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「え? あれれ? なんで? ここってアタシの、部屋?」
コユキが呟いた通り、目の前に広がっていた風景は、慣れ親しんだ、それこそ今朝も変わらず目にした自分の部屋、茶糖家の脇屋二階のコユキルームに他ならなかった。
ハテナ顔のまま、何となく後ろ、今入って来た扉を振り返ったコユキは小さく唸るのであった。
「う、うそ……」
そこにはあの重厚な扉は存在せず、代わりにコユキの目に映った景色は、茶糖家の居間、そして、いつも通り思い思いの時間を過ごす家族達の姿であった。
相変わらずテレビに向かい、ソニ○クヘッジホッグをプレイしている父、ヒロフミの横では小さな甥と姪が、笑いながらクレヨン片手にお絵描きをしている姿が見える。
描いているのは可愛らしい豚ちゃんだろう、何故かつたない平仮名で、『こゆきおばさん』と書いてあるが、まあ、子供のやる事だ、こんな物だろう。
少し離れたキッチンでは、母ミチエと祖母トシ子が仲良く並んで、煮物や天ぷらを調理中で、会話の内容も普段通り、芸能人の恋愛スキャンダルだった。
リエとリョウコはテーブルの上に広げられた通販カタログを覗き込みながら、子供用の雑貨の可愛らしさに、キャアキャアはしゃいだ声を上げている。
「コユキ、ありがとうね、アンタのお蔭で皆元通りだよ…… 辛かったでしょうに、ごめんね、聖女の重責をアンタに背負わせちゃって……」
「おばさん……」
いつのまにかすぐ傍(そば)まで来ていた、叔母、ツミコは申し訳なさそうにコユキに詫びると、姪の大きすぎる肉槐を抱き締め、コユキも抱擁しつつ答えたのである。
暫し(しばし)の間、ジ~ンと効果音が聞こえてくる感じで過ごしていると、不意に聞き慣れない男の声が聞こえてきた。
「ようこそ! 聖女様、いえ、『真なる聖女』、コユキ様…… 私は怠惰(たいだ)の罪、『怠惰のアセディア』、貴女様の僕(しもべ)でございます」
そう言いながら、コユキの目の前、家族の皆が楽しそうに過ごす日常を、邪魔しない様に、嫌らしいほど計算され尽くした場所に現れた若々しい男は仰々(ぎょうぎょう)しく頭を下げながら、コユキに宣言するのであった。
「どの様な願いでも、この私、アセディア、『怠惰』にお申し付け下さいませ! 貴女の望みを叶える事こそ私の喜び、そう、御理解下さいませ、コユキ様? ふふふ」
怠惰のアセディアと名乗る男に場を譲るように、体をコユキから離した叔母、ツミコは極自然にリエとリョウコの方へと去って行った。
コユキは改めて男、『怠惰』の姿を観察した。
執事服、というよりは少し緩めの印象を受ける薄色の燕尾服(えんびふく)、イメージ的にはモーニングでは無くテールコートと言った方がしっくり来る衣装に身を包み、ジレと蝶ネクタイは赤で揃えている。
テンプルの無い鼻掛けメガネには、光沢のある金属チェーンがネックレス状に首の後ろに回しかけられていて、染めているのだろうか髪と眉は青く輝いている。
丁寧に整えられた口髭は見たこと無い程に極めて細く、一見して不誠実そうな性格の印象を与えてしまう事だろう。
先程の発言から察するに、執事的なキャラなのだとは判断できる、若(も)しくはホテル等のコンシェルジュだろうか?
しかし、所々に散見される微妙な『遊び』又は『お洒落』によって、厳格で誠実な執事には見えないし、信頼を旨(むね)とするサービス業のスペシャリストとも考えられない位、胡散臭い(うさんくさい)のだ。
総評! こいつ、TPO分かってないんじゃね?
これがコユキが男に下した最終評価であった。
おまわりさん然り(しかり)、お医者さん然り、やはり職業によってはきっちりとした分かり易さも重要よね、と働いた事も無いコユキは堂々と思ったのである。
実の所、コユキの目の前に佇(たたず)んでいるアセディアも、生前働いた事など無かったので、この場では職歴無しの二人が向き合っているという事になる。
逝去(せいきょ)した時、三十直前であったアセディアが、十代にも見えるほど若々しい姿をしているのにも、その辺りが関係しているのかもしれない。