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そのあと、彼はしみじみと言った。
「……幸せだな。理想の〝家族〟だ」
「ん?」
スマホを枕元に置いた私は、同様にモソモソとベッドに横になり、目を瞬かせる。
「ああやって家族団欒で食事するって、いいなー……って思ってた。お義父さんがビール注いでくれて、お義祖母さんが『たんと食べんと』って、俺の皿に肉を盛ってくれて。ああやってよそってもらったの、子供の頃以来だと思う」
尊さんの言いたい事を察した私は、薄闇の中微笑んだ。
「これから毎年来られますよ」
「……だな」
尊さんはしばし黙ったあと、ゆっくりと息を吐いていく。
「母とあかりが生きていた時の事を思いだした。もっと小さな食卓だったけど、凄く幸せだった。母さんが俺の好物を作ってくれた時は、テンション上がったな。あかりがピーマン苦手で、俺の皿によけてくるんだよ。母さんに見つかったら怒られるから、俺はすかさずあかりのピーマンを食べてた」
その光景を思い浮かべた私は、キュッと唇を引き結んだ。
「『もっと食べなさい』ってよそってくれるの、愛情があってこそだよな。篠宮の家で家政婦さんがおかわりをよそってくれたり、町田さんがそうしてくれるのとは、また違う。愛情と好意があって、庇護すべき子供に沢山食べてほしいって思うから、親は自分の分も子供に分けるんだ。……あかり、三個パックのヨーグルトが好きで、早く食べてしまって『もっと』って言ったら、母さんが食べかけの自分のヨーグルトをあかりにやってた。……大人って、大切な相手に分けてあげるんだよな」
彼の話を聞いていて、涙が溢れてしまった。
そんなごく当たり前の事すら、尊さんはちゃんと味わえなかったんだ。
さゆりさんは尊さんとあかりちゃんを心の底から愛していて、本当に大切に育てていた。
それを当たり前と思っていた十歳の少年が、自分に対して『死ねばいいのに』と言う女性と同居するようになった苦しみは、筆舌に尽くしがたい。
彼の心はズタズタに引き裂かれ、何度となく死を思ったかもしれない。
恋人に愛される事もなく、次第に誰の事も信頼できなくなり、自分と同じように絶望して死を選ぼうとした私に、妹を重ねた。
〝朱里〟という名前を聞いて、妹と同じ年齢の子が死のうとしているのを見て、彼はどれだけ傷付いただろう。
『生きてくれよ』と言った言葉の奥に、どれだけの願いが込められていたか、当時の私は理解していなかった。
それ以降、ずっと私を見守ってきた尊さんを、恵は『ストーカーまがい』と言っていたけれど、今なら、妹と重ねた私がちゃんと元気に生きているか、気になって仕方がなかった気持ちが分かる。
ちゃんと笑えているか、ご飯を食べられているか、勉強しているか。
父性とも兄ともつかない感情で、彼は私を見守り続けてくれていた。
そして今、尊さんは私が沢山食べている姿を見て、喜んでくれている。
ただ、恋人が元気でいる姿を見て嬉しく思っているのではない。
妹と同じ名前をした、かつて死を望んでいた私が、今とても幸せそうに笑って生きて、沢山ご飯を食べているのを見て、喜んでくれているんだ。
もう一人の妹を救えたと思っているかもしれない。
こんなに私を大切に想ってくれている人はいない。
勿論、家族は私をかけがえのない存在と思っているだろうけれど、尊さんはまた違った意味で私の幸せを願ってくれている。
――ありがとうございます。
心の中で呟き、私はズッと洟を啜る。
「……尊さん、抱っこ」
私はタオルケットをはね除け、隣のベッドに突撃する。
「フレームが古いから、ベッドが小さめだぞ」
「詰めて」
「容赦ねぇな」
尊さんはフハッと笑い、可能な限りベッドの端に寄って私を抱き留める。
「これから毎日、私が尊さんのご飯のおかわりを盛ってあげます」
「山盛りになるだろ」
「尊さんの大好きなおかず、分けてあげます」
「食いしん坊が無理すんな」
「もーっ!」
ポカポカと尊さんの胸板を叩くと、彼は「冗談だって」と笑う。
「……ありがとな」
尊さんは私の背中をトントンと叩き、小さく笑う。
「俺、今すげぇ幸せだよ。全部朱里のお陰だ」
「私、何もできてませんよ?」
「沢山の幸せをくれてるよ」
薄闇のなか尊さんは微笑み、額にキスをしてきた。