を払いな」
ひそひそと話しながら此方の様子を伺う人々。寂しげな表情で女の子を見るカナエ姉さん。そんなカナエ姉さんを横目にしのぶ姉さんは反論する男に物怖じせず自身の懐に手を入れると淡々と答える。
「じゃあ買いますよ。この子を」
「これで足ります?」
バッと空中に勢い良く投げ出されるのは大量の紙幣や小銭。それを見て唖然とする男。ジャラジャラとお金が音をたてて落ちる中、しのぶ姉さんは女の子を縛っていた縄を男の手から奪い取ると女の子の手をとり駆け出した。
「あっ、待ちやがれ!!」
「早く拾った方がいいですよー!人も多いし風も強いので」
しのぶ姉さんの言葉に怒鳴っていた男ははっとすると周りの人間に当たり散らしながら地面に落ちた金を必死に掻き集め出した。
「あぁ〜いいのかしら」
「いいの!」
「ごめんなさいね〜」
走りながら男を心配するカナエ姉さんにしのぶ姉さんは気にしなくていいという風に眉を上げる。自分の手を繋ぐ2人の姉さんの様子に女の子の目に光が灯るのがカナエ姉さんの手を繋ぎながら見えた気がした。
蝶屋敷に帰るとまずはしのぶ姉さんが女の子の体が酷く汚れていた為、お風呂に入れさせにいった。私とカナエ姉さんはその間、台所に行き女の子に食べさせる胃に優しい卵がゆを作った。
丁度、作り終えた頃にしのぶ姉さんが女の子と手を繋ぎ此方へ戻ってきた。しのぶ姉さんに連れられ戻ってきた女の子は先程と見間違える程綺麗になっていて、よく見ると顔立ちも整っていた。
「私と四季で作ったのよ。気に入ってもらえたら嬉しいわ〜」
カナエ姉さんはそう言うと女の子の前に卵がゆを置く。女の子はおそるおそる匙に手をのばすと卵がゆを口に含んだ。暫くして無言で食べ終えるとカナエ姉さんが女の子の顔を見て問いかけた。
「どう?お口にあったかしら?」
女の子はカナエ姉さんの問いにこくりと首を縦にふる。
「良かったわ〜じゃあ、食べたばかりで悪いのだけど、少し部屋で診察しても大丈夫かしら?」
女の子はカナエ姉さんの問いに少し考え込んだ後こくりと頷く。了承を得たので診察室で女の子の体を見させてもらうとそれはもう酷いものだった。体のどこを見ても沢山の傷や痣が目に入る。痕が残る傷ではないもののとても痛ましい。あの男の言動を見る限り親に虐待を受けた上にその身をうられたのだろう。あぁ、本当に腹がたつ。私は自身の腹の底がぐつぐつと煮え立つのを感じ、唇を噛み締める。
「…大丈夫よ。落ち着いて」
その様子にしのぶ姉さんが何か察してくれたのか静かに耳打ちすると私の手をぎゅっと握る。そのお陰か力んでいた体の力をぬくことができた。握るしのぶ姉さんの手は温かくて女性にしては皮膚が分厚くて、それでいて私より少し小さかった。
その女の子にカナヲという名がつけられ暫くたった頃のことだった。
「姉さん!姉さん!姉さんこの子全然だめだわ!!」
「んー?」
「言われないと何も出来ないの!食事もそうよ!食べなさいって言わなきゃずっと食べない!ずーっとお腹をならして!!こんなんでこの子どうするの?」
「まあまそんなこと言わずに、姉さんはしのぶの笑った顔が好きだなあ」
しのぶ姉さんが声を荒げ、縁側で刀の手入れをするカナエ姉さんに話しかける。声を荒げるしのぶ姉さんに対して酷く呑気な返事をするカナエ姉さんのその様子にしのぶ姉さんは更に声を荒げる。
「だって!一人じゃできないのよ自分の頭で考えて行動できない子はだめよ!危ない!」
「まぁ、そうなんだけどね。じゃあ、一人の時はこの硬貨を投げて決めたらいいわよ。ねーカナヲ」
「姉さん!!」
