テラーノベル
アプリでサクサク楽しめる
231
41
コメント
0件
👏 最初のコメントを書いて作者に喜んでもらおう!
それからの数日、黒瀬くんはなぜか少しだけ「よそよそしく」なった。
会社での態度は変わらず完璧な後輩だけど、二人きりになる隙を与えてくれない。
あんなに執着されていたのに、いざ引かれると、胸の奥がソワソワして落ち着かない。
そんな時、営業部に華やかな来客があった。
取引先の大手メーカーの令嬢であり、若くして役員を務める美奈さん。
「黒瀬さん、先日の件、本当にありがとうございました。お礼に、今夜お食事でもいかがですか?」
フロアに響く、彼女の鈴を転がすような声。
黒瀬くんは一瞬こちらに視線を向けたけれど、すぐにいつものキラキラした笑顔で彼女に応えた。
「光栄です!ぜひ、ご一緒させてください」
その瞬間、心臓を直接冷たい手で掴まれたような感覚に陥った。
周囲からは「お似合いだね」「美男美女で絵になる」なんて囃し立てる声。
私はパソコンの画面を見つめたまま、動けなくなった。
(どうして……こんなに、モヤモヤするの?)
教育係として、彼の交友関係を邪魔する権利なんてない。
むしろ、あんな強引な後輩から解放されて清々するはずなのに。
それなのに、視界がじわりと熱くなって、文字が滲んでいく。
(私、あんなに意地悪されて、振り回されて……なのに、あの子が他の誰かと笑ってるのを見るのが、こんなに苦しいなんて)
その夜、定時になっても仕事が手につかず、私は一人屋上へと逃げ出した。
冷たい夜風が、火照った頬に心地いい。
……気づいてしまった。
私が怖かったのは、彼に暴かれることじゃない。
彼が私を「ただの遊び」だと思って、どこかへ行ってしまうこと。
私は、あの可愛くて生意気な後輩に、とっくに恋をしていたんだ。
「……こんなところで何してるんですか。風邪ひきますよ」
背後から聞こえた声に、肩が跳ねる。
振り返ると、そこには食事に行っていたはずの黒瀬くんが立っていた。
「黒瀬くん…、どうして?美奈さんとお食事じゃ……」
「あんなの、仕事の付き合いですよ。……それより、舞さん。どうして泣いてるんですか」
彼は一歩、また一歩と距離を詰めてくる。
いつもの余裕な笑みはない。少しだけ焦ったような、真剣な瞳。
「泣いてない……っ」
「嘘だ。……もしかして、僕が他の女性と食事行くと思って?」
「……っ」
図星を突かれ、私は俯いて唇を噛んだ。
すると、彼は私の手を優しく、壊れ物を扱うような手つきで包み込んだ。
「……え、ガチ…ですか?嫉妬、してくれたんですか…っ?」
その声は、これまで聞いたどの囁きよりも優しくて。
私は彼の手のひらの熱に触れながら、自分の想いを隠しきれなくなっていた。