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2日後、王都エインデルブルグにあるリージョンシーカー本部には、6名の実力派シーカーと4名の兵士が揃っていた。
目的はグラウレスタの塔跡の安全確保、及び森の調査である。
「ところで森に名前ってあったっけか?」
「いや、聞いたこと無いな」
本当は『レウルーラの森』という名前は付けられているのだが、名付けたリージョンシーカー本部がうっかり広めるのを忘れている為、『森』として定着してしまっている。
しかも、本部にはグラウレスタ関連の仕事が少なかったのも、認知度の低さに輪をかけていた。
そんな会話を聞いた本部の職員は、慌てて森の名前が書かれた資料を取り出し、任務の説明に追加した。
「なるほど、レウルーラの森か……そこに行けばいいんだな?」
「いえ、まずは転送装置の安全確保が先です。現在向こうでは何があるか分かりませんから」
「分かった。任せとけ」
説明が終わり、転送の台へ4人が乗る。伝令役の兵士を含めて、3回に分けて転送する事で、不測の事態に対応する為である。
シーカー達は不意打ちに備え、武器を手に構えながら転送されるのを待つ。そして光に包まれた。
グラウレスタへと転移したメンバーは、到着してすぐに散開した。しかし警戒は杞憂に終わり、辺りは静まり返っている。
「とりあえず不意打ちは無いと……よし、兵士さん。戻ってみんなを呼んでくれ」
「はいっ」
兵士は装置に魔力を込め、急いで台に乗り、残りのメンバーにひとまずの安全を伝えに