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その日もまた、教室に残されたのは遥と日下部だけだった。ほかの生徒たちは、なぜか不自然なまでに早く帰った。
教師の姿も、気配もない。
教室の扉が、静かに閉じられる音がした。
そして──
天井のプロジェクターが、突如として起動した。
「──何だ、これ」
日下部が振り返る。
前の黒板に、映し出されたのは──
昨日の放課後、ふたりが並んで教室にいる映像だった。
窓際でぼんやり立つ遥。
机で黙ってノートを開く日下部。
ただそれだけ。
それだけなのに──
角度と光の操作によって、
ふたりの影が、まるで「寄り添っている」ように見えた。
「おい……っ、これ……!」
日下部が立ち上がった。
映像は止まらない。
次のカット。
別の日、廊下で肩を並べて歩くふたり。
それを遠くから、ズームで、狙ったように捉えている。
「……盗撮だろ、こんなの……っ!」
そのとき──
教室の後方ドアが、静かに開いた。
蓮司が、拍手しながら入ってきた。
「すごく、いい構図だろ?」
その顔には、怒りも、冷笑すらなかった。
ただただ、飄々とした、演出家の顔だった。
「ほら、“距離感”って大事じゃん。演技でも、日常でも」
遥は、何も言わなかった。
顔を上げもしなかった。
蓮司は続けた。
「でさ、この映像。あるクラスLINEで“回し見”されててさ──
“どう見ても付き合ってる”“てか、依存してね?”って。
言い出しっぺは俺じゃないよ?」
「お前が撮ったんだろ……!」
日下部が蓮司に詰め寄ろうとしたとき。
遥が、机に手をついて、小さく言った。
「やめろ」
その声に、日下部の動きが止まった。
「……もう、いいから。やめろよ」
その言葉の“どこに向いているのか”──誰にも、わからなかった。
蓮司はふたりの間に立ち、
手のひらでプロジェクターのスイッチを切った。
「ヒーローとヒロイン、ってさ──
外から見ると、けっこう……気持ち悪いらしいよ?」
にこ、と笑って、彼は言った。
「“被害者同士”がつるんでたら、ちょっと興ざめだってさ。
なんか──『演技っぽくて』って」
遥の顔が、わずかに歪んだ。
けれど、笑いもしなければ、怒りもしなかった。
蓮司は、最後にこう言った。
「じゃ、演目はこれで終わり。次の“シーン”も楽しみにしててね」
教室を出ていくとき、蓮司の背中はまるで
──自分が何もしていないように、軽やかだった。
残されたふたりの間に、
どちらからも声はなかった。
それなのに、外の廊下ではすでに、
誰かが「今日の“公開上映”やばかったね」と笑っていた。
次の日の朝。
遥の机に一枚の紙が置かれていた。
《“守られる”って、快感なの?》
日下部のロッカーの中の紙にはこう書かれていた。
《“弱者ビジネス”って楽しい?》
日下部はそれを破らず、丸めもせず──
ただ、そのまま鞄に入れた。
遥は、何も見ていないふりをした。
でも、指先がほんのわずかに、震えていた。