「太宰さん今日も休みですか?」
資料室から持って来た書類を手に、中島敦は視線の先に座って仕事をする国木田独歩に声をかけた。
此処は武装探偵社事務所の事務フロア。
異能者・中島敦。能力名──────『月下獣』
主に躰の一部を虎に変えられる異能力者である。
孤児院を追い出され、空腹で死にかけの中、入水中の太宰に出会った。そして武装探偵社に勧誘され、今では探偵社員として物騒な荒事を解決する日々。
太宰から生きる居場所を与えてもらった青年である。
其れと同時に常日頃から太宰の自殺癖やサボり癖────太宰に振り回されてしまう被害者でもあるが、今はソレを置いておこう。
「嗚呼、社長からはそう聞いている」
変わらずパソコンから視線を離さず仕事をした儘、国木田は敦に云った。
異能者・国木田独歩。能力名──────『独歩吟客』
手帳の頁に文字書き、破って念じると書いた物体を具現化できる異能である。但し手帳の寸法(サイズ)を超える物は具現化が不可能だ。
そんな国木田は太宰の同僚であり相棒であり、敦と同じく太宰の或る意味予想外の行動によって困りを果て、振り回されてしまう二人目の被害者でもある。
日頃の太宰の行いで、最近は胃に穴が空きかけているのだとか。
嘘か真か──────────否、真だろう。
「昨日も居ませんでしたけど……何かあったんでしょうか?」
敦が再度聞く。
「さぁな、まぁ社長が云ってるのだから何かは在ったと思うが……」
「確かに、太宰さん何時も国木田さんに『有給取るね〜っ』て軽い感じで云ッてますもンね」
顔を此方に向けて、谷崎潤一郎は苦笑いしながら云ってきた。
異能者・谷崎潤一郎。能力名──────『細雪』
谷崎の異能力は、単純に云えば異能を具現化した雪を降らせ、空間内をスクリーンに変える事ができる。
自分自身に背後の風景を上書きして雲隠れをする事ができたり、幻影を見せて相手を錯乱させる事が可能である。
直接攻撃は無い異能だが、余程の実力者でも細雪内の幻像を見破る事は難しいのだ。
然し谷崎は見た目からも何処か気弱な感じが伝わって、日頃からする自信の無さ気な笑みと来たら特にそうである。
谷崎の言葉に、敦と国木田が強く頷いた。
その瞬間────。
「お兄様ーっ!」
谷崎ナオミが、鈴のような可愛らしい声で谷崎に抱き着いた。
然しその声には強い愛情と仄かな色気が混じっており、何処と無く語尾に『♡』が付いているかのように聞こえる。
谷崎ナオミ────谷崎潤一郎の妹である。
「ナオミ…!」
谷崎が目を丸くして、ナオミを見た。
「お仕事手伝いますわよ!」
「ありがとう」
柔らかい笑顔を浮かべて、谷崎は云う。
刹那、事務所の扉から叩敲(ノック)音が聞こえた。
依頼人だろうか、と思った敦は「僕が行きます」と国木田達云って扉の方へと向う。
扉のドアノブに敦は手を伸ばした。
その瞬間──────ガチャッ
「っ!」
行き成り扉が開き、敦は目を見開いてふらついた足取りで後ろに下がる。
ゆっくりと、扉が開いていった。
「よォ、邪魔するぜ探偵社」
少し大きめの黒帽子を被った少年が、尖った口調で云った。
敦が口を開く。呆然としながら、その光景を見た。
「オイ…?何突っ立ってンだ?」
首を傾げながら、少年は聞く。
敦は少年の言葉にハッと我に返ったように躰を揺るがし、目をこすり始めた。
「────ん?───────ん??」
こすって何度も少年を見る。そして其の度に目を丸くした。
五六回ソレを繰り返した後、敦は心労めいた溜め息を吐く。
「はぁ…………仕事疲れかなぁ…?小さくなった中也さんの幻像が見えるとか………」
敦は再び溜め息を付いて、疲労困憊した表情で国木田達の方へと振り返った。
「ていうか何で中也さんなんだろう……普通鏡花ちゃんとか最低限太宰さんな気がするんだけど……まぁ佳いか…」
「まぁ佳いかじゃねェよ、安心しろ俺は本物の中原中也だ」
真顔で少年────中原中也は、敦に声をかける。
「そっかぁ本物の中也さんかぁ、アハハハ────えっ!!?」
適当に笑いながらゆっくりと歩いていた敦が、勢い良く振り返った。
