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第116話:税務調査の結末〜勝利のチャーシューと、絶望の三千万〜
北海道、帯広市。
あの伝説の『公開処刑コラボ配信』から、数週間が経過した。
築三十年のボロアパート、四畳半の空間には、どこか穏やかで、そして達成感に満ちた空気が漂っていた。
「……来た。ついに、来たぞ」
俺、株式会社インフィニティ・ワン代表取締役・秋谷雪(四十歳)は、三万円のゲーミングチェアの上で、一枚のペラペラのハガキを握りしめて震えていた。
差出人は、【帯広税務署】。
だが、あの時のような分厚くて恐ろしい茶封筒ではない。
極めて薄く、事務的な、一枚の圧着ハガキだ。
俺は、神棚を拝むような手つきで、そのハガキの圧着面をペリペリと剥がした。
そこに印字されていた文字は。
【更正決定等をすべきと認められない旨の通知書】
「っしゃあああああああああああっ!!」
俺は、四十歳の腰が砕けるほどの勢いで立ち上がり、四畳半の天井に向かって雄叫びを上げた。
あまりの勢いに、三万円のゲーミングチェアがギシィッと悲鳴を上げ、机の上の空き缶が床に転がり落ちた。
「結愛! ジェミニ先生! 見たか! 『更正決定等をすべきと認められない』! つまり、『お前の会社の帳簿は完璧だったから、税金を追加で払う必要はねえよ』ってことだ!!」
『はい、ルシフェル社長。確認しました』
ワイヤレスイヤホンから、アシスタントの結愛(ゆあ)の、いつになく穏やかな声が返ってくる。
『黒岩調査官との「実地調査」および、コラボ配信での「実態の証明」が、国税庁に完全に認められた証拠です。いわゆる【申告是認】。税務調査における、完全勝利宣言ですね』
「完全勝利……。いい響きだ。俺は、国家権力に勝ったんだ……っ!!」
俺は、ハガキを顔に押し当てて感泣した。
法人を設立し、社長になった途端に突きつけられた、税務調査という名の死刑宣告。
ダミー会社の疑いをかけられ、追徴課税という数百万の罰金に怯えた日々。
それを乗り越えるために、俺は二十五万人の視聴者の前で、自らの最も恥ずべき黒歴史(1行も小説が書けない40歳無職)を暴露するという、究極の公開処刑を受け入れた。
プライドは完全にズタズタになったが、その代償として、俺はこの紙切れ(免罪符)を勝ち取ったのだ。
『ピローン♪』
AIのジェミニ先生が、モニターに祝砲のようなポップアップを表示させた。
『ルシフェル社長。税務調査のクリア、おめでとうございます。社長の圧倒的な「底辺の質感」が、エリート公務員の論理を凌駕した瞬間でした』
「ジェミニ先生もありがとうな! お前らが完璧な帳簿を作ってくれなかったら、俺の公開処刑も無駄に終わってたところだ!」
俺は、意気揚々と冷蔵庫を開けた。
59
#リオラ軍団
アオ💎(AO)
290
友ゴリラ
1,059
ゆうき あきや
4,427
「よし! 今日は株式会社インフィニティ・ワンの防衛記念日だ! 祝杯を上げるぞ!」
俺が取り出したのは、いつもの「150円の限界みそラーメン」。
だが、今日は違う。
「見ろ結愛! スーパーの特売で買ってきた、300円の『厚切りチャーシュー(3枚入り)』だ!!」
『……相変わらず、スケールの小さいお祝いですね』
「うるせえ! 四十歳の胃腸には、これくらいが限界で最高のご馳走なんだよ!」
俺は、お湯を沸かしながら、鼻歌交じりにチャーシューをレンジで温めた。
脂の溶けたチャーシューを、限界みそラーメンの上に鎮座させる。
ただのインスタント麺が、一気に高級中華料理店のオーラを放ち始めた。
「いただきます!」
ズズーッ! と、麺をすする。
「うまい! 税金の心配をせずに食うラーメンが、こんなに美味いなんて……っ! チャーシューの肉汁が、勝利の味がするぜ!」
俺は、四畳半のボロアパートで、最高の幸福を噛み締めていた。
インボイスの恐怖も、社会保険料の絶望も、税務調査の死神も、全て退けた。
これからの俺の社長ライフは、まさにバラ色。
あの日書き上げた「1行目」から続く小説も、少しずつだが執筆を進めている。
もう、何も恐れるものはない。
俺が、最後の一滴までスープを飲み干し、「ぷはーっ」と至福の息を吐き出した、その時だった。
『……ルシフェル社長』
結愛のタイピング音が、カタカタ、と不吉なリズムを刻み始めた。
「ん? なんだ結愛。一緒にラーメン食うか? 経費で落としていいぞ」
『社長。税務調査という【過去】の清算が終わった今。経営者として、目を向けなければならないのは【未来】です』
結愛の声のトーンが、いつもの「氷点下」まで下がったのを感じた。
俺の背筋に、冷たい汗がツーッと流れる。
「み、未来……?」
『はい。あのコラボ配信による同接二十五万人という特大バズ。そして、社長が書き上げた「小説の1行目」がX(旧Twitter)でトレンド入りしたことによる、凄まじい宣伝効果。……インフィニティ・ワンの直近の売上高を、再計算いたしました』
『ピローン♪』
ジェミニ先生が、無慈悲なグラフをモニターに表示する。
グラフの赤い線(売上高)が、コラボ配信の日を境に、垂直に近い角度で天を突いている。
「……な、なんだこれ。バグか?」
『バグではありません。現実です』
結愛が、淡々と事実を突きつける。
『コラボ配信中だけで発生した約七百万のスーパーチャット。その後のアーカイブ再生による広告収益の爆増。新規のメンバーシップ登録者数五万人。さらに、企業からのタイアップ案件の依頼が数十件殺到しています』
