「だって、昨日までは幼なじみだったのに、突然付き合ったら、みんな面白がっていろいろ詮索してくるでしょ…?ただでさえ、蒼は校内一のモテ男って言われてるのに…」
「えー?べっつにそんなこと気にしなくていいじゃん?むしろ、自慢しちゃいなよ」
予想はしてたけど…やっぱり明姫奈も蒼とおんなじようなこと言ったなぁ…。
「でも…」
「でも?」
もう…
どうして蒼も明姫奈も、そんなにあっさりしていられるんだろう…。
初めての恋。初めてのお付き合い。
嬉しいけど、緊張するし、ワクワクするのに、不安も感じるんだよ…。
ふたりは私よりずっと進んでいるから、そんな気持ちにはならないかもしれないけど…、
私は…。
私は、まだ…
「…恥ずかしいんだもん…」
明姫奈はきょとんとした顔で、真っ赤になっている私を見ていた。
けど。
「もー!蓮ってば、超可愛いーーー!!!」
ぎゅうと抱き付かれて、こねこね頭を撫で回された。
か、可愛い?
私がっ?またも蒼と同じようなこと…
「って、髪ぐちゃぐちゃになるよっ、明姫奈っ」
「ごめんごめーん。にしても、ああもう…可愛い通り越してイヂめたい対象というか、なんと言うか…。蓮って、見かけによらず、ほんっとにお子ちゃまだよねー」
「お子ちゃま…」
ガキだの、お子ちゃまだの…
昨日からプライド傷つくこと言われまくりだけど、まぁ…その点はゆずるしかない。
「ふんだ。おっしゃる通り、どうせ私はお子ちゃまですよーっ」
「そう拗ねない、拗ねない。まぁ、仕方ないよね、突然やってきた恋だし」
明姫奈はお姉さんみたいに腰に手をあてて、私を見上げた。
「でもでもー、ちゃんと『好き』っては言ったんでしょー?」
「え」
「伝えたんでしょ。蒼くんに『私も好きだよ』って」
「ううん」
「…。言ったんでしょ、『蒼が好き』って」
「だからっ、言ってないよっ」
「バカっ!」
きゃーー!またも髪がぐちゃぐちゃにー!
…ってさっきよりずっと悪意がこもってるけど…!
「でもでもー『カノジョになってくれる?』って言葉にはちゃんと『うん』って言ったんだよ!?」
「うなづくだけじゃだめでしょ!肝心な自分の気持ちを、ちゃんと自分の言葉で伝えなきゃ!はー…。憐れだな…蒼くん…。やっと想いを遂げられたとはいえ、苦労は続きそうだ」
『いい?蓮』と大人びた口調になって、明姫奈は続けた。
「『好き』って言葉は大切だよ。これだけは絶対に口にして直接伝えなきゃだめ。どんなに恥ずかしくても」
「んんん…」
「そんなしまりのない返事もダメっ。蓮は、蒼くんに『好き』って言ってもらえて嬉しいんでしょ?」
「…うん」
「だったら蓮も伝えてあげなくちゃ。蒼くんのこと、好きなんでしょ」
「うん…」
ってうなずいた途端、頭の中に朝のいろんな蒼が浮かんだ。
おはよ、ってまず最初に言ってくれた優しい目。
玉子焼きを美味しいって言ってくれた、満面の笑顔。
ぎゅうって抱き締めてくれて、
『絶対大事にする』
って言ってくれた、低い声…。
思い出しただけで、胸がまたドキドキして締め付けられる…。
「好き…。蒼が好き…」
そっととつぶやいた私に、明姫奈はふんわりと優しい笑顔を浮かべた。
「…『好き』ってさ、たった二文字だし、行動が伴わなきゃちっとも信憑性なんてない言葉だけど…それでも、恋にはとっても大切な言葉なんだよ…。だから、絶対に、伝えなきゃだめなんだよ…。蓮を好きになってくれた、蒼くんのためにも…」
明姫奈…。
そう教えてくれる明姫奈の顔は、少し悲し気で…寂しそうで…。
それだけに、私の胸に深く深く染みこんでいく…。
私、ちゃんと蒼に面と向かって言えるかな…。
言った途端、真っ赤になって倒れる自信があるよ…。
そのくらい恥ずかしいんだよ…。
そのくらい、蒼のこと好きになっちゃったんだよ…。
でも、だから。
伝えなきゃダメなんだよね。
『…俺は、おまえに認められるために努力してきたんだ。その俺に、ちゃんと報いることしろよ…!』
そうやってぶつかって来てくれた蒼に、私は十分応えることをしていない…。
伝えなきゃ…
『好き』って伝えなきゃ、だめなんだよね…。
「うん…。私、がんばって伝えるね…」
「うん、応援してるよ、蓮!」
そうやって、恋する女の子同士、ギュって手を握ってくれた明姫奈の顔は、またいつもの明るいものに戻っていた。
学校にいる時はただの幼なじみのままだけど、私と蒼は今日から恋人同士…。
蒼は、学校で私にべたべたできない分、早く家に帰ってふたりっきりになりたがった。
けど。
『次期部長が二日も練習休むとはいい度胸だねぇ…!?』
と笑顔をひきつらせた岳緒くんに引っ張られて、泣く泣く部活に行ってしまった。
なので、ひとり家に帰った私は、ご飯を作って蒼の帰りを待ってるんだけど…
落ち着かない…。
だって、今夜は付き合って最初の夜なんだもん…。
落ちつけ、私。
なに意識してるの。
そっちの方が、バカみたいじゃない。
落着け…!
って言い聞かせても、
私の胸は緊張でドキドキしっぱなしで、料理を作ってても些細なことでドジをしまくっていた。
それでもなんとかご飯を作り終わった後は、気を紛らわすためにテレビを眺めていたんだけど…流行りのイケメン俳優が色っぽい演技をしているCMが流れたりすると、抱き締められたり、無理矢理キスされた夜のことを思い出してしまう…。
しかも、蒼はそこいらの芸能人よりもかっこいいから…、なおさらドキドキ…。
今夜はどうか平穏に過ごさせて欲しい…。
もし…
もし…蒼があの時よりも大胆なことをしてきたら、どうしよう…。
もちろん、蒼とはもっと仲良くなりたいよ。
憧れるし…。
でも私、心の準備なんてできてないんだからね…っ。
蒼が大波みたいに怒涛に想いをぶつけてきて私を強引に攫ってくれたから、あっぷあっぷしながらでも、どうにか私は自分の気持ちに気づけたの。
情けないけど、それで手いっぱい。
キスだって慣れないし、それどころか、『好き』って気持ちを伝えることくらいで四苦八苦してるんだよ?
それ以上のことなんて…出来るわけないんだから。
でも。
蒼がもしオオカミになったらどうしよう…。
私、躾の仕方なんて見当もつかないんだけどなぁ…!?
ガチャ。
そこに、玄関が開く音が聞こえて、私はびくりと肩を揺らした。
「ただいま」
蒼の声が聞こえた。
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