テラーノベル
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グラン王都では、凱旋式の準備で大わらわとなっていた。
大通りには色鮮やかな布が張られ、家々の軒には月桂樹の枝が飾られている。
広場では職人たちが凱旋門を組み上げ、その脇を花籠を抱えた子供たちが走り回っていた。
誰もが浮き足立っていた。
無理もない。
ジュリアスの暗殺から始まった戦乱は、実に十年。
国内を二分した内乱。
イージプとの戦争。
北方から押し寄せた蛮族。
そして、アルペスを越えて現れたバルカ。
幾度となく国は滅亡の淵へ追いやられた。
多くの将が死んだ。
多くの兵が帰らなかった。
それでも――グランは生き残った。
そして今、その長き戦いがようやく終わろうとしている。
人々は、心の底からその終結を祝おうとしていた。
その頃、王宮では一つの問題が持ち上がっていた。
スピリタスをどう遇するか、である。
スパルーニャを平定し、海を渡り、ヌミダスを制し、ついには無敗の魔人バルカを破った男。
元老院から出された答えは――終身独裁官。
だが、スピリタスはこれを固く辞退した。
「いりませんよ、そんなもの」
あまりにもあっさりした返答に、使者の方が困り果てたという。
何度説得されても、その意思は変わらなかった。
そこでライナー王が代案を出した。
爵位でもない。
官職でもない。
ただ一つの名を、彼に贈ることにしたのである。
――アウリカヌス。
アウリカ大陸を制した者。
それは王でも独裁官でもない、一人の将軍へ贈られた最高の称号だった。
スピリタスも、こればかりは断りきれなかった。
こうして――。
スピリタス・アウリカヌス。
その名が、グランの歴史に刻まれることとなった。
「ライナー王、それは?」
マエクスが、卓上に置かれた短剣に目を留めた。
華美な装飾はない。
長剣と呼ぶにはあまりにも短く、ずんぐりとしている。
ライナーはそれを手に取った。
「これか。グラディウスというものだそうだ」
「グラディウス?」
「スピリタスが、バルカと戦うために考案した剣だ」
マエクスは思わず眉を上げた。
「剣まで作ったのでございますか」
「ああ」
ライナーは苦笑した。
「最後、バルカの兵が我が陣を突破できなかったのも、これが大きかったそうだ」
短い剣を眺めながら、静かに続ける。
「スパルーニャでも、とてつもない訓練を繰り返していたらしい」
「……そこまで」
「バルカ一人を倒すためにだ」
ライナーはグラディウスを卓上へ戻した。
「そのためなら、あいつは何一つ惜しまなかったらしい」
しばらく二人は、黙って剣を見つめていた。
やがてライナーが言った。
「酒でも持ってこさせよう」
マエクスを座らせ、二つの杯を用意させる。
杯に酒が注がれる音を聞きながら、ライナーは呟いた。
「多くの者が傷つき、倒れていった」
「…………」
「だが、その一人でも欠けていれば――バルカは倒せなかったのであろうな」
マエクスは杯を手に取った。
「大変なのは、これからでございます」
ライナーは少し笑った。
「ああ」
杯を掲げる。
「そうだな」
戦いの代償は、あまりにも大きかった。
十年に及ぶ戦乱によって国土は疲弊し、諸物価は開戦前の三倍にまで高騰していた。
農地は荒れ、働き手を失った村も少なくない。
イージプから大量の穀物が運び込まれていなければ、
王都でさえ餓死者が出ていただろう。
戦争には勝った。
だが、国が豊かになったわけではない。
むしろ、これから十年かけて戦争の傷を治さなければならなかった。
「ガラリアからも食料輸送の要請が来ております」
マエクスが書状を卓上へ置いた。
ライナーは目を通すと、すぐに返した。
「よろしく頼む」
「承知いたしました。それと――」
マエクスはもう一枚の書状を取り出した。
「北方からの難民の流入も後を絶ちません」
「まだ増えているのか」
「はい。王都だけでも相当な数に上ります」
ライナーは小さく息を吐いた。
戦争が終われば、すべて元通りになる。
そんなわけがない。
故郷を失った者。
家族を失った者。
仕事を失った者。
戦場から帰ってきても、帰る家そのものがなくなった兵士たち。
彼らもまた、この十年が残したものだった。
「民は、パンと見世物を要求しております」
「見世物?」
「剣闘士でございます」
ライナーはしばらく黙っていた。
やがて椅子へ深く腰掛けると、少し困ったように笑った。
「我が国の将には、血の気の多い者がずいぶんいる」
マエクスも苦笑する。
否定はできなかった。
「他国から見れば、異常に思われることもあるのだろうな」
ライナーは卓上のグラディウスへ目を落とした。
「だが、少なくとも――」
指先で、その鞘をそっと撫でる。
「戦いについて、考える国家でありたいな」
マエクスは黙って王を見た。
「食料のことは何とかしてくれ」
「御意」
「ただし、剣闘士の見世物については――」
ライナーは少し考えてから言った。
「今しばらく、禁止にしよう」
「よろしいので?」
「ああ」
ライナーは静かに答えた。
「もう十分、人が死ぬところを見ただろう」
ライナーは目の前の剣に視線を移した。
「グラディウスか」
ライナーはしばらく、その短い剣を見つめていた。
やがて、静かに呟いた。
「我がグランを守り給え」
fin
文明の曙 ―神々戦記―
第一部 「乱」 完
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#戦国時代
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コメント
1件
「第一部ー完ー」お疲れ様でした…! 戦争の終わりと、その後に残る傷跡の両方を描くラスト、すごく沁みました。ライナー王が剣闘士を禁止した「もう十分、人が死ぬところを見ただろう」って言葉が胸に刺さります。戦いに勝っても、失ったものの大きさを忘れない誠実さが感じられて、本当に良い締めくくりでした。グラディウスという剣に込められた想いも含めて、静かに感動しました🌙