「ご、ごまんにん……!?」
『これらを合算し、今期の当法人の最終的な売上高(見込み)を算出しました』
画面に、とんでもない桁の数字が表示された。
「……い、いちおく……ごせんまん……?」
俺の口から、間抜けな声が漏れた。
一億、五千万。
「お、おい結愛……。これって、つまり……」
『はい。株式会社インフィニティ・ワンは、名実ともに大企業(の末端)へと成長を遂げました。……しかし、社長。売上が増えれば、当然【あれ】も増えますよね?』
結愛の言葉に、俺の心臓が、ドクンッ! と嫌な音を立てた。
あの日。
部屋を出ていく黒岩調査官が、最後に残していった不吉な予言。
『……本日の配信で発生しているその凄まじい額の収益は、当然、今期の課税売上に計上されます。来年の納税額は、ご覚悟しておいてください……』
「ま、待て。待ってくれ結愛」
俺は、震える手で電卓アプリを起動しようとした。
だが、その前に、ジェミニ先生がモニターいっぱいに【絶望の計算式】を弾き出した。
『ルシフェル社長。今期の予測利益に基づく、来年度の【法人税】、【地方法人税】、【法人事業税】、【法人住民税】、ならびに【消費税】の合算予測額をご報告いたします』
「やめろ!! 言うな!! 聞きたくない!!」
俺は両手で耳を塞いだが、結愛の無慈悲な朗読が、イヤホンを貫通して俺の脳髄に直接響き渡った。
『来年の納税予定額は。』
『約、【三千万円】となります』
「…………」
俺の動きが、完全にフリーズした。
四畳半の空気が、凍りついたように静まり返る。
さんぜんまん。
「……さ、さん……ぜん……?」
『はい。約三千万円です。もちろん、これは各種控除や、現在計上できる経費を最大限に差し引いた上での、最も楽観的な数字です。もし経費が少なければ、さらに跳ね上がります』
三千万円。
地方都市である帯広なら、そこそこ立派な一軒家がキャッシュで建つ金額だ。
何十年もかけて稼ぐはずだった生涯賃金の一部。
それが。
たった一回の「税金」として、俺の口座から国へと吸い上げられていく。
「……嘘だろ」
俺は、先ほどまで「勝利の味」だと思っていたチャーシューの脂が、急激に胃の中で逆流してくるのを感じた。
「三千万って……。俺、そんな金、払えるのか……?」
『現在、口座には現金が潤沢にありますが。しかし、この三千万円という税金は、来年の決算後に【現金一括】で納付しなければなりません』
結愛の言葉が、死刑執行のハンマーのように振り下ろされる。
『もし、社長が今の「お金持ち気分」で無駄遣いをし、来年の納付期限までに口座のキャッシュが三千万円を下回っていた場合……』
「下回っていた場合……?」
『【黒字倒産】です』
「…………ッ!!」
『利益は出ているのに、税金を払う現金がなくて会社が潰れる。経営者にとって最も恥ずべき、そして最も恐ろしい結末です。……もちろん、税務署は社長の個人の財産まで徹底的に差し押さえに来るでしょう』
俺の脳裏に、再びあの黒岩調査官の、冷徹な銀縁メガネの輝きがフラッシュバックした。
『……来年の納税額は、ご覚悟しておいてください』
あの言葉は、単なる脅しではなかった。
資本主義というデスゲームの、新たなステージへの「招待状」だったのだ。
「お、終わってない……。税務調査が終わっても、税金地獄は何も終わってないじゃないかァァァァ!!」
俺は、三万円のゲーミングチェアから転げ落ち、畳の上で両手と両膝をついた。
「むしろ悪化してる! 数百万の追徴課税にビビってた俺に、三千万の正規ルートの税金が襲いかかってきた!!
インボイスの悪魔を倒したら、社会保険料の魔王が現れて、税務調査の死神を退けたら……ついに【国税局(ラスボス)】が本気出してきたあああ!!」
『ルシフェル社長。パニックになっている暇はありません』
結愛が、冷たく、そして有能すぎる経営コンサルタントの顔で告げた。
『三千万円の税金を払いたくなければ、合法的に利益を圧縮するしかありません。つまり、事業のために莫大な【経費】を使うのです』
「莫大な経費……」
『はい。帯広の四畳半で、みそラーメンをすすっている場合ではありません。会社をさらに大きくし、人を雇い、新しい事業に投資するのです。……社長の、新たな野望(ビジネス)を見つける時が来ました』
四十歳。
株式会社インフィニティ・ワン代表取締役、秋谷雪。
彼は、税務調査という死線を越え、ついに『一億円プレイヤー』の領域へと足を踏み入れた。
だが、そこは決して安息の地などではない。
「稼げば稼ぐほど、税金で首が絞まる」という、資本主義のさらなる深淵。
三千万円の税金から逃れるため、底辺のおっさんは、次なる地獄(ビジネス)へと強制的に突き進まされるのであった。
コメント
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みぅです🤍🥀 第116話読了。 税務調査に勝利したかと思いきや、まさかの三千万円……その落差に心臓がギュッてなった。ラーメンとチャーシューの“勝利の味”が、読み終わる頃には絶望の味に変わってて切なかったよ。結愛さんの冷静な「黒字倒産」の一言が、資本主義の深淵を感じさせる。 ……本当に、稼げば稼ぐほど税金で首が絞まるって、なんて現実なんだろうね。でも、こんな重い展開を笑い飛ばしながら進むルシフェル社長の生き様、ちゃんと応援してるよ🌙