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「ショコラ嬢?具合でも悪くしておるのか??」


国王・ガレットデロワは、首を傾げながら更に尋ねて来る。そこでショコラはハッと我に返った。


「‼申し訳ございません、陛下。わたくしはこの通り、元気ですっ!」


そう言って、慌てて両腕を振って見せる。

――国王からの「なぜ一人でここシャルトルーズへ来たのか」という問いに、どう答えたものか……。それを考え込むあまり、不自然な沈黙を作ってしまっていた。関係のある事とはいえ、さすがに国王を前にして考え事をするのは不味い。

振っていた腕をピタリと止めると、ショコラはガレットデロワの目をじっと見詰めた。そして真面目な顔で尋ねる。


「………………陛下、大変失礼な事を伺ってもよろしいでしょうか?」

「“失礼な事”?何だ、申してみよ。」


これ以上、一人で考えていても仕方がない。ならば本人に直接聞いてしまえ、とショコラは思ったのだ。


「陛下は、お口が堅いですか?」


その瞬間、その場にいた全員が固まった。

ガレットデロワはキョトンとしている。ヴァシュランは――青ざめていた。だがショコラは真剣そのものだ。


「なッ……公爵令嬢‼陛下に対しなんとしつっ…」


思わず口を出したヴァシュランの言葉を、ガレットデロワが手振りで遮る。そして、吹き出しそうになるのを堪えながら答えた。


「……っ……ショコラ嬢……、口が軽くては、国王は務まらぬと私は考えている…」

「そうですか……。」


ショコラはホッとした。しかし、問題はまだある。周りにいる近衛師団の事はどうしようか……。

それをチラチラと見て、気にする素振りをしながらおずおずと口を開いた。


「――実は、陛下だけにお話したい事があるのです。」

「ほぉ、内緒話とな。よかろう。ヴァシュラン、皆を下がらせよ。」

「!?」


二つ返事をしたガレットデロワを、ヴァシュランは青い顔のままでバッと見る。そしてむきになって言った。


「陛下!我が近衛師団に口の軽い人間などおりません!!」


彼には、『近衛師団は一流の集団だ』という自負があるのだ。今の話、聞いた事を漏らすのではと疑われたようで甚だ気分が悪い。

するとガレットデロワは、やれやれという顔をした。それから揶揄うような表情をする。


「そなたは本当に野暮よのう。“内緒話”だぞ⁇こっそり聞き耳でも立てるつもりか?不埒者めが。」

「……またそのようなお戯れを……。それに、お側を離れて陛下に何かあっては…」

「公爵令嬢が私に害をなすとでも?遠くへ行けとまでは言っておらん。話の聞こえぬ所まで下がればそれでよい。」


心配性な彼をじろりと見て、国王はシッシと追い払うように手を振った。するとその横にいた王妃が、スッと立ち上がる。


「では、わたくしたちも少し後ろに下がりましょうねえ、シャルロット。」


にこにことしながら、彼女はじたばたとするシャルロットをひょいと抱えると、後方へ行って芝生の上に腰を下ろす。それを見たヴァシュランは、渋々皆を下がらせるしかなくなってしまった。


さて。

彼らの姿は見えているが、一先ず自分たちの周りに人はいなくなった。このくらい離れていれば、多少の話し声が聞こえたとしてもその内容までは分からないだろう。


「これで良いか?――それで。“内緒話”とは、どんな事かな。」


にこにことしながらガレットデロワは尋ねる。まずはそれに丁寧に礼を言ってから、ショコラは本題へと入った。


「――…実はわたくし、この度様々な地域へ旅に出る事にいたしました。今回このシャルトルーズへ来たのは、いわばその前哨戦……。旅というものに慣れるためでございます。そしてその際、一般の平民を装う事になりましたので、あまり人に知られるわけには行かないのです。」


その告白に、またもやガレットデロワはポカンとした。が、次の瞬間堪え切れなくなり、ついに吹き出してしまった。


「…ぷふっ…、ハハハハハ!!……いやいや、そうか……。それは確かに、人払いせねばな…。分かった、この件は内密にしておこう。…くくくっ……」


……なぜ、そんなに笑うのだろう……?面白話をした覚えは無いのだが……。

椅子から転げ落ちそうになっている国王を前に、今度はショコラの方がポカンとしてしまう。


「…いや失敬。実はな、私も若い頃に――ちょうどそなたと同じ年頃か。よくお忍び旅をしていたのだよ。あそこのヴァシュランを連れてな。その時のあやつの顔といったら……」


