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シェルドハーフェンと黄昏の町は専用の街道が通されており、徒歩で三十分程度の距離である。主に町を行き来する商人や『暁』関係者が利用する街道であるが、柵はもちろん堀まで備えており更に魔物が嫌う香草を多数敷き詰めて警備隊の詰め所まで配置されていた。
それでも商隊が魔物の襲撃を受けたことは『黄昏』全体に衝撃を与えた。直ぐ様暁は警備の更なる強化を図るため人員を増加。護衛の強化を行い事態の対処に努めていた。
平行して調査隊から次々と報告が上がり、それらを情報部が精査したものが報告書としてシャーリィに届けられている。
「ダンジョンは未だに発見できていませんが、群れは南側からやってくることが多いです。南にダンジョンが存在する可能性が高いので、重点的に調査しています」
執務室にてリナからの報告を受けながら報告書に目を通すシャーリィ。
「他の方面も疎かにしないように。街道の警備は強化しましたが、不安材料はたくさんあります」
「はい、代表。私が一隊を率いて南側を調査します」
「お願いします。マクベスさん」
シャーリィは同席していたマクベスに視線を向ける。
「はっ」
「南側の陣地構築を推し進めてください。町の整備に多少遅延が生じても構いません」
「では、予備兵力も南側に配置します。戦車、砲兵隊も南側へ配置する許可を」
「許可します」
暁は警戒を強めつつ調査を続行する。平行して万が一の備えを行う。
「セレスティン、緊急用のシェルターについてはどうですか?」
黄昏の町には万が一に備えて、鋼鉄の扉を持つ地下シェルターが建設されていた。住民の避難を最優先としているが、『暁』用のシェルターも建設中であった。
もっとも黄昏の人口は日に日に増加しており、人数分のシェルター建設は遅れ気味であった。
「住民全てを収容するには数が足りませぬ。万が一の時は北へ、シェルドハーフェンへ逃すよう手配してございます」
「それが最善でしょうね。事態がどう変化するか分かりません。可能な限りの備えをお願いします」
「御意のままに」
「それと、以前報告のあった自警団についてなのですが」
「はっ、既に百名を越えましてございます」
黄昏の住人達は自分の身を守るために自警団を結成。暁警備隊とは別組織として独自に行動していた。
暁は自警団の存在を認可しつつ、反乱などに備えて武器の供給を最小限にしていたが。
「町を守りたいと言う思いは同じです。ドルマンさんに許可を出してください。予備として備蓄している刀剣類と弓、バリスタの供給を認めます。銃器類については、経験者にのみマスケット銃を」
「旧式装備の供給ですな?」
「鍬や斧よりずっと役に立ちますよ。それに、いきなり銃を渡しても扱い方が分からないでしょうから。訓練している時間もありませんからね」
暁は自警団を強化して戦力の底上げを図る。
一方この異変は聖女の周りに居る魔族達も察知していた。
一番街にある小さな森。マリアは散策として森を歩いていた。
「ゼピス、『ラドン平原』と言う場所で魔物が増えているとの話を聞いたわ」
マリアは立ち止まり、近くの繁みに語りかける。すると繁みから西洋甲冑が膝を付いて姿を現す。
「承知しております、お嬢様」
「双方に犠牲が出ることは悲しいことです。止めることは出来ないの?」
「残念ながら、『ラドン平原』の魔物は追い立てられているため制御する事叶いませぬ」
「追い立てられている?何か知ってるのね」
「御意。既に偵察を実行しております。ここシェルドハーフェンより更に南へ行きますと、『ロウェルの森』と呼ばれる密林が存在します。そこに、忌まわしき者が封じられた神殿がございます」
その言葉を聞き、マリアは少し考えるような素振りを見せる。それは、『彼』の記憶を辿っているのだ。
「待って……思い出したわ。もしかして、『獣王』?」
「ご賢察の通りかと。何者かがあやつの封印を解いた形跡がございます。それに合わせて獣人共も『ロウェルの森』へ集まりつつあると」
「獣人達が?昔の過ちをもう一度繰り返すつもり?益々亜人への風当たりが強くなるだけなのに」
悲しげに呟くマリア。
「仰る通り、愚かなる企てにございます」
「止められないの?私が直接説得するから」
「お止めください、お嬢様。あの者は魔王様の慈悲を無視して千年前の悲劇を招いた張本人。魔王様の記憶を持つお嬢様を前にして、どの様な行動を取るか分かりません。故にお嬢様をあやつの前に行かせるわけには参りませぬ」
「それじゃあ、これから起きる悲劇を黙って見ていろと言うの!?」
弱者救済を掲げるマリアにとって、その決断はあまりにも残酷だった。幼い頃から魔物や魔族と触れ合ってきたため、スタンピードの危険度も正しく認識していたのである。
「残念ながら、お嬢様が現地へ向かえば無用な混乱を招く恐れがございます。万が一の時は町の放棄もご検討ください」
「皆を見捨てて逃げろと!?」
「はっ。止める術が無いわけではございません」
「それは?」
「お嬢には、魔物を討ち果たすお覚悟がございますか?」
「魔物を……」
「獣王の復活により恐慌状態に陥っている魔物は、既に制御することは叶いませぬ。お嬢様の言葉に耳を貸すこともありますまい。となれば、被害拡大を防ぐには討ち果たす他ありませぬ」
「私が、魔物を……?」
「お嬢様がご出陣なさるならば、事態の収拾は容易くなりましょう。無論我々もお嬢の剣となりて腕を振るいます」
「人を救うためには、討つしかないの……?」
「はっ。元凶である獣王を討ち果たすまでスタンピードは終わらぬでしょう。恐慌状態の魔物並びに獣王一派を滅する。他に方法はございませぬ。お嬢様、ご決断を」
自分達だけで討伐を行うとは口にしないゼピス。何故ならば。そのような行動をマリアが好まないことを承知しているためである。
「……誰かを救うことは、誰かを見捨てることとなる、ですか」
「魔王様のお言葉ですな。それでも魔王様は全てを救おうとなされた」
「私は『彼』のように偉大ではないわ。けれど、このまま放置しても犠牲が出るのならば……私は救える命を見捨てたくない。ゼピス、仲間を集めて。これから『ラドン平原』へ向かうわ」
「そのお言葉を待っておりました」
『聖女』マリアはスタンピードに対処するため、『ラドン平原』への進出を決める。
この決断がどんな影響を与えるのか。まだ彼女は知らない。