「中也さんなんですかッ!?」
焦った声色で、敦は中也に聞く。
切羽詰まった敦の表情を見た中也は、少し引きつった顔で「ぉ、おう……」と返事をした後、優しい笑顔を浮かべて云った。
「手前疲れてンだろ、休暇取ったら如何だ?」
まるで上司が部下に云うように、中也は敦に云う。
然し敦は其の事よりも、こうして中也が目の前に居る事と、小さくなって居る事に驚きを隠せなかった。
「少し小さいなぁとは思ってましたが、こんな小さく無かったですよね!?如何したんですか!??」
「手前疲れてンだろ、休暇取ったら如何だ?」
怒りを抑えながら、爽やかな笑みで中也が同じ台詞(セリフ)を再び云う。
「あっ!済みません!身長の事ではないですよ!?子供になってたので如何したのかと……」
慌てながら、敦は訂正に入った。
「手前増々太宰に似てきたな?変な入れ知恵だけ吸収すンなよ」
普通に真顔で中也が突っ込む。
「すッ、済みません!(?)」
敦は訳が判らないが中也を怒らせたのかと思い、取り敢えず頭を下げた。
「はぁ……まぁ別に佳い、姐さんよりはマシな方だな(?)、其れに俺は手前等探偵社ンとこの女医に用があンだよ」
「与謝野女医に……?」
頭をゆっくりと上げながら、敦が恐る恐る聞く。
「嗚呼、話せば少し長くな────「素敵帽子くーんっ!」
事務フロアの中央にある机から、江戸川乱歩が明るい声でそう云った。
椅子から飛び降りて、乱歩は敦と中也の目の前に走って来る。
「乱歩さんっ……」
目を丸して、敦は乱歩を見た。ニコッと乱歩が微笑む。
異能者・江戸川乱歩。能力名──────【超推理】
乱歩の異能力は、あらゆる事件、あらゆる異変の真相を、一目見ただけで見抜いてしまうという異能だ。
尚、異能発動は乱歩が常に大事に所持している黒縁眼鏡をかける事が契機(ケイキ)となっている。そして今まで乱歩が解けなかった事件は存在しない。
そんな乱歩の異能力に頼るべく、彼方此方から頭を下げに来る警察官が絶えない訳だが、実際────乱歩は異能力者では無い、只の一般人だ。
然し異能力者すら超越してしまう頭脳────観察眼と推理力。
其れが、江戸川乱歩である。
「却説、素敵帽子君。太宰の交渉条件について来たんでしょ?」
「嗚呼」
中也が静かに返事をした。
「……?」
何も判らない敦は首を傾げる。
──────グイッ!
刹那、敦は勢い良く腕を引っ張られた。
「敦…!」
やや落ち着きがない声で、国木田が敦を呼ぶ。
その傍には谷崎とナオミが少し心配した表情で、中也と話す乱歩を見ていた。
「国木田さん?如何しました?」
「ぃ、今乱歩さんと話をしているのは………」
何処か震えた手で国木田は中也を指差す。
「あぁ……多分子供の中也さんだと思いますよ?」
「こっ……子供ッ!?」
国木田は口をパカリと開け、目が点になった。宇宙が国木田の脳に溢れ出す。
「あれ?国木田さん?大丈夫ですか?えっ?国木田さんっ!?」
声をかけても返事をしない国木田に、敦が焦り始めた。
国木田の眼の前で、敦は自分の手をブンブンと横に振る。
「兄様、兄様」
コソッとナオミが谷崎に声をかけた。「ん?」と云いながら、谷崎はナオミに耳を傾ける。
「確か彼の方………ポートマフィアの幹部さんですよね?」
「うん、そうだね……何で居るのか判らないけど…………ていうか今思うと絵面凄いなぁ……」
谷崎が苦笑いしながら呟いた。
「太宰さんからは小さいと聞いていましたけれど、彼処まで小さかったのかしら?」
頬に手を添えながらナオミが聞く。
「うーん、あんなには小さくなかッたような……小さかッたような……」
谷崎とナオミはうーんと、頭を悩ました。
「オイ手前等全部聞こえてンだよ、つーかあの糞太宰が……小さいだの何だの云いやがって」
何処か殺意の籠もった雰囲気(オーラ)が、中也から漂う。
「あ、あの中也さん」敦が中也に話しかけた。「与謝野女医に用って云ってましたが……如何して此処に…?」
「僕が説明してあげるよ!」
そう云って、乱歩は何故か得意気な笑顔を顔に浮かべながら話しだした。
