テラーノベル
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「…書き直して、書き直して、最後の1枚に押し込んだというようなことを言っていたから、レターセットを届けると言ったんだが‘想いにキリはないから、何度やっても不十分にしか書けないのよ。だからいらない’成美はそう言ってね…‘でも才花はちゃんと感じてくれる子だから大丈夫。感性や感覚で生きていく子よ’と綺麗に微笑んだ…微笑んだんだよ。最後に見た彼女は美しい母の顔をしていた」
そう言った父はソファーに体を預け、シーリングファンライトを見上げた。
「成美と一緒に見てたんだよ…才花の世界大会は全部…」
「ぇ…だからロス?」
「ああ…それは…」
ぐいっと体を起こした父は
「最初に言ったロスでのダンスが一番好きというのは、純粋に私があのダンスが好きでね。素人目にも楽しい、あれは子どもと大人の絶妙なミックス具合だったと思うんだ。いま同じ振り付けで踊っても絶対にテイストは違う、あの年齢であの時の技術で完成された形…あれが一番好きなんだ」
と私を見る。
「しーちゃんも来てたんだけど…会った?しーちゃんは知ってますか?」
「彼女は私が才花の父親だと知らないから、会っていない。こんな職業の人間に関わらない方がいい。成美も言ってないからね」
「そっか」
「茂美さんには感謝している。生活費なんかでは表せない感謝だね、これは」
「…生活費?私、この通帳をもらったの…」
私は持っていた小さなバッグから、私名義の通帳を父に見せた。
「これは才花の使う費用だね。生活費とは違うよ」
「ぇえ?どれだけ使ったの?私…少し返さないと…」
「当然のことをしただけだ。才花が衣食住に困らないようにする生活費は高校卒業までと決めてもう一通に入れて、ここへの入金も18歳が最後」
そうか…それが母の手紙にもある生活費で、その通帳はしーちゃんが持っていてくれたんだね。
「それが足りなくなって俺のところに来たんですよね?先に言っておくけど、全く責める気はないですから。それはここにいる誰もがそうです」
…っ…恥ずかしい、居たたまれない…
「才花、大丈夫だ。才花は悪くない。努力して才能の花を咲かせて、そしたら海外のあちこちに飛ばなきゃいけなくなって…親父さんが考えていたより、誰が考えていたよりも大きな舞台に上がっていて…才花以外の誰にもそこの計算が出来ないほどだっただけ」
「羅依の言う通りだね。私が悪かったんだよ。去年に続いて今年の出場だったから入金してやれば良かったんだ」
「だけど、お母さんが導いてくれたんじゃないですか?親父は4年ぶりに入金などして、才花さんを動揺させてはいけないと思った。才花さんが俺のところに登録に来たとき、すでに羅依からの依頼で俺は才花さんを調べていました。調べ始めてから才花さんが親父の娘だと…俺の妹だと気づいて、親父に確かめました」
それまでは知らなかったのか…
「でも羅依には言ってなかったんです。俺の妹だからっていう目線なしで、羅依が才花さんにどうアプローチするのかと思っていたんですが、究極のストーカーというか…好意が溢れて、ある意味ストーキングの極みみたいになっていて…親父にも伝えて、羅依なら信用出来るな……と話した直後の登録だった。だから羅依にも俺の妹だとそこで打ち明けてから、あの夜を迎えた。今、才花さんがどういう風に受け止めるか、こちらも不安ですが、あの時の才花さんの決意は世界大会に直結しているものという理解で、俺たちは余計な情報を才花さんに一切聞かせることなくあの夜、見守っていました。気を悪くしたなら申し訳ありません」
一樹さんは瞳を揺らしたあと、頭を下げた。
「…たくさんの人に…守ってもらっていたんですが………ケガしちゃいました…ごめんなさ…ぃ……もうあんな舞台には立てない…全部無駄にして…ごめん…なさいっ…っ……」
コメント
3件
才花の変換がおかしくなった💦
ダンス大会に出て優勝を目指してた才花にとっては、無駄にしたと感じるんだね。でも無駄になることなんかないよ。 災禍を見守ってくれていた人たちにとって、才花が笑って毎日を過ごせることこそ、望んでいることだからね。 しっかりリハビリして、頂点じゃなくても、ダンスをして笑って生活すればいいんだよね。
羅依どんだけ才花ちゃんのこと想いに想ってたのよ〜!みんなにストーカー超えてストーキングの極みっていう扱いになって〜! 才花ちゃん無駄になんかしてないよ。才花ちゃんの存在がこうやって集まれない人達を集まらせて、才花ちゃんのことをずっとそれぞれの形で見守ってきたんだから。 一樹さんも言ってたでしょう。お母さんが導いてくれたって。あの夜もそしてあの日の直後もお母さんは動いてくれていたに違いないよ。 やっぱり気になる。そのもう一通の通帳ははまだしーちゃんが持ってるの?うん?もうないのかな?