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■第8話「さわれない友達」
触れあうことが怖くなったのは、いつからだったろう。
あのとき、目を逸らしたのは自分だとわかっていた。
でも、それでもあの子は、笑ってくれていたのに。
ミナトは俯いたまま、気がつけば見知らぬ床に立っていた。
床……と呼べるかどうかも曖昧だ。硬くて、柔らかくて、ガラスのようで布のようなものに包まれている。
空間全体が、誰かの夢の断片のようなやわらかな色をしていた。
遠くではページがめくられる音と、話し声にならない音が交差している。
本棚は影の中に沈み、見えるのに届かない距離にある。
ここが現実でないことは、直感でわかった。
けれど、目を覚ましたくなるほどには、冷たくなかった。
ミナトは高校生。身長は少し高めで、痩せ型の輪郭。
制服の上から濃いグレーのカーディガンを羽織り、イヤホンを片耳だけつけている。
黒髪はぼさついて額にかかっており、視線は伏せ気味。
人と話すことに慣れていない空気が、立ち姿から滲んでいた。
「声も、視線も、いずれ消えます。でも、触れようとすることだけは、残ります」
現れたのは、ブックレイだった。
今の彼は、紙の人形のようにやや小さく、光を吸い込むような静けさを纏っている。顔の代わりに、なにか感情のない文章が浮かんでいた。
「あなたに足りないのは、“触れようとする意志”です」
ブックレイが差し出したのは、一冊の物語。
「この物語では、“誰とも言葉を交わせない”世界が広がっています。声も届かず、文字も読まれず、ただ“そばにいること”だけが通じる唯一の関係。
──あなたは、その中で、ひとりの“触れられない友達”と出会うでしょう」
ミナトはためらいながら本を開く。
その瞬間、空気の膜がひとつ破れた気がした。
誰かの手のぬくもりが、記憶の奥底でほんのり揺れた。
「もう一度だけ、ちゃんと……」
そんな言葉を、彼は心の中でつぶやいた。