(この人を好きになって良かった……)
芳乃への想いを噛み締めた俺は、泣きそうになった顔を俯いて誤魔化す。
――救われた。
ずっと抱えていた罪悪感が彼女によって解き放たれ、やっと俺は赦された気持ちになれた。
(芳乃さんがこう言ってくれるなら、もう何も恐くない。世界中の人が俺や会社を責めても、彼女が味方でいてくれる限り戦える。俺はもっと立派な男になって、絶対に芳乃さんと結婚してみせる!)
十七歳にして、俺は一生をかけての決意をした。
その時、芳乃は時計を見て『あっ』と声を上げ、『休憩時間終了!』と言った。
雑談は終わってまた勉強が始まったけれど、俺は今まで以上にやる気を見せて問題集に取り組み始めた。
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春、無事にT大に合格した俺は〝ご褒美〟として芳乃とデートする事になった。
デート当日、彼女は珍しくスカートを穿いて現れた。
普段穿かない訳ではないが、通学やバイト中はパンツスタイルのほうが都合がいいので、休日に友人と遊ぶ時ぐらいしか選ばないそうだ。
『なんか照れるね。本当に私なんかとデートでいいの?』
『芳乃さんだから、デートしたいんだ』
『もー、上手いな』
待ち合わせしたあとにハイヤーで向かったのは、千葉県にあるテーマパークだ。
俺はここぞとばかりにあらゆる物を奢り、芳乃は『年上なのに情けないな』と言いながらも、俺のしたいようにさせてくれた。
たっぷり夢の世界を満喫して都心に戻る頃には、夜になっていた。
タクシーを降りたあと、俺は緊張して尋ねる。
『最後に、もう一箇所だけ付き合ってもらっていい?』
『いいよ。今日は悠人くんに沢山お金を出してもらったから、カフェなら私が払うからね』
そうやって、驕られるのをよしとしない所も好感が持てた。
彼女は年上でバイトをしているのに驕られた事を気にしているようだけれど、成人すれば三歳差など問題にならなくなる。
それに俺は子供の頃から祖父に投資を教えてもらい、高校を卒業した時点でかなりの資産を築いていた。
けれど普通の高校生はそんなに多くの金を持たない。
うちが金持ちなのは家を見て分かっているだろうが、親の金でご馳走していると思われるのは癪だ。
俺はどこまで本当の事を言うべきか考えながら、東京駅直結のホテル内にあるカフェに入った。
普段なら入らない店に緊張した芳乃は、そっと席につく。
フレンチレストランやバーも兼ねている店内は大人っぽい内装で、窓の外には美しい夜景が広がっている。
夕食はテーマパークでとったので、カフェではデザートと飲み物を頼んだ。
『……こんなお店、初めて入った。よく来てるの? っていうか、今日は悠人くんの合格祝いなのに、私ばっかりご馳走になってごめんね』
芳乃は店の雰囲気に萎縮し、声量を落として言う。
『金なら、無理はしてないよ』
俺は長い前髪の奥で目を細め、微笑む。
その日は事前にデート用のコーディネートを一式揃え、細身のパンツにグレーのシャツ、ジャケットを着て出かけた。
しかしガラスに映った自分は、まだまだヒョロッとしていて頼りなく、子供っぽさが目立ち、その姿が余計に焦りを感じさせた。
周りにいる人たちは、スーツを着こなす立派な大人だ。
鍛えていない普通体型の男性でも、俺ほど痩せていない。
――でも、想いなら負けない。
『お客様、こちらをどうぞ』
その時、手はず通りギャルソンがやってきて、芳乃に赤いバラの花束を渡した。
『え……っ?』
芳乃は目を丸くして驚き、あたふたしている。
さらに俺は、バッグからハイジュエリーブランドの箱を出し、テーブルに滑らせた。
『受け取って』
『えっ!?』
彼女は声を上げたあと、慌てて両手で口元を覆う。
『お帰りまで花束をお預かりしますか?』
『お、お願いします……』
芳乃は何が起こったのか分かっていない表情で頷いたあと、呆然とした表情でジュエリーボックスを開ける。
中には妖精の羽のようなデザインに、ダイヤモンドがついたピンクゴールドのネックレスが入っていて、それを見た彼女は目を瞠った。
コメント
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いつも芳乃ちゃんが付けているネックレス⁉️