彼は一人、思い出し笑いをしているようだ。……それは当然の事ながら、ショコラには全く関係の無い、知らない話である。彼女は愛想笑いというものを覚えた。


「しかし、…ククッ…よもやをやろうという令嬢がいようとは……アッハハハハハ!」


二人の会話が聞こえない場所まで離れている人々には、何が起こっているのかまるで分からない。が、国王がテーブルを叩きながら腹を抱えて爆笑している……。公爵令嬢は一体何を言ったのだろう、と近衛師団の面々は不思議に思いつつ見守っていた。


「――…ところでそれは、公爵の命か?」


ひとしきり笑いが収まると、ガレットデロワは涙を拭きながら姿勢を直し、尋ねた。ショコラは首を振る。


「いいえ。むしろ父には、初め反対されました。」


国王は「ほう」と、意外そうな顔をした。

あの公爵の考えを改めさせたとは……。なかなかやるではないか、と思ったのだ。


「そうか……。ショコラ嬢は確か、これまで屋敷に籠りきりであったな。良い経験となるであろう。励みなさい。」

「ありがとうございます。国王陛下。」


ショコラは一礼をする。

するとガレットデロワは“国王”らしい空気を纏い、人差し指を立ててみせた。


「一つ。覚えておくとよいのは、何事もすぐに“意味”を決めてしまわない事だ。後になって、それを見出すも見過ごすも、己次第。無駄な事など一切無い。何でもやってみるが良かろう。」


……ざっくばらんな人物に思えたが、この人はやはり一国の王なのだ。ショコラはそう思った。公爵である父からも感じるのだが、その言葉の『重み』が、他の人間とはひと味違っている――。

何というか、自然とひれ伏す気持ちにさせる人だ。



――…それでは、これで話は終わり……というところで、ガレットデロワはふと『あの事』を思い出した。


「…旅、か……。だが、道中はよくよく身の回りに気を付けるように。よいな?外は何かと物騒な事もある。簡単に人を信用し過ぎるのはいけない。その辺りも、今の内によく学んでおきなさい。」


……まるで過保護な親のような事を言う……。そう思いながらも、ショコラは再び頭を下げた。


「はい。お心遣い、ありがとうございます。」

「では終いだな。――よし、マカロン!もうよいぞ。おいで。」


ガレットデロワが後方へ声を掛けると、いの一番に駆け出したのは幼い王女のシャルロットだった。

彼女は歓声を上げながら父の方へ走った、と思ったら――…その横を素通りし、真っ直ぐにショコラのもとへと向かう。そして、嬉しそうにその脚にぎゅうっとしがみ付いたのだ。


「ちょこら!!きょは、シャルちゃるとあそんでー!」


満面の笑みでシャルロットは言った。


「――えッ…。」


次の瞬間に聞こえた声は、ショコラの少し後ろにいた従弟・ベニエのものだった。王女の言葉が聞こえた彼は、思わず不満が口を衝いて出てしまったのである。

ショコラは困ってしまった。


「まあ……どうしましょう……。シャルロット殿下、ごめんなさい。わたくし今日は、先にしていた約束がありますので、殿下と遊ぶ事が出来ないのです。」


小さな子と目線が合うようにしゃがむと、彼女は丁寧に断った。それを見たベニエは、ホッとした表情をする。しかし……


「や~あ~~!ちゃるとあそぶの――!」


その返事が不服なシャルロットは、むくれて駄々をこね始めた。ショコラはますます困ってしまう。


「ではこうしましょう、殿下。明日、またここへ来ます。そうしたら一緒に遊びましょう?」

「ヤ!!いーやーあ~!いま‼いまがいいのー!!!」


癇癪を起しながら、幼子はさっきよりも強くギュッとしがみ付いて来る。絶対に離さないという勢いだ。そろそろ手が付けられなくなりそうである。

すると伯母のクラフティが、息子ベニエにそっと声を掛けた。


「……今日のところは、殿下に譲って差し上げなさいな。臣下として。それに、貴方の方がずっとお兄さんなのだから。」

「ぇえ……」


そんな事を言われても、嫌なものは嫌だ。……だが、相手は王女以前に小さな子供……。そう言われては、引き下がらないわけには行かない。

それ以上言葉にはしなかったが、彼はいじけたような、ふてくされた顔になった。ベニエも昨日から……いや、叔母・マドレーヌの手紙が来た時から、ショコラと遊ぶ事をずっと楽しみにしていたのだ。