しのぶ姉さんの言葉は厳しいけど、正論は正論なんだよね。それに対してカナエ姉さんはあまりに穏やかというか呑気というか。まぁ、どちらにせよいつもの姉さん達らしいけど。私は少し呆れながらも2人の様子を見守る。
「そんなに重く考えなくていいじゃない。カナヲは可愛いもの!」
「……」
「理屈になってない!!」
「きっかけさえあれば人の心は花開くから大丈夫。いつか好きな男の子でも出来たらカナヲだって変わるわよ」
「…ふっ、…カナエ姉さんらしい考え。いいんじゃない?しのぶ姉さん。私もすぐとはいかなくてもいいと思うよ。だから硬貨を投げて決めるのは賛成」
あまりに自由奔放な約束に笑うと止まらないしのぶ姉さんを見兼ね、カナエ姉さんに助け舟をだす。
「ついに四季まで…っはぁ、今回だけよ。もし、本当に危ないと思ったら止めるからね。……私、何だかんだ言って姉さんにも四季にもあまいんだもの」
「!しのぶ姉さん…」
「しのぶはやっぱり可愛いわね〜!」
「ちょっと!?姉さんも四季も抱きつかないでよっ!!/」
普段見ない素直な姿に私とカナエ姉さんが抱きつくと嬉しいのか恥ずかしいのか顔を真っ赤にさせるしのぶ姉さん。こんなに可愛い姉さん達が居るから私は日々幸せに生きていられる。そう思っていた。
私が任務に出向いていた夜の日、夜の闇の中黒い物体が飛んでくるのが見えた。
よく見るとカナエ姉さんの鎹烏だった。
「_____伝令!!伝令!!南東方向ニテ胡蝶カナエ上弦ノ弐ト戦闘中!近くノモノハ助ケニ向カエ!カァアア!!」
「上弦とカナエ姉さんが…っ?」
上弦の弐。上弦というだけで相当な強さに匹敵する筈。無傷で済んでる訳がない。
「水華!蝶屋敷に居るしのぶ姉さんへカナエ姉さんが重症を負っている可能性があると伝えて!!」
「ワカッタァ!ワカッタァ!」
自身の鎹烏に最悪の想定があるかもしれないとしのぶ姉さんに伝達する様に頼んだ後、私は即座にその場から駆け出す。
飛び上がると屋根を走りとにかく目的地までできるだけ短時間で行かなければ。冷や汗が止まらない。心臓が鳴り過ぎて今にもどうにかなってしまいそう。初めての任務でさえこんなに緊張したことはなかったというのに。…カナエ姉さんどうか無事でいて。
「は、っ…、」
暫く走ると目的地に着き、焦りながらも路地を走り回りカナエ姉さんを探す。
どこ、どこに居るの?お願い。父さん。母さん。どうかカナエ姉さんの所に私を間に合わせて。私がそう願った時だった。
突如として鬼の気配を感じた。さっきまで全然感じなかったのに。何で感じられたのか原因は分からないけどとにかく助かったことに変わりはない。気配を感じる方へひたすらに走る。距離が縮む度に鬼の気配がどんどん強くなっていく。後、もう少し。後、もう少しだ。
「っ!カナエ姉さんっ!!」
桃色に染まった折れた日輪刀を持ち、倒れているカナエ姉さんに手をのばす鬼の腕が視界に入る。私その瞬間、怒りで我を忘れて飛びかかった。
ー季節の呼吸 壱の風 枝垂れ桜
「カナエ姉さんに触れるなゲスが」
今までに出したことのない低い声でそう言うと私はカナエ姉さんに近付く鬼の腕を呼吸で斬り捨てる。鬼は腕を恐ろしい早さで再生させ此方から距離をとる。私はその隙に倒れ込むカナエ姉さんの前に立ちはだかり、刀を構える。
「わぁ、また綺麗な女の子だ」
のんびりとそして柔らかな声。雲に隠れていた月が鬼の姿を映し出す。白橡色の髪にまるで頭から血を被った様に付いた模様、両目に上弦の弐と文字が刻まれた虹色の鮮やかな瞳。そして持つ武器は鋭い対の扇。よくもカナエ姉さんを!!
