「…どうして?だってあの人、幼なじみってしか蒼くんのこと見てないじゃない。みんな言ってるよ?あんなに近くにいるのに、ズルイって…!」
って言われてもな…。
じゃあこっちだって言いたい。
幼なじみだからってどうして好きにならなきゃならないのよ。
人の恋愛、勝手に決めつけないでよ。
蒼が勝手に、私を好きになっただけじゃない。
「仲川さんってさ」
しばらく黙っていた蒼が、ぽつりと言った。
「俺を好きになってくれて、どれくらい経つ?」
「え…去年からだけど…」
「へぇ、意外に長いね。この前のコは一ケ月前からだった」
ふ、と蒼は小さく笑った。
「別に比べてるわけじゃないよ。片想いの長さで、気持ちの重さをはかるものじゃないし。けど…俺はさ、もう何年も昔からあいつが好きなんだよね。それこそ、いつ好きになったかわからないくらい昔から、ずっと。もう俺の一部みたいに、心の中にはずっとあいつがいるんだ」
「……」
「もういい加減しんどいから、忘れようと思って告白してくれたコと何人かつきあったりしたけれど、ダメだった。結局は『やっぱ、あいつだけなんだ』って思い知るだけで、みじめな気持ちや付き合ったコに対しての罪悪感ばかりが残った」
思い出すようにゆっくりと語るその口調は柔らかかったけど…仲川さんの想いはけして通らないような、頑なさがあった。
「すげぇしんどいよな、片想いって。だから、ごめん…。気持ちわかるから、ごめん…」
「…蒼くん…」
「ごめんしか言えないけど、ごめん…」
つらそうな蒼の声。
こんな声、聞いたことないってくらい、悲しげな…。
「そんなにごめんばっかり言わないでよ。蒼くんのイメージが崩れちゃう…」
「…じゃあ、ちょうどよかった。こんな俺なんか、好きになることないよ」
訪れた沈黙の中に、仲川さんの小さな泣き声が響いた。
それはきっと、失恋の痛みによるものからじゃなくて、恋をする人だけが流せる、思いやりの涙だ…。
「…嫌い。あんな女…大嫌い…!」
「そうだな。嫌いになれれば楽になれるのにな…」
……蒼…。
「でもだめなんだ。ほんとこれって、病気みたいだよな」
「病気…」
「そ。病気。仲川はさ、かわいいんだから、次行けよ。俺みたいに、たちの悪い不治の病に苦しむな」
冗談めいて言う蒼に、仲川さんは涙をこらえた声で、うんとうなづいた。
「…私、蒼くんが、幸せになれるよう祈ってるね」
「ありがとう」
仲川さんの足音が遠のいていった。
しん、と静かになる化学室。
ふぅと、蒼の短く息を吐く音が聞こえた。
「あーあ、いい女だったなぁ。もったいね。いいぞ蓮、出て来いよ」
私はのろのろと机の下から立ち上がった。
「ってわけだから。これが俺の純粋な気持ち。昨日はちゃんと伝えられなかったけど」
「……」
「恋の病だなんだって、いつまでもヘタレてるわけにはいかなかったから、勇気だした。マジで…頑張った。だからさ」
床しか見つめられない私に、蒼がゆっくりと近づいてきた。
「おまえもちゃんとした答え、見つけてくれよ。蓮」
「……」
「好きだ。俺と、付き合って」
心臓が、破裂しそう。
昨日の威圧的なのとも違う。
赤石のなんかとも違う。
少し震えている蒼の声からは、それだけ誠意と純粋な想いがこもってるのが伝わってきて、もう、息するのも苦しい。
…なによ。
勝手に好きになったのはそっちのくせに…私をこんなに苦しませて。
知らなかった。
蒼がそこまで私を真剣に好きでいてくれたなんて。
私、知らずにずっと、ずっとずっと蒼を傷つけてたの…?
もう…頭がおかしくなりそうだよ…。
「またそんな泣きそうな顔…するなよ」
「べ、別に泣きそうになんかなってない…」
「そ」
とん、と窓に押し付けられる。
少し乱暴な手つきに、緊張がよぎる。
蒼の手が私の頬をゆっくりと撫でた。
身体中が熱くなるのを感じながら、その手の動きに耐える。
放課後の生徒たちのはしゃぎ声が、時折、空耳のように微かに聞こえる。
それ以外は、しんとしている。
高鳴る鼓動が蒼に聞こえてしまうんじゃないかって焦るくらい、静かな空間…。
「ずっと苦しかった」
蒼の低い声が耳を打った。
「胸の奥がカラカラしてるんだ、ずっと。喉が渇くみたいに、苦しくて、熱くて。告白すれば、楽になると思ってた。でも逆だった」
はぁと悩ましげに吐息がもれた。
「あのヤンキー野郎と同じこと考えるのはしゃくだけど、ここってほんといい場所だよな。あー、今すぐここで、おまえ押し倒したいな。全部俺のものにしたいな…」
思わず身を強張らせた私に、蒼はくすり、と小さく笑みを漏らした。
「バカ、冗談だよ。何年片想いしてきたと思ってんだよ。今更んなバカことやらねぇよ。ドキドキした?」
「な…そんなわけ…!」
「でもさ、『落とす』って言ったのは嘘じゃないから」
「……」
言葉をつまらせる私に、蒼はにっこりと綺麗な笑顔を向けた。
「今夜の飯は、また肉がいいなー。作ってくれる?」
「だ、だれが作ってやるもんですか…っ」
「あそう。じゃ、蓮にしようかな」
「な…」
「頭の先から足の先まで、ぺろって美味しく食べちゃおうかな」
「ふ…ふざけないでよっ…!」
振り上げた手を、蒼はあっさりとよけてしまった。
「ふざけてねぇよ。俺は本気」
「……」
「ま、俺取りあえず部活行ってくるから。お楽しみはそれからだ。じゃあな。気を付けて帰れよ」
とあっさりと踵を返して向けられた背中は、どこか悠々とした雰囲気があった。
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