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「賢者の石が、盗まれました」
朝の紅茶がまだ温かいうち、ロザリア様が告げた。
ポットから注がれた紅茶は、香りも色も申し分ない出来だった。厳選された茶葉を使い、湯温も時間もきっちり計った。これ以上に完璧な仕事はない。
それでも、その紅茶に口をつけられることはなかった。
「フィオレンティナ、そこに直りなさい」
ロザリア様に呼ばれた。
僕はフィオと呼ばれることが多い。少年らしい見た目をしているから、中性的《てき》な愛称の方が好まれるらしい。他の使用人たちも、当主であるグレイヴ卿もそう呼ぶ。ただ、屋敷で唯一ロザリア様だけが、女性らしい本名で呼ぶ。
もちろん本名で呼ぶのがダメな理由なんてないけれど、そこにロザリア様なりの悪意があるのを、僕は知ってる。
僕は、ポットを載せた銀のトレイを胸の高さに掲げたまま、広間の中央に立たされていた。
十数人いる他の使用人は壁際で見守っている。取り囲まれているかのよう。居心地の悪い配置だ。
「……賢者の石、ね」
大切なものらしい、というのは僕も知ってる。魔術師の六大名家の一角グレイヴ家に、王族が貸し与えた宝物であるらしい。
けれど、知ってるのはそこまでだ。魔術師でもない僕にとって、グレイヴ卿やロザリア様が話す賢者の石への言及は意味不明だ。確か、生命を固定し価値を等価で循環させる触媒……とか言ってたと思う。あまりにもわけがわからなくて、それ自体が何かの呪文に聞こえてしまう。
ロザリア様が口を開く。
「王族からの預かりものが消えた。学のないあなたたちも、ことの重大さは分かるでしょう?」
ロザリア様の視線は僕だけをピンポイントに捕えている。必然、みなの視線も僕に一点集中する。
「盗んだのは貴方よ、フィオレンティナ」