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「僕はこの屋敷から…抜け出せない…」
…。
…。
誰かが僕の声を聞いてくれたら…。
…。
ガタッ。
…。
ガタッガタガタ。
雨と風が窓を打ち付ける。
木枯らしだろうか。
…。
ガタッ。ガタガタッ。
…。
…。
ドアノブに触れずとも、
扉はひとりでに開いていく。
僕を迎えてくれているのか。
…。
コツコツッ。
足音は虚無に響く。
冷えた空気。
凍てつくような寒さが、
廊下の窓から忍び寄ってくる。
喉にこびりつくような 埃《ほこり》 を吸っては
嘔吐のように咳き込む。
ッヘ、ッ…ヒィ…。
指もまともに通り抜けられないような通気口。
それは己の口を吹き抜けて、
すきま風のような音を立てる。
…。
コツ…コツッ、ヒィ…。
…。
一本道の廊下が足元も見えないほどに黒いのは、
幽霊の残骸が染み付いた痕。
後にも先にも使われなくなったこの屋敷は、
完全なる廃墟ともいえる。
…。
…。
ズーン…。
…。
幽霊にもなれずに彷徨う僕は、
歩く屍も同然。
…。
…。
何もない廊下に躓《つまず》いては、
倒れてしまう。
…ッドンッ……。
子供が壁を叩くような軽い衝突音。
僕は、廊下を揺るがすほどの音すら
奏でられない。
…。
…バタッ…バタバタッ…。
残響のようなそれは、ゆっくりと近付いてくる。
……バタッバタ…。
耳横に足音がいくつも重なる。
それに気付けたのは、奇跡のようなものだった。
「何かが倒れてるぞ…!」
人の声のようなものがはっきりと聞こえる。
けれど、囁き声のようなそれは
恐怖を押し殺し、威嚇をしているようだった。
「死んでるのか…?動かないのか!」
「この黒い塊は一体なんなのでしょう…」
「怯むな!火をつけてしまえば、ファイアキャンプになる!」
「この大きさでは火事で、我々も燃え尽きちまうぞ!」
声の主達は、大勢揃って
僕のことを話しているようだった。
そんな彼らを見ることもできない。
だって、僕は廊下に突っ伏しているから。
「燃やすのは一旦やめよう。我らと同じく、呼吸をしているように見える」
「ではでは、そやつは人間?」
「って、思うじゃーん。そんなわけないだろ」
僕は彼らを一目見ようと、身体を起こす。
…。
…。
目を開けるとそれは、
何もなかったような静けさに包まれた。
声はあっという間に、会話をやめてしまった。
僕は辺りを見渡す。
正面も背面も、
真上にある灰色の電球から
色の抜けた革靴の足先まで。
けれど、何も見えなかった。
何も聞こえない。
闇に閉ざされた視界に、
僕は再び瞼を閉じる。
そう、世界に生きる事を諦めるみたいに。
…。
…。
ズーン…。
…。
「おい、見たかあれ」
「ええ、見ましたとも。彼、動き出しましたね」
「やっぱ生きとったなー」
それは確かに、足元から聞こえてくる。
「あやつ、背がお高いようで。天井の電球にもすぐ手が届きそうぞ」
「この廊下、暗すぎて嫌になっちゃうわ。明かりが欲しいわ。ちょうどあの電球に」
背面の壁に持たれながら、
真上にあった灰色の電球を思い出す。
どうやら、彼らは明かりを付けて欲しいようだ。
「私達だと梯子を何本も繋げないと、届かないわよね」
「うん、彼が動いてくれたらどんなに助かることか」
「いや、あいつを使うなよ。燃やそうとしてた俺らが何言ってんだ」
彼らの声は、一人一人が別人のようだった。
高さも低さも、口調も自称も様々。
聞くところ、数十人はいると思う。
そんな彼らの頼み事を
僕は一つ聞いてやる事にした。
…。
自分のものなのか分からない
肩から提げている鞄の中を探る。
それは探そうとしなくても、
僕の手に抱えられる。
新しい電球を掴んだ僕は、
真上の電球を取り替える。