コメント
0件
👏 最初のコメントを書いて作者に喜んでもらおう!
「火の魔法……」
私は、思わず息を飲む。
あれは、誰がどう見ても魔法だった。
火の魔法。
「どうした、平民上がり。魔法を見るのが初めて、驚いてるのか?」
男は、グランツにニヤリと笑っていた。まるで、自分が勝ったかのように……
グランツの表情は見えなかったが、彼はきっと怒りに震えているだろうと思った。何故なら、彼は魔法が使えないから。
魔法は貴族や皇族が使えるもので、ほんの一握りの平民しか魔法を使えない。
そして、グランツはその大半の人間である。
「卑怯よ! 魔法なんて使って!」
私は、思わず叫んでしまった。
正々堂々真っ向勝負。
これは、正式な決闘の筈なのに、剣と剣をぶつけ勝敗を決めるものの筈なのに、何故――――
私が、一人騒いでいると周りにいた騎士達は一斉に笑い出した。
何か可笑しいのかと、睨み付けるが、子供に睨まれた大人のように余裕がありありと表情に浮かんでいる彼らは、私の殺気も気にせず馬鹿にしたような視線を送ってくる。
それが、とても不快で、腹立たしかった。
「何が、そんなに可笑しいのよ!」
「だって、聖女様、ルールに魔法を使っていけないとはいってませんよ。だったら彼も使えばいいじゃないですか」
「ばっか、彼奴は使いたくても使えないんだよ。平民だから」
男がゲラゲラと笑う声が耳に障り、私の怒りは頂点に達した。
私は、勢い良く立ち上がると男達に向かって怒鳴った。
私の声が聞こえていないのか、彼等は未だに笑っていて、それがまた私の神経を逆撫でする。
ルールに魔法を使ってはいけないとないから、使っていい?
そんなの可笑しい。
だって、グランツが使えないことを知っていて魔法を使ったんだから。それに、あの男はきっと勝ち目がないと思ったから卑怯な手に出た。
でも、誰も止めようとしなかった……
(これじゃ、グランツが負けちゃう……!)
私はギュッと手を合わせ、必死に祈った。
しかし、状況は不利である。
「さっさと、諦めたらどうだ!? 平民上がり」
「……誇りは、プライドはないんですか」
ピタリとグランツは動きを止め、男に向かって言葉を投げた。
グランツの言葉に、男は眉を潜める。
その言葉に、周りの人達はざわつき始めた。
だけど、グランツはそれを気にすることなく言葉を紡ぐ。
「騎士としての誇りは……こんなことして恥ずかしくないんですか、と聞いているんです」
「はあ?」
「これは、決闘です。俺は俺の為に、貴方は自分の誇りのために……そうじゃないんですか?」
「ルールに、魔法は禁止となかっただろ」
「……」
グランツは何も言わず、黙ってしまった。
それは、肯定を意味するように見えた。
それを見ていた騎士達は、グランツを嘲笑い始める。まるで、自分達が正しいとばかりに…… 悔しかった。
泣きたいのは、きっとグランツだろうに私の視界はぼやけ涙が溢れそうだった。
何で、こんなに言われないといけないのだろうかと……グランツは何も悪いことをしていないのに。
そう思って、グランツを見ると彼はいつもの無表情な顔で口を開く。
「貴方は、俺に負けるのが怖くて魔法を使った。違いますか?」
「……ッ! 調子に乗ってんじゃねえ! 俺が、お前なんかに負けるだと!」
「そうでなければ、貴方はその剣の腕で俺を圧倒できたはずです」
グランツは、冷静に男を見つめていた。
男の方は、額に青筋を浮かべ今にも殴り掛かりそうな形相でグランツのことを睨み付けている。
周りにいる騎士達も、二人の会話を聞いており皆顔を歪めていた。
「貴方は、ただ負けるのが怖い臆病者です」
「……ッ! もう許せねぇ!」
男は怒りに任せ叫ぶと剣を握っていない方の手で火球を作り出す。
火球は離れた位置にいた私にも分かるぐらい熱く大きく膨れあがり、まるで太陽のようにうねりを上げながらグランツに向かっていく。
あんなのに当たったら、大火傷どころではない。
グランツは、避けようとせず真っ直ぐに男を見据えたままだった。
このままでは、死んでしまう。
「誰か、誰か止めて……ッ!」
私は、周りにいた騎士達に叫んだが誰一人として私の言葉に耳を貸すことなく火球を作り出したあの男を後押しするかのように歓声を上げる。
(なんで――――ッ!)
誰もとめようとしない。誰もグランツの事なんて考えない。
それでも、同じ騎士団の仲間なのだろうか。
そんなことが頭の中をぐるぐると回るが、今はそれよりもグランツの事だけが心配だった。
だってあんなの、避けられるはずがない。
「グランツ! 逃げてッ!」
「――――逃げ出したら、負けですよ」
そう、私の耳にグランツの声がはっきりと聞こえた。
グランツは剣を握り直し構えると、徐々にスピードを増し近づいてくる火球と向かい合った。
この距離では避けることも、何の抵抗もなしに…………私は、ギュッと目を瞑った。
そして、来るであろう衝撃に備え身を固める。
しかし、いつまで経ってもその衝撃はやって来なかった。
それどころか、シュザアアアアアアッ! と何かを切り裂くような轟音が決闘所に響いた。
「おい、嘘だろ」
「ありえない」
騎士達はざわめき、口々にあり得ないと漏らしていた。
その声は次第に大きくなり、そしてピタリと静かになった。
一体何が起きたのか、回らぬ頭で今目の前で起きたことを思い返す。
轟音と同時に目を開けると、そこに広がっていたのは本当に「ありえない」光景だった。
「……嘘だろ、おい……ありえねぇ」
と、火球を放った男は力なくそう呟いた。
そう、もうこの場にあの馬鹿デカい火球はない。
何故なら……グランツが、向かってきた火球を真っ二つにしたからだ。それも一瞬のうちに。
あまりの速さに、私は目が追いつかなかった。
火球を斬るというよりかは、魔法を斬ったという方が正しいのだろうか。
「……ッ」
火球を斬ったグランツは、そのまま男の元へと走り出す。
男は慌てて、剣を構え直したがその剣すらもグランツの攻撃を受けて折れてしまった。折られた男の剣を見て、呆然としている男の顔にグランツは無表情のまま剣先を男に向けた。
そこで、ようやく我に返った男が慌てた様子で逃げ出そうとするが既に遅かった。
グランツは容赦なく、男の首元に剣を突き付けた。
「寸止めでも、いいんですよね」
「ぁ……あ…………」
「それとも、このまま首を切り落としたらいいですか? そしたら、俺の勝ちですか?」
そう、何の感情も感じられない声で淡々と男に言うグランツ。
男は、小刻みに震えながら首を縦に振った。
しかし、グランツは剣を鞘に戻そうとしない。
冷たい冷たい翡翠の瞳で男を見下ろしている。
男は耐えられなくなったのか、謝罪の言葉を口にするがグランツはピクリとも、動かなかった。
勝負はついているのに、と私がグランツに声をかけようとした瞬間私の後ろから地響きするような声が聞こえた。
「そこまでだ」