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「フィー、俺は決しておまえの傍を離れない。刺客からも魔物からも守ってやる。だからそんな顔をするな」
「リアム…」
僕は顔を上げて、頭を撫でるリアムの腕を掴んで微笑もうとした。だけど上手く笑えなかった。
なのになぜか、リアムが甘い顔をして僕を抱きしめてくる。
あ…そうか。僕を慰めようとしてくれてるのかな。ふふ、リアムの体温と匂い…好きだな。
僕もリアムの背中に手を回して硬い胸に頬をすり寄せた。
「大丈夫だよ…。リアムがいてくれるから今は寂しくない…」
「それならいい。というか、あのな、俺はフィーの笑った顔がたまらなく可愛いと思う。…が、あまり他の者の前では笑わないでくれ」
「え…僕、笑い慣れてなくて…やっぱり変かな…」
「違うぞ!単に見せたくない…というか、フィーの笑顔は俺だけのものというか…」
僕は上目遣いに紫の瞳を見て小さく首を傾ける。
「よく…わからない。けど僕が笑うとしたら、リアムの前だけだよ?あ、ノアの前でも笑うかな?」
「なに?あの少年…やはり許せん…」
「リアム」
「なんだ?」
またもやぶつぶつと呟き始めたリアムのマントを掴んで小さく引っ張る。
ようやくリアムと目が合うと、僕は身体を離してもう一度確認をする。
「リアム、本当に僕が傍にいてもいいの?呪われてる僕が気持ち悪くない?」
リアムは僕の両手を握りしめると、正面から目を見つめてはっきりと言った。
「傍にいて欲しい。気持ち悪いなどと微塵も思わない。だからフィー、おまえも自分のことをそんな風に言うな」
「…うん、わかった」
頷いた僕を見て、リアムが笑いながら僕の頬を撫でた。そして僕の脇に手を入れて立ち上がると、僕と自身の服についた草を手で払う。
「ありがとう」
「ああ。ではデネス大国に向かうか」
「うん。またよろしくね、リアム」
「俺の方こそよろしく頼む」
「うんっ」
僕は笑って返事をする。今度はちゃんと笑えたようだ。
だってリアムが、美しい紫の瞳を細めて優しく見てくるから。
ロロに乗るのを手伝ってくれたリアムの、離れていく手を掴んで僕も見つめ返す。美しい紫の瞳から目が離せない。
「どうした?一緒に乗るか?」
「ううん、そうじゃなくて…。ずっと思ってたんだけど、僕、リアムの目が好きだよ。とても綺麗だと初めて会った時から思ってたんだ」
「目だけかよ…」
「え?」
「んっ…いやっ、俺もおまえの緑の目が美しいと思っているぞ。その髪も顔も肌も、全てが美しい。全てが好きだ」
「…あ、うん…ありがとう。そんなに褒められたことないから…恥ずかしいよ」
「あのな、こんなことを言うのは失礼かもしれんが、イヴァル帝国の王城にいる者は、みな目が悪いのか?よく天使のようなフィーを放り出せたものだな。まあそのおかげで俺はフィーと出会えたから感謝しているが」
リアムが僕の手の甲を撫でて離れ、自分の馬に乗る。
僕はリアムを見つめながら、ちゃんと思っていることは口に出さなきゃと息を吸う。
「リアム」
「ん?どうした?」
手綱を掴んだリアムがこちらを見る。
僕も手綱を握りしめて、一息に言葉を吐き出した。
「僕、イヴァルで過ごした日々は辛かったけど、呪われた子として追い出されてよかったって思ってる。だってリアムと出会えたからっ!…あのっ、ちゃんと僕の気持ちを伝えたくて…そのっ」
「フィー、ありがとう!」
リアムがすぐ傍にきて眩しく笑う。
ああ…本当になんて眩しいのだろう。この笑顔を見ていると、僕の心の中が温かくなる。
「やはり俺たちの出会いは運命だな!」
笑顔でそう言うと、リアムはデネス大国に向けて進み出した。
第二章
「くしゅんっ…」
「フィー、寒いのか?早く宿に入ろう」
「うん…」
ロロとリアムの馬を宿の使用人に預けると、リアムが僕の腰を抱いて宿の玄関をくぐった。すぐに宿の主人が出てきて一番豪華な部屋に案内される。
僕は部屋に入るなり窓辺に走って外を眺めた。後ろでリアムと主人が何か話していたが、外の景色に夢中な僕の耳には届かない。
そのうち主人は出ていったのか、リアムが傍にきた。
「フィー、もう寒くはないか?」
「大丈夫だよ。それよりも見て!綺麗だなぁ」
「ああ、雪が降ってきたのか。フィーは初めて見るのか?」
「うん、なんか不思議…。ね、後で外に出てもいい?」
「風邪引くぞ」
「だって…触ってみたい!」
「ふっ、わかった。夕餉を食べたらな」
「うんっ、楽しみ…」
窓のガラスに手をついて雪を眺め続ける僕の背中から、リアムが僕を抱きしめてくる。
僕は肩を揺らして、リアムを振り仰いだ。
「な、なに…?リアムも寒いの?」
「いや?ただこうしたかっただけ」
「あ…僕、リアムの城で寝込んでたから、髪の毛…洗ってない…よ」
僕が匂いを気にして俯いたというのに、リアムが僕の髪に鼻先を埋めて匂いを嗅ぎ出した。
「ちょっと!洗ってないって言ってるのにっ」
「大丈夫、良い匂いがする。フィーは全身から甘い匂いがするな。何かつけてる?」
「もうっ、離してっ!何もつけてないしたぶん汗の匂いだからっ!先にお風呂に入ってくる!」
「じゃあ俺も一緒に」
「だめ!リアムは僕が出たら入って。…あ、それとも先に入る?」
「…いや、フィーの後でいい」
「そう?じゃあ先に入らせてもらうね」
この宿は高級な宿だから、着替えも身体を拭く物も風呂場に用意されている。
僕はマントを脱いで棚にかけると、僕を見つめてくるリアムの視線から逃れるように隣にある風呂場へと入った。
リアムの城を出て再び旅を始めた二日後の夕方に、デネス大国の国境を越えた。そして今、国境からほど近い街の、一番高級な宿で休んでいる。
国境に入る直前に、リアムから「これはフィーのだ」と通行証を渡された。手のひらに乗る金色に輝く通行証の表にはバイロン国の紋章が、裏には『フィル・ルクス・バイロン』と名前が書かれてあった。
僕が驚いてリアムを見上げると、リアムは甘く笑って僕の頬を撫でた。
「これって…!」
「ほら、こちらは俺の通行証だ。『リアム・ルクス・バイロン』と書いてある。そしてそれがフィーの通行証。いい名前だと思わないか?俺の身内としての証明書にもなる。勝手に作って怒ってるか?」
「ううん。嬉しい…ありがとう…」
なんだろう。よくわからないけど、叫び出したいような変な気持ち。きっと僕という存在がはっきりとした気がして、感動したんだ。
僕は通行証を胸に当てて、しばらくは初めての気持ちに震えていた。