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「陽さん、あの……」
「どこに向かえばいいんだ?」
「あ、う……えっとそれじゃあ、せせらぎ公園の駐車場までお願いします」
「この間、友達になれと、おまえに声をかけられた駐車場か。了解」
おどおどしながら、自分を見つめる宮本の視界を遮るようにドアを閉めて、さっさと運転席に乗り込む。後方の確認をしつつシートベルトを締めて、ギアをドライブに入れた。
指定されたせせらぎ公園の駐車場までは、5分くらいで到着する。宮本に文句を言うなら、走り出した今から喋ったなら、全部ぶちまけることができるだろう。
そんな細かい時間配分を、頭の中で考えているのに、橋本はなぜだか口を開けなかった。
『俺を好きになってくれてありがとうと――』
はにかみつつも、どこか照れ臭そうに告げた榊の顔が、橋本の頭から離れない。
(俺が告白したら、間違いなくこんな表情(かお)は拝めなかったはずだ。それを雅輝が引き出したという事実が、自分の気持ちを告げられたことよりも、悔しく感じるなんて――)
居心地がいいとは言えない雰囲気が車内を包み込むせいか、互いに言葉を発することができずに、目的地へと到着した。
「ありがとうございました。おやすみなさいです」
静寂を壊すような大きな声で言い放ち、ドアを開けて素早く表に出た宮本を、迷うことなく橋本は追いかけた。
「おい待てよ、雅輝っ」
感情を押し殺した橋本の声に反応して、目の前でビクッと肩を竦ませる。
「こっちを向いて顔を上げて、しっかり歯を食いしばれ!」
橋本の言うことを聞いた宮本は、目をつぶったまま振り向く。間髪入れずに左頬へ、ストレートをお見舞いしてやった。思いきり殴ったのにも関わらず、声をあげずに突っ立ったままでいる、微妙な顔の宮本に二発目をお見舞いしてやろうかと考えた。それなのにいろんな感情が橋本の中でないまぜになって、腕を動かすことができなかった。
やるせない気持ちをやり過ごすべく、両拳をぎゅっと握りしめる。
「おまえ、言ったよな? 俺が幸せになる権利があるって。残念ながら今の状態でも、充分幸せなんだよ。雅輝のやったことは、人の心を土足で踏みにじるようなものなんだぞ!」
「いけないことをしたのはわかっています。ですが陽さんが隠して、無きものにしようとした想いを考えたら、俺としては動かざるを得なかったんです」
こんな俺の想いについて、わざわざ考えなくたっていいのに、コイツは――。
「最初から叶わない想いなんだから、アイツに伝える必要なんてない。それはないのと一緒なんだ」
「俺は感じることができました。それは貴方がキョウスケさんを心の底から大好きだって、強く想ってるからです。見えないものだけど、確実にあるものなんですって!」
「そんなもん、感じたくはないんだ。無いことにして、感じないように意識して」
「だったら、最初から好きにならなきゃ良かったでしょ。隠してないものにしてまで、自らつらい思いをしなきゃいいだけの話なのに……」
泣き出しそうな感じで顔を歪ませた宮本にギョッとして、反論の言葉を飲み込んでしまった。
「俺は知ってるんです。すごく好きなのに、諦めなきゃならないことがあったから。どんなに好きでもそれを口にしたら、正晴を傷つけてしまうことがわかったから、必死になってそれを我慢して、俺から別れました」
自嘲的に宮本が笑った途端に「痛っ」と言いながら、橋本が殴った頬を押さえた。
「あ……」
自分の激情に駆られて殴ってしまったことを、今更ながら後悔する。注意するだけで終わらせる予定だったのに、照れ臭そうな恭介を目の当たりにしたせいで、感情を抑えることができなかった橋本のミスだった。
「陽さん、すぐに諦めろとは言いません。ですが、他の人にも目を向けてみてください。きっといい人がいます」
きゅっと口を引き結び、きっちり頭を下げて目の前から立ち去っていく大きな背中を、橋本は無言で見送った。かける声が見つけられなくて、そのまま見送るしかなかったのである。