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殺風景な警察の取調室。先ほどまでの豪華絢爛な邸宅とは対照的な、剥き出しの蛍光灯が、阿久津の顔を白日の下にさらしていた。スリーピースのスーツは相変わらず皺一つないが、机に置かれた彼の指先は、隠しきれない微かな震えを刻んでいる。
「……信じられない。長谷川が、私の身代わりになったなんて……」
阿久津は絞り出すような声で言った。彼の供述によれば、数日前から海外旅行へ出かける間、秘書の長谷川に「家を自由に使っていい」と許可を出していたのだという。不在中の郵便物の管理や、届くはずの荷物の受け取りを兼ねた、彼なりの報酬だった。
「彼は私の背格好に似ていました。それに、あの家で私のワインを飲み、私の椅子でくつろいでいた。それで犯人は彼を私だと誤認した……そう仰るのですか」
近藤さんが頷こうとしたその時、隣にいた柊さんが、退屈そうに背もたれに身を預けた。
「可能性はある。あなたを恨んでいる人は山ほどいる。犯人はターゲットの家を探し、そこでくつろいでいる長谷川さんを殺した。その可能性はなくはない」
柊さんは机の上に身を乗り出し、悪魔のような笑みを浮かべた。
「そこでだ。一つ、提案がある」
「提案?」
阿久津が不審げに眉を寄せる。柊さんは、私の制止を視線で制しながら続けた。
「阿久津さん、あなたはこのまま死んだことにしておこう」
「なっ……何を馬鹿な!」
阿久津が色をなして立ち上がるが、柊さんの言葉は止まらない。
「今夜、あなたの詐欺仲間に『阿久津社長が殺された』という情報を一気に流すんだ。ついでに、秘書の長谷川も巻き添えで死んだことにする。……世間には伏せておくが、あなたの周囲のネットワークには、確実な情報として広めるのさ」
「そんなことをして、何になるというんだ! というより、私は詐欺はしていない」
「あぁそうか、詐欺的手法ですね。それはさておき、犯人を炙り出すためですよ、阿久津さん」
私は、柊さんの意図を汲み取って言葉を継いだ。
「もしこれが、あなたの投資詐欺で人生を狂わされた被害者による復讐だとしたら。……目的を達成したと思い込んだ犯人は、必ずどこかで隙を見せる。あるいは、あなたの後釜を狙う仲間たちが、なんらかの動きをするかもしれない」
柊さんが追撃するように囁く。
「なにより、安全ですよ。死人を二度殺すことはできない。あなたが死んだことになれば、本物の犯人はもうあなたを狙わない。警察の保護下で、静かに過ごす。……命と引き換えにするには、悪くない取引だと思わないかい?」
阿久津は絶句し、荒い息をついた。
自分の地位と名誉を何よりも愛する彼にとって、「死んだことにされる」のは耐え難い屈辱だろう。しかし、床に転がっていた長谷川の、あの冷たい死顔を思い出したのだろう。彼は力なく椅子に座り直した。
「……もし、犯人が捕まらなかったら?」
「その時は、本物の死体として戸籍を抹消してあげるよ。僕の古い友人に、そういうのが得意な連中がいる」
「柊さん!」
不謹慎な冗談に私が声を荒らげると、彼は「冗談だよ、南さん」とひらひら手を振った。
「阿久津さん。選択肢は二つだ。生きていると公表して、いつどこから飛んでくるかわからない刃に怯えて暮らすか。あるいは、一度死んで、安全な特等席から犯人が罠にかかるのを眺めるか。……詐欺師なら、どちらの期待値が高いか、計算できるはずだ」
沈黙が取調室を支配する。やがて、阿久津はゆっくりと、、絞り出すように頷いた。
「……わかった。あなたの言う通りにしよう」
「賢明な判断だ」
柊さんは満足げに立ち上がると、私に向かってウィンクをしてみせた。
「さて、近藤さん。二課のネットワークを使って、業界に特大の訃報を流してくれ。南さんは、僕と一緒に……。ああ、そうだ。被害者が残したはずのピザの注文履歴。あれをもう一度、詳しく洗ってみようか」
私たちは、一人の男を亡霊に変え、闇に潜む本物の死神を誘い出すための幕を上げた。
#オリジナルキャラクター有り