(何で、こんなことになったんだろう……)
ガタンゴトンと不規則に揺れる電車。特急で、駅に止る数が少ない上に、かなりの混み具合で、指定された場所に行くだけでも大変だった。いつも乗らない電車だから、何というか、ソワソワしてしまう。
(本当に、こんなことでいいのかな……)
思わず溜息が出そうになるのを抑えて、俺は電車の出入り口まで移動する。
『場所は三車両目の出口付近でお願いします』
『最近、その電車で痴漢が多いらしくて。いい尻を狙ってくるらしくて』
『朝音さんなら適任かなあと』
(これが『お願い』じゃなかったら、絶対に断ってた! というか、『お願い』だったとしても、いやなんだけど)
それもこれも、ゆず君のため。ゆず君の『お願い』の為だと、俺は腹をくくって電車に乗り込んだ。
いい尻を狙う痴漢って、まあ、いないわけじゃ無いだろうけど、尻だけを狙っている痴漢か……と、何でそんな痴漢は捕まらないんだろう、とも思った。痴漢目撃情報が出ているのに捕まらないということは、かなり計画を練っているのかも知れない。そう思うと、怖いなあ、とも思う。
ゆず君曰く、いい尻であれば、男でも女でもどっちでも構わないとか。
というか、まずゆず君が何でそんな情報を知っているのかが恐ろしかった。
あのあと、次のバスが来るまで、ゆず君にもう演説されて、説得されて、今日にいたったわけだが、ゆず君は本当に自由人で、次のバスが来た途端話を切り上げて、BLカフェから飛び出していったように、颯爽と、バスに乗り込んでしまった。
『そういえば、昼ドラ録画しておいたんだった。じゃあ、僕はこれで! 朝音さん明日お願いしますね!』
『ちょ、ちょっとゆず君!』
『さようなら!』
脱兎のごとく。
本当に自由人だ、と呆気にとられて何も言えなかった。ぽつりと残された、俺は取り敢えずカフェに戻って、何があったのかだけ、報告した。バイト仲間や店長には「良いことしたな」と誉められたけど、本当に良かったのかと、あとになって思った。だって、届けに行ったのが、俺じゃなかったら、他の人が犠牲……になっていたかもしれないし。ゆず君の性格から考えて、俺じゃなくても良かったんじゃ無いかって思う。あのあざとさにキュンとくる男性は多いだろうから。
「はあ……」
結局飲み込んでいたため息は吐き出された。
ぎゅうぎゅうに、箱詰めにされた電車の中で、俺は扉に手をつくしかなかった。この電車を使っても、大学に行けないわけじゃなかったし。
(ま、まあただ通学しているだけだと思えば……)
だが、次の瞬間尻に違和感を感じ、俺はひっと短い悲鳴が漏れた。
「……ッ!?」
待て、待て、待て。
尻に違和感。ヌッと、這うような、手が、尻に伝わってくる。
「ま……じで?」
(お、俺、今痴漢されてる!?)
俺は恐ろしくなって、必死に声を上げようとした。しかしその前に誰かの手が伸びてきて俺の口を塞いだ。いや、でも、痴漢って何で分からないかっていわれたら、怖くて声が出せないから、とか、痴漢に遭っている場面を見られたくないからっていう理由があるんだと思う。でも、俺はすぐに声を出そうと思った。だって、男の尻なんて誰が興味あると思うんだって話だから。
「……っ」
そのまま俺の後ろに立っていた男が俺の背後に移動してくる気配を感じる。そして俺のお腹に腕が回され、グッと後ろへ引き寄せられる。
(ま、まさかこのまま俺……犯されるんじゃっ……!)
いや、無いよな。だって、ゆず君が言ってたのは、尻を触るだけの痴漢(いや、尻を触っただけでも痴漢は痴漢なんだけど)だったはず。
俺は、恐怖に駆られながらも、何処か女の尻と間違えたのか、間違えたらすぐに離れるだろうと気を紛らわそうとしていた。だが、一向に手が離れようとしない。後ろから荒い息づかいも聞えて来る。
(こいつ……本気で!? やばいやばい!)
抵抗しようと身を捩ると、男はさらに力を込めて俺を押さえつけてくる。その拍子に、男の腕が服越しに乳首に触れた。その瞬間ゾクッとしたものが背筋を通り抜けていき、このままでは不味いと声を出そうとした。だが、自分でも分からないぐらいに恐怖を感じているのか声が喉から出てこなかった。漏れるのは母音だけで、これでは触られて喜んでいるようにしか聞えない。
それに、柚君のお願いは痴漢されてきて欲しいだったから、次の駅までは耐えようと思った。
でも、怖い。
知らない人に体を弄られているという感覚が気持ち悪くて仕方なかった。痴漢もののあれって、演技だけど、現実で起きたら、こんなに怖いんだって思い知らされた。いや、俺の好みじゃなくて、同級生に見せられただけだけど。
そんな風に感じていたら、男の指先が俺のズボンの中に入ってきた。そして、とうとうパンツの中まで侵入してきた。
さすがにこれはヤバい。
「や、め……」
「何してんだよ。おっさん」
これ以上はまずいと、口を開いたとき、パシンッと音が響いたと共に俺を拘束していた腕か離れる。
(この声って……)
男の手から、解放され、聞き覚えのある声がしたため、俺はハッと顔を上げた。
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