「君が使う呼吸は初めて見たよ。君と似てとても綺麗な呼吸だねぇ」
とても今から戦う相手に見せないであろう優しい笑みで此方に語りかける姿に吐き気がする。憎い。憎い。姉さんを傷付けたコイツが心の底から憎い。怒りで頭が沸騰しそうになる中、倒れる姉の姿が目に入る。肺が傷付いているのか呼吸が安定していない。急いで応急措置をしないととてもじゃ無いが助からないだろう。くそ、しのぶ姉さんが今此処にいたなら治療を任せ闘いに専念出来たかもしれないのに。いや…落ち着け、もしもなんて考えるな、感情に流されるな。冷静に今の状況を理解して判断しろ。感情に流された所で手負いの姉さんを庇って上弦に勝つ事なんて出来ない、もしかしたら私も命をおとすかもしれない。…でも、私が負けたら確実に姉さんは助からない。それなら、カナエ姉さんが生きる確率の高い方にかける!呼吸で素早く鬼に近付き戦いながら出来る限りカナエ姉さんから遠ざける。それが今私が出来る最善。
「姉さんと言っていたし、姉妹なのかな?君、そこの女の子より実力はないし、人を庇いながら上弦の俺と闘うの相当厳しいだろうに…。可哀想だし少し手加減をしてあげよう」
何をなめたことをと口を開こうとすると一瞬にして瞬きの間に鬼は私と鼻先が触れるのではないかと思うほど距離を詰める。
ー季節の呼吸 弐の風 春霞
即座に反応して呼吸で斬りつけると鬼は武器であろう扇で私の刀を受け止める。鬼は私の顔を見ると驚いた様に目を見開く。
「君のその瞳翠色なのかな?凄く綺麗だね」
「黙れ。鬼になんぞ褒められた所で嬉しくはない。分かったらそれ以上話すな」
刀と扇をぶつけ合いながら私は声を荒げる。
翠色。いつかの頃、カナエ姉さんとしのぶ姉さんが褒めてくれた瞳の色。
『四季の瞳は翠色なのね。凄く綺麗で姉さん好きだな〜』
『宝石みたいよね、四季の瞳って。本当に綺麗』
あの日の姉さん達の言葉を汚す様に鬼に褒められたくなどない。
「えー、君俺と初対面なのに冷たいなぁ…」
わざとらしく悲しそうな顔をする鬼に心底吐き気がする。こいつは頭に脳みそが詰まっていないのか?誰が好き好んで人を食う鬼など好くものか。
「四季……逃げ…て……」
微かに小さなカナエ姉さんの声が私を呼び止める。ごめん、ごめんなさい。カナエ姉さん。不出来な妹でごめんなさい。私ね、感情を制御出来ない。今だって下唇を噛み締めて誤魔化す様に冷静になってるだけ。だからごめんなさい。どうか今だけ私の初めての我儘だと思って戦う事を許してほしい。姉さんを死なせたくないの。私は、生きて一緖に蝶屋敷で待つ皆の元へ帰りたいから。
「カナエ姉さん、ごめんなさい」
私は深く息を吸い込み一歩踏み出すと鬼に近付く。
_____季節の呼吸
「…ごほっ、…ぁ…っ」
「おやおや、血を吐いているじゃないか。可哀想に…俺が今すぐ楽にしてあげるからもう戦わなくて良いんだよ」
攻撃を受けて地面に大量の血を吐く私に対して上弦の弐が慈しみの笑みを浮かべ扇を仰ぐ。その姿一挙一動に本当に腹がたつ。でも、苛つきながら粘ったかうあって少なくとも私の策は成功したみたい。此処からカナエ姉さんの居る場所は大分離れている。それに…
「貴方逃げなくて良いの…?もうすぐ朝日よ?」
あと少しで鬼殺隊士には味方、鬼には敵の太陽が見える。
「もうこんな時間か。あーあ、時は経つのはあっという間だね…君のことちゃんと食べてあげたかったのに」
「私の名前は胡蝶四季。次会った時お前の首を斬る女の名前だ。覚えておけクソ野郎」
「…ふふっ、面白い子だねぇ…覚えておくよ。じゃあね、四季ちゃん」
鬼は自分の発言に罵倒で言い返した私を余程おかしいと思ったのかくすくすと笑いながらその場を去った。私は鬼が居なくなったのを確認すると朝日を背に一目散にカナエ姉さんの元へと走る。心臓が肺が体が悲鳴を上げていても、どんなに大量の血が流れていても、鬼殺隊士にとって命綱でもある1番大切な日輪刀すらも投げ捨てて。私はひたすらにカナエ姉さんの元へと走る。姉さん。姉さん。お願い、どうか生きていて。死なないで。