その事を分かっているショコラは、芝生の上にきちんと座り直してシャルロットに向き合う。


「――…分かりました。では、そちらの約束は破る事にして、今日はシャルロット殿下と遊びますわ。」

「きゃーーーー!やったあ―――!!」


弾けるような笑顔でシャルロットははしゃいだ。そんな様子を見て、ベニエは泣きたくなった来た。


「その代わり。この先、殿下とするお約束はお破りするかもしれません。それでも良いですか?」


ショコラは笑顔で彼女に訊ねる。するとシャルロットの顔が、みるみるうちに曇って行く。

……ショコラが、自分との約束を破ると言った……

しかし王女は、やはり『今』が良かった。


「いい!いいからあそんで――!!」


嫌な言葉を振り切るように、シャルロットは叫んだ。

ならば仕方ない、とショコラは腹を括る事にした。


「…かしこまりました。では、遊びましょう。」


――さて、ベニエには何と言って許して貰おうか……。明日は一日中遠乗りをしよう、と言えば機嫌を直して貰えるだろうか……?足りなければ二日。……気の済むまで、付き合おう――。

そんな時、不安そうな声がした。


「……ちょこら。ほんとに、ちゃるのやくそく、やぶるの??」

「はい。破ります。そうでないと公平ではありませんから。」


はっきりと、ショコラはそう言い切った。

シャルロットに「公平」の意味は分からなかった。だが、とにかくこのままではショコラは自分とする約束を破るらしい。“破ってもいい”とは言ったものの……おろおろとして来てしまう。

そして「う゛――、う゛――」と、悩み始めた。


やがて小さな頭ははち切れそうになって、目からはぼとぼとと涙がこぼれ落ち出す。


「…………………ちょこら、きょお、ちゃるとあそばなくていいから、やくそく、やぶらないでー…」


すると、ショコラはシャルロットの小さな手を握って微笑んだ。


「分かりました。それならば、約束は破りません。決して。では今から、明日のお約束をしましょう。一日中、お付き合いいたしますわ。」

「……ゆびきり……」

「はい!」


まだ目に涙が溜まっていたが、ショコラと指切りをしたシャルロットにはぱあっと笑顔が戻る。そして機嫌良く、両親の元へと足を弾ませながら戻って行った。

その様子を見ていたベニエは、自分が我儘を通したようで複雑な気持ちだったが、ショコラが約束を守ってくれた事を嬉しく思っていた。


「シャルロット、きちんとお約束が出来ましたね。えらいわあ。」

「えへへへ……」


母に褒められ、シャルロットは更に上機嫌である。

ガレットデロワは笑みを浮かべながら、その場のそれぞれの様子と一連の流れを黙って眺めていた。


「――伯爵。ご子息は実に感情豊かだな。」


ぎくりとした伯爵カヌレは、ハンカチで汗を拭う。


「も、申し訳ございません。何分、まだまだ子供で……。」

「いやいや、そういう意味ではない。分かりやす過ぎると、損をする事もあるだろうと思ってな。もうすぐ寄宿学校へ入る頃であったはず。そうなれば、また変わってゆくだろう。」

「恐れ入ります。」





そうしてショコラたちは、王室の別荘を後にしたのだった。


「――…という訳で。明日また、シャルロット殿下のところへ行く事になったわ。」


ショコラはファリヌに事の顛末を話して聞かせた。執事は馬車で待機させていたため、謁見の場にはいなかったのだ。

話を聞くと、彼は頭痛に見舞われた。……また、予定外の予定が……


「…………分かりました。ではこの後ミエルさんに明日の衣装を見繕って来て貰いましょう!」


早口だ。ファリヌは半ば、自棄になっているらしい。無理もない。明日は今日と同じく自分に付き添い、他の事は何も出来ず、一日を棒に振る事になるようなものなのだから……。

それも立派な執事の仕事であるとはいえ、ショコラは苦笑いをするしかなかった。

姉が絶世の美女なので、

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