「何してんだよ。おっさん」
「……あ」
その声に聞き覚えがあり、俺が振返ると人混みの中に見慣れた髪の男を見つけた。青みがかった黒髪の、空色の瞳をした青年。
そして、その男の後ろからひょっこりとスマホを握りながら、口角を上げて俺を痴漢したであろう中年男性を撮影していた。紺色の髪はつやつやとしていて、白いまつげのしたに覗く赤い瞳と、白い瞳孔は、何処か蛇を彷彿とさせた。
「おじさん、スマホにばっちり取れてるからいいよ。このまま続けても」
「……何言ってんだ瑞姫。警察に突きだして終わりだろ」
「ん~容赦無いねえ。梓弓くん。そういう所大好き」
「きもちわりぃ」
とても、痴漢を捕まえたような態度ではない大学の後輩、鈴ヶ嶺梓弓くんと瑞姫契くんがそこにいた。きゃっ、とちぎり君は言うように頬を緩めていた。それを見て、あずゆみ君は視線を逸らす。
どうやら、二人が痴漢を取り押さえてくれたみたいだった。
痴漢は逃げようとしたが、すかさず、あずゆみ君が痴漢の手首を掴み、それをちぎり君は撮影し始めた。
「あははーおじさんその顔いいね。人生終わったみたな顔。会社の重役だった? それとも、長年痴漢続けてきたけどバレちゃったのがそんなに辛い? まあ、どっちでもいいけど、その堕ちた顔最高にいいよ」
「……瑞姫」
ちぎり君は満面の笑みを浮べながら、痴漢の顔写真を撮っていおり、あずゆみ君が声をかけていたが全く聞いていないようでずっと撮り続けている。何て言ったのか、俺には聞えなかった。痴漢から解放された安心感と、あとからやってきた第二派の恐怖で耳が聞え辛くなっていた。
それから、次の駅で俺たちは降りて痴漢を駅員さん達に引き渡した。どうやら痴漢は常習犯だったようで捕まえたあずゆみ君達に感謝をしていた。
「先輩も何で、抵抗しなかったんですか。あんな叩かれたら一発で失神するような豚に好き勝手されて」
「あはは……あずゆみ君助けてくれてありがとね。ちぎり君も」
「僕は、ただ撮ってただけだからね。何もしてないし。お目当ての顔は撮れなかったから……また出直しかなぁ」
そう言いながらも、しっかりと痴漢の動画は保存している辺り、やっぱりこの二人らしい。言い方は本当に物騒だけど。
まあ、後輩に助けられたって、嬉しいけど、恥ずかしい気持ちもあった。それも、痴漢されていましたっての、見られていたし……格好悪いなあ、と自分を責める。それだけじゃない。だって、あんな姿見たくないだろ、とも思うし。
(はあ……)
俺が、肩を落としていれば、あずゆみ君がフォローを入れるように、俺の方を見た。
「まあ、先輩が無事で良かったです。次からは気を付けて下さいよ」
「うん。ありがとう」
そう言って、俺は二人の頭を撫でた。すると二人は嬉しそうな表情を浮かべる。
「ああ、もう僕子供じゃないんで頭なんて撫でないでください」
「えぇ、良いじゃん」
「良くないですよ」
と、あずゆみ君は、耳を赤く染めていた。つい、癖で撫でてしまったが、確かに、子供扱いしている、と思われても仕方ないなあ、とは思ってしまった。反省。
でも、感謝しているのは本当だ。
二人は、俺にとって大切な後輩だし、俺の事気にかけてくれる数少ない後輩だった。皆、俺のこと、体質を知ってか知らずか、色んな『お願い』ごとをしてくるから。ちょっと、付合うのが大変というか。嫌いなわけじゃないけど、いいように使われているんじゃないかって、思ってしまうときがある。別に、人間不信とかそう言うんじゃないけど。
だから、この二人は本音が言えるというか、信頼できる存在だなあっていつも思ってる。
まあ、校内でよく会うだけっていう関係ではあるけど。電車もこれを使ってたんだって初めて知ったし。
「ありがとう、本当に」
「まあ、紡先輩お人好しっていうか『お願い』されたら、断れ無いですもんね。いいカモにされますよ」
おい、瑞姫。と、あずゆみ君はちぎり君を怒っていたが、その通りだと思っている。
もし、あの痴漢に『お願い』されていたら、きっと俺の身体は素直にそれに従っていただろうし。この体質というか、呪いを断ち切らないといけないな、とは思っている。自分の意思で、『お願い』を聞き入れたいって思った時、決断できるように。
「あずゆみ君ありがとう。でも、ちぎり君の言うとおりだからさ。ちぎり君は、ほんとよく観察してるよね。人のこと」
「僕の趣味なので。僕は、僕が望む写真を撮れたら良いので」
と、ちぎり君はふわりと笑っていた。
そういえば、この二人もゆず君と同い年だったなあ、と思い、いかにゆず君が自由人なのかと言うことが露見してしまった気がした。まあ、人それぞれだし、と思い、スマホを見ると、ゆず君からメールが届いていた。
(もう、こっちは、酷い目に遭ったって言うのに……)
ゆず君からのメールには「今夜指定する場所に来てください」と書かれており、ご丁寧に、地図まで添付してあった。本当に、自由人だなあ、なんて思いながら、俺は大学まで、二人の後輩と一緒に歩いて向かった。
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