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8話目もよろしくお願いします!
スタートヽ(*^ω^*)ノ
朝、レトルトが目を覚ます。
いつもと同じ時間。
アラームが鳴る前に目が覚めて、
そのまま静かに体を起こす。
顔を洗って、身支度を整えて、朝ごはんを食べる。
決まった動き。
無駄のない流れ。
そして、家を出る。
いつも通りの朝。
――でも、今までとは少し違う。
レトルトの後ろを死神が嬉しそうについて来る。
『こんな朝早くから仕事ってすげぇなぁ』
『レトさん、眠くねぇの?俺すっげぇ眠い』
大きなあくびをしながら遠慮なく話しかけてくる。
レトルトは特に返事もせず いつもと同じ足取りで歩いた。
職場に着くと上司が先に来ていた。
「おはよう!レトルトくん!ゆっくり休めたか?」
笑顔で聞かれる。
「はい」
レトルトはいつも通りに答えた。
短く、無駄なく。
けれど――
上司は少しだけ目を細て、
「ん?」
不思議そうにレトルトを見る。
「レトルトくん、いつもより随分顔色がいいね!」
少し驚いたように笑う。
「やっぱり有給を取らせてよかったなぁ。
レトルトくん、死体より死体みたいな顔してたからな!」
上司は1人で大笑いしながらレトルトの肩をぽんっと叩いた。
(…….顔色がいい?)
自分では気づかなかった変化。
横を見ると死神がにやにやと笑っている。
『俺のおかげだな!』
得意げに呟く。
レトルトは何も言わず、 静かに視線を前に戻した。
「今日も頑張ろうな!」
そう言って立ち去る上司の背中を見送り、レトルトも白衣に着替えて仕事を始めた。
レトルトは、静かに死体と向き合っていた。
冷たい空気の中、いつも通り手袋をはめ、
淡々と準備を整える。
目の前にあるのは、ただの“死体”
そこに感情を挟むことはない。
メスを手に取り、ゆっくりと刃を入れる。
正確に。 無駄なく。
その手つきはこれまでと何も変わらない。
死の理由を探るために。
それが自分の仕事だから。
けれど、 ふとした瞬間に思考が逸れる。
(……あと数日で)
ほんのわずかに、手が止まる。
(自分も、あっち側になるのか)
生きていたはずの身体が 今はただ静かに横たわっているだけ。
その境界線を毎日のように見てきた。
だからこそ 自分がここに並ぶことも安易に想像できた。
目の前の死体と同じように、誰かに“調べられる側”になることも。
自分は、ずっと探る側の人間だと思っていた。
目の前にある死を見て、理由を見つけて、言葉にしていく側。
そうやって、線を引くように
“こちら側”に立ち続けてきた。
なのに――
探られる側になる日が、
こんなにもあっさり近づいてくるなんて、思ってもいなかった。
メスを動かしながら レトルトはぼんやりと考える。
死ぬこと自体は、別に怖くない。
毎日のように見てきたものだ。
特別なものでも、遠いものでもない。
やり残したことも、思い当たらない。
何かに執着しているわけでもない。
それなのに――
どこか、現実味がない。
自分が死ぬ、ということだけが、
どうしても実感として落ちてこない。
まるで、他人の話みたいに。
指先は正確に動き続けているのに、
意識だけが少し浮いているような感覚。
一度だけ浅く息を吐いた。
考えても仕方がないと わかっているのにレトルトの 思考は止まらなかった。
死神が嘘を言っているとはどうしても思えない。
しかし、根拠なんてない。
けれど、あの軽い口調の奥に 嘘をついているような揺らぎはなかった。
(……本当に自分は死ぬのか?)
無駄のない動きで、いつも通りに進めながら、
頭の中だけが静かに巡っていく。
死。
自分の終わり。
残された時間。
レトルトは小さく息を吐く。
余計なことを考えるなと 自分に言い聞かせるように。
そして、再び手を動かす。
視線を落とし目の前の死体に集中する。
そのすぐそばで 死神が静かに立っていた。
さっきまでの騒がしさはなく、 ただ黙ってその様子を見ている。
何も言わずに。
ただ、見ていた。
レトルトの思考は同じ所をぐるぐると回り続けていた。
そのときだった。
ふと静かな部屋に音が混ざる。
小さな鼻歌。
レトルトはほんの一瞬だけ視線を動かした。
死神が少し離れたところで壁にもたれながら、
何気ない様子で歌っている。
あの歌だった。
昨日、部屋で聞いた歌。
掴みどころのない旋律で、死神は 特に意識している様子もなく ただ鼻歌の延長みたいに口ずさんでいる。
レトルトは何も言わず すぐに死体に視線を戻した。
手元に集中する。
それでも―― その歌は、耳に残る。
レトルトはその不思議と耳に残る旋律を聞きながら手を動かしていた。
気づけばさっきまで頭の中を巡っていた思考が 少しずつ静まっていた。
死のことも、自分のことも、
さっきまであれほどぐるぐると回っていたのに 今は、ただ遠くにあるみたいに感じる。
胸の奥が、すっと軽くなった。
レトルトは何も言わないまま、 手元に意識を落とした。
隣では死神が静かに歌っている。
いつもなら無駄に話しかけてくるのに。
今は何も言わない。
ただ、そこにいて 歌っているだけ。
その静けさが妙に心地よかった。
レトルトの手は、自然といつものリズムを取り戻していく。
迷いのない動き。
慣れた感覚。
気づけば――
いつものペースに戻っていた。
さっきまでのざわつきが嘘みたいにレトルトは ただ、目の前の仕事を”いつも通り”にこなしていた。
なんの変わり映えもしない日々がゆっくり過ぎていく。
朝起きて夜寝るまでの一連の流れは狂う事なく毎日同じリズムで過ぎていく。
何も特別な事などない日々。
しかし、一つだけ”いつも通り”の中に増えたことがあった。
寝る前のほんの一時間。
レトルトはテレビの前に座りコントローラーを手に取る。
その隣には当たり前みたいに死神がいる。
『そこ右!右いけって!』
『うわー!なんで今ジャンプしなかったんだよ!レトさんの下手くそ!!』
死神は大声で騒ぎながら画面を食いつくように見ている。
レトルトはため息をつきながらも、操作を続ける。
「キヨくん、うるさい!!』
ぼそっと言うが、死神は全く気にしない。
『いけ!レトさん!!いけるいける!今のいけるって!』
さらに声が大きくなる。
正確に言えば レトルトがゲームをしているのを、 死神が隣で大騒ぎしながら見ているだけの時間。
それでも、 レトルトにとっては新しくできた
“いつも通り”の時間。
騒がしい声とゲームの音、 その二つが混ざるこの時間が いつの間にかレトルトにとって、当たり前になり始めていた。
気づけば、レトルトの中で死神の 存在は少しずつ大きくなっていた。
常に隣にいるうるさくて、落ち着きのない死神の存在は 正直、鬱陶しいはずなのに
ふとした瞬間に視線で追ってしまう。
そこにいるか、いないかを、
無意識に確かめてしまう。
触れることはできない。
手を伸ばしても、きっと何も掴めない。
それでも――
確かに“いる”と分かる。
声がなくても、姿が見えなくても、
気配だけでそこにいると分かる。
それが、当たり前みたいになっていく。
レトルトはそのことを深く考えようとはしなかった。
ただ、気づかないふりをして。
今日もまた、同じように時間を過ごしていく。
続く
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