倒れ込んだ姉の横にはもう1人の姉のしのぶ姉さんと複数の隠の姿。
「しのぶ、姉さん!…カナエ姉さんは?」
「大丈夫よ。重症だけど応急処置は済ませたから命に別状はないわ。姉さんはまだ息をしてる。生きてる、…貴方のお陰よ…四季、ありがとう、ありがとうっ、…よく頑張ったわ」
「…ぁ……良かったっ…姉さん、カナエ姉さん…生きてて良かった、死ななくて良かった、…姉さんっ、姉さん…」
涙を流す私をしのぶ姉さんは自身より一回り小さな体で優しく抱きしめてくれた。頑張ったと褒められるのが嬉しくて。カナエ姉さんが助かったのが嬉しくて。
「本当に…良かっ、た……」
私は安心してそう呟くと体の力を抜き意識を暗闇へと堕とした。
目覚めた時にはアオイを含めた蝶屋敷の皆に泣きながら此方を見ていた。
「良かった、四季もカナエ様も死ななくて…生きて帰って来てくれてありがとう…っ…」
アオイは深い青色の瞳からぼろぼろと涙を流す。私はまだ痛む体を動かすと泣くアオイと後ろに立っていたカナヲを呼び優しく抱き寄せた。
「…ただいま、みんな」
一筋の涙を流し私はそう呟いた。暫くして私とカナエ姉さんの傷が治ると其処からはあっという間だった。お館様とお話になったことでカナエ姉さんこと胡蝶カナエは上弦の弐との戦いによる後遺症の為花柱を引退、今後は蝶屋敷にて隊士の治療に当たることが決定した。柱としてのカナエ姉さんが見られなくなったのは少し残念だったがでも、それ以上に生きて一緒に家に帰れたのがこの上なく嬉しかった。それに私も大量の血を流したものの運良く内臓などに傷はついていなかった為、其処まで大事に至らかった。そしてその出来事から数年後、もう1人の姉さん胡蝶しのぶが柱の位を承ることになり蟲柱となった。
…しのぶ姉さんは、あの日から何処かで姉も遅れて妹まで戦っていたのに自分は戦場にいることも出来なかったのだと自負の念があったのだと思う。しのぶ姉さんは柱になってからカナエ姉さんから受け継いだ蝶の柄の羽織を着込み優しく微笑みを浮かべる様になった。仕草も表情も言動も全てがカナエ姉さんと同じになってしまった。まるで柱を退いたカナエ姉さんの身代わりだという風に。
私は幼い頃からしのぶ姉さんの豊かな表情の変化が好きだった。常に優しい微笑みを浮かべるカナエ姉さん違い、少しのことでむくれたり拗ねたりそんな所が姉ながらとても可愛らしく見えて。戻って欲しい。元のしのぶ姉さんに戻って欲しい。でも、そう思っていてもそんなこと言えるはずもない。だって、今のしのぶ姉さんを否定したくないから。想いを努力を。知ってるの、私。しのぶ姉さんの体が華奢なカナエ姉さんよりも私よりも小さくて鬼の首が斬れないことを。それを改善する為に花の呼吸から編み出した蟲の呼吸と自身で研究を重ね作り上げた藤の毒を使って鬼を倒してることを。
恵まれないからといって努力を怠らなかったしのぶ姉さんの今までの頑張りを否定したくない。
ただでさえ、苦しんでいるしのぶ姉さんにも優しいカナエ姉さんにも自分のせいで心配をかけたくなくて。それからは私は自身を誤魔化す様に無心で鬼の頸を斬り続け淡々と任務をこなした。毎日、毎日毎日。くる日もくる日も。鬼の叫び声を、残された人の悲痛な声を聞きながら。
「四季、君を季節柱として任命したい。任されてくれるかい?」
「御意」
しのぶ姉さんとはいかずとも微笑みを顔に貼り付ける様になってしまった私は気が付けば季節柱として柱の地位に就いていた。
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