〜説明中〜
「幼児化の薬っ!?」
敦が驚きの声をあげる。
全員が目を見開きながら乱歩の話を聞いていた。
「そ、それで太宰さんは何処に?」
恐る恐る敦が中也に尋ねる。
「何処……?太宰は最初っから此処に居ンだろ」
そう云って、中也は下の方を指差した。
「えっ?」声をこぼしながら、敦は中也が指をさした方を向く。
十歳程の男の子と、敦は目があった。
「……………」
ペコリと少年は敦に会釈をする。
其れにつられ、呆然としながらも敦も会釈した。
黒の蓬髪にくりっとした大きな瞳。子供ならではの幼さを感じさせながらも、少年は秀麗な顔立ちをしていた。
敦の脳に記憶された一人の青年が、少年の面影に重なる。其れは他の社員も同じだった。
「ま、真逆……………………………太宰さん?」
何処か震えた声で聞いた敦に、少年────太宰はコクリと頷く。
「可愛いですわーっ!!」
刹那、敦の後ろからナオミが飛び出し、太宰の目の前でしゃがみ込んで目線の高さを合わせた。
「っ!」
太宰はびくりと躰を揺らし、中也の服を掴んで背中に隠れる。
「あら、私ですわ、ナオミですわよ太宰さん?」
ナオミが優しく微笑みかけた。
何処と無く太宰に在った警戒心が薄れる。
「悪ぃな、此奴記憶も幼児化してっから手前等の事判ンねェンだわ」
中也が云う。
「中也さんの事は判るんですか?」
敦が首を傾げながら聞いた。
「いいや、俺の事も判らね」
「おやァ?怪我人が居るねェ」
手術室の扉が開くと同時に、其の声は響いた。
谷崎と国木田、そして敦の表情がサァっと白くなる。乱歩は楽しそうに笑った。
中也が視線を移す。
「乱歩さんから聞いたよ、太宰が世話になったんだってねェ?」
ニヤリと少し不気味に笑みを浮かべたのは、与謝野晶子。武装探偵社専属の女医である。
「丁度新しい得物が手に入った処だったんだ」
何となく、中也も厭な予感を感じ取る。一歩後ろに下がった。
何も判らない大宰は、目を丸くしながら此の現場を見る。
鋭く光る刃物を持った女史に、其れに恐怖を感じて一歩下がる男四人。其れをケラケラと健気に笑いながら見る青年。
そして何も判らず首を傾げる少年────物凄い絵面である。
「何時もなら谷崎達を軽く解体手術をしようと思ったんだが、今日は良くも悪くも先客がいる」
異能者・与謝野晶子。能力名──────『君死賜勿』
世界的に見ても極めて稀な治療系異能力者である。
彼女の異能発動条件は、治療相手がほとんど死ぬかと思われる程の外傷を負った状態────詰まり“半殺し”の状態でなければ異能は発動しない。
尚、治療の際は、彼女のお気に入りの手術道具である鉈(ナタ)で半殺しにされてしまう為、敵よりも何方かと云えば身内からですら恐れられている。
そんな武装探偵社専属の外科医師である彼女は、新しく得物手に入れたので、至極、機嫌が良かった。
「さァ、楽しい手術時間(タイム)の始まりだよ」
与謝野は後ろから勢い良く仕入れたての刃物を振り下ろす。
厭な予感が中也を包み込んだ。思わずたじろぐ。
刹那、国木田達が中也の肩にポンッと触れた。
「幸運を祈るぞ、中原幹部」
少しズレた眼鏡を掛け直しながら国木田は云う。
「多分与謝野女医、今ご機嫌なンで食後の後菓子(デザアト)感覚で二三回逝かれると思いますが、頑張ッてください……」
気持ちが判るのか、青ざめた表情で谷崎が云った。
「オイ『いく』の文字が『逝く』に変換されてンだが?」
変な汗を流しながら、中也は突っ込む。
「Good Luckです、中也さん!」
親指を立ててグッドサインをしながら、苦笑じみた笑顔で敦が云った。
三人の言動に中也の血の気が引いていく。
厭な予感が的中した。
手術室の扉が、不気味な音を立てて閉まっていく。
敦や国木田達は無事を神に祈る事しかできない。
──────暫くすると、悲痛めいた悲鳴が手術室から響いて来たという。
コメント
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中也ー!!!!、、、可哀想に、、南無阿弥陀仏、