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けーんちゃさぶ
309
それから数日後の物理の講義のとき。……珍しく講義する先生がシャオロンではなかった。
チャイムはまだ遠い。授業は中盤に差しかかったところで、教師がチョークを置いて生徒に質問を投げかけた。指名されたのはゾムではなかったが、「じゃあ次、鳥井」と流れで名前が飛んできた。顔を上げるまでに一拍かかった。
「……え、あー。」
立ち上がりもせず、座ったまま首を掻く。
「摩擦係数、でしたっけ。」
教室内に微かな笑いとため息が入り混じった。代講教師は眼鏡の奥の目を細めて、まあいい、と呟きながら自分で解説を続けた。ゾムにとってはそれで十分だったのか、再びノートに目を落とす。ペン先でノートを叩きながら、小声で。
「シャオロンやったらもっとおもろいこと言うのにな。」
誰にも聞こえないはずの独り言だったが、隣の席の女子生徒が怪訝そうにこちらを見た。ゾムはそれに気づかないまま、またルーズリーフの端に何かを書き始めている。よく見ると、それはシャオロンの名前の文字を分解して遊んだような落書きだった。
チャイムがようやく鳴って、物理の時間は終わりを迎えた。椅子を引く音、伸びをする声、雑談が一斉に湧き上がる中で、ゾムだけはすぐに席を立たなかった。ノートを閉じもせず、しばらくそこに座っていた。周りの人間が教室を出ていく流れに逆らうように、ただぼうっと前を見ている。
やがて、のそりと立ち上がった。鞄を肩に引っ掛けて、誰に声をかけるでもなく廊下に出る。
放課後の校舎は部活動の気配で賑わい始めていた。テニスコートのある方角からはボールを打つ乾いた音と、顧問の笛の音色が風に乗って届いてくる。
その音のする方へ、足が自然と向かっていた。
だが、テニスコートにはいなかった。
職員室のドアをそっと開けて中を覗き、目当ての深緑色が見つからないと静かに閉めた。
理科準備室では、ビーカーを磨いている見知らぬ化学教師と目が合って気まずくなり、すぐに引き返した。
「……どこ行ったん。」
校舎の中庭、渡り廊下、中庭のベンチ、購買の前。ゾムは学校中を歩き回ったが、あのボブヘアのシルエットはどこにもなかった。夕方の光が校舎の壁を橙色に染め始めていて、部活動を終えた生徒がぽつぽつと校門へ向かっていく。グラウンドではすでに別の教員が生徒の指導をしており、当然シャオロンではなかった。
下駄箱の前に立ち止まって、スマホを取り出す。連絡先をスクロールして「シャオロン」の文字を見つめ、親指が画面の上で止まる。……結局、何も打たずにポケットに戻した。
ゾムは校門の柱に背中を預けて、帰っていく生徒の波をぼんやりと眺めていた。フードを目深に被ったその姿は、傍目にはただの帰宅を渋る生徒にしか見えなかっただろう。けれど翡翠の双眸だけは、一人一人の顔を舐めるように追っている。
しばらくして、校門とは反対方向から足音。職員用の駐車場へ続く通路のほうから、聞き覚えのある声と、それに応じる別の誰かの笑い声が近づいてきた。ぴくり、と猫のように耳が動いた。いや、動いたのはゾム自身の耳だった。
角を曲がって現れたのは、茶のボブヘアに豚のヘアピン、見間違えようのないシャオロン。そしてその隣には、隣町の学校のジャージを着た女子が一人、何やら楽しげにシャオロンへ話しかけながら歩いている。手にはタッパーのようなものを持っており、どうやら差し入れを渡しているらしい。女子の顔は赤く、声も弾んでいて、それが単なる友人への好意でないことは誰の目にも明らかだった。柱から背を離した。表情はフードに隠れて見えない。ただ、ポケットの中の拳だけがきつく握られていた。二人が近くまで来て、女子がルミに向かって何かを言い、ぺこりと頭を下げてから小走りに去っていく。その背中が角に消えるまで、ゾムは微動だにしなかった。
「……おった。」
声が低い。
「なぁシャオロン、今の誰?」
「…ん?あー、この前練習試合したとこのマネージャーの子や。わざわざこんなのくれてさ。」
ゆっくりと歩み寄る足取りは穏やかなのに、纏う空気がどこか冷たい。シャオロンが持っているタッパーに視線が落ちて、それからすっと細まった。
「ふぅん。マネージャー。」
「ふぅん」という相槌の温度が、明らかに先ほどまでの「シャオロンどこー?」と探し回っていた少年のものとは違っていた。シャオロンの正面に立つと、見上げるでもなく同じ目線の高さでじっと顔を覗き込む。前髪とフードの境目から、あの美しい緑が真っ直ぐに黄色の目を射抜いた。
「わざわざ、なぁ。」
口の中で転がすように繰り返してから、ふっと息を吐いた。笑っているようにも見えるが、目元の筋肉が追いついていない。
「あの子、顔真っ赤やったけど。ただのお礼にしちゃ随分と気合い入っとったな。」
夕陽がゾムの横顔を半分だけ照らしていて、影になった側の表情は読み取れなかった。声色は軽いのだ、言葉の選び方もからかうような調子なのに、その奥に薄い刃のようなものが潜んでいる。ゾムは一歩、さらにシャオロンとの間を縮めた。
「あ、せや。ゾムこれいる?俺トマト苦手でさぁ。」
先程女子から差し出されたタッパーをゾムに向ける。差し出されたタッパーを受け取る手つきは素直だった。けれど蓋を開ける前に、もう一度シャオロンを見上げた。
「トマト苦手なん、知らんかった。」
声に棘が溶けていくのがわかった。さっきまで張り詰めていた糸がぷつんと切れたように、ゾムの中の冷たさがあっけなく霧散していく。タッパーの中身を見下ろすと、トマトの入った料理がぎっしり詰まっていた。丁寧にラップまでしてある。それをじいっと眺めてから、ぱたんと閉じた。
「これ、もらってええの。」
確認するように聞く声が、少し上擦っている。
「うん、やるわ。」
「ほんなら俺が食う。シャオロンが食えんもん、あの女の子が知ってて作ってきてんのもなんか腹立つけど……まあええわ。」
「まあええ」と言いつつ、最後の一言だけ声が低く沈んだ。ゾムはタッパーの重みを確かめるように両手で抱えて、それからシャオロンと腕が触れそうな距離まで詰めた。もう離れる気など微塵もないという顔で。
「なぁ、一緒に帰ろ。」
「せやなー、帰ろかー。…」
二人は並んで校門をくぐった。夕暮れの通学路は部活帰りの学生たちでまだそこそこ賑わっていたが、ゾムがシャオロン側の肩をぴったりとくっつけて歩くものだから、すれ違う生徒たちが微妙に道を空ける。別にぶつかりそうだから避けたわけではない。あのフードの男が放つ、近寄るなという無言の圧がそうさせていた。
しばらく黙って歩いていたが、不意にシャオロンの袖を指先で摘んだ。
「なぁ。」
「……あの子に、また会うん?」
何気ない風を装ってはいたが、指の力加減が尋常ではなかった。布地を引く力はほんの僅かなのに、離す気のなさだけは痛いほど伝わってくる。
「?、試合とかで当たったらまた会うんやない?」
指が袖から手首へ滑り落ちた。掴むというより、巻き付くように。
「試合かぁ。」
その二文字を噛み砕くのに随分と時間をかけているようだった。信号待ちの交差点で立ち止まったとき、横断歩道の白線を見つめたままゾムは口を閉ざした。
ふ、と鼻で笑う。
「ほな俺も行こかな、試合。見学とかで。」
冗談めかした口調だったが、目だけは笑っていない。信号が青に変わり、人の流れが動き出しても、ゾムはシャオロンの手首を握ったまま歩こうとしなかった。数秒遅れて、はっとしたように足を踏み出し、けれど手は離さなかった。
「どしたん?…幼児退行かぁ?……」
皆さん、お久しぶりです。
ルウです。色々と突然長期間の低浮上すみません。
去年の夏から既に低浮上だったのはまず受験ということがあり、本来であれば今年度からは投稿する予定でした。ですが、4月頃にTwitterで多少トラブルが起きたため、僕の精神的面もあり投稿を控えており、ストーリーが全く進まないということが起きました。ほんとに申し訳ございません。
これからは月1で絶対投稿しようと思います。
申し訳ないので、
①nmnm垢(18Rなど)
鍵垢宣伝
@mrnm2026
②旧我々だ!
公開垢宣伝
@maaachi_2026
③マジヤバを中心に多限界垢
公開垢宣伝
@ramuneee1010
①、③ではイラスト投稿をさせてもらっています。
②では18Rや、パロディ等のイラスト、と小説を投稿しております。
②のアカウントでは
できてください!
です。
2026年5月23日(土曜)〜2026年6月6日(土曜)
↑の期間にDMに「テラーのルウから来た」を送信していただけば
おひとり様1応募、 までにしていただきますようお願いします。
応募人数:20人
(アナログ15人、デジタル5人)
応募方法:
テラーアカウントで「ルウ」のアカウントをフォロー。
①②③のどれかのTwitter垢をフォロー後DMに「テラーのルウから来た」と送信。
テラーアカウントをフォローした証明になる「スクリーンショット」をする。
次に「アナログがいい」か、
「デジタルがいいか」を送信。
応募完了!
当選者の選び方:ルーレット
当選者発表日:2026年6月13日(土曜日)
発表日場所:テラー
参考イラスト↓
アナログ
@maaachi_2026
@mrnm2026
@ramuneee1010
デジタル
@maaachi_2026
@mrnm2026
※参考のため1部切り取り
@ramuneee1010
ストーリーNEXT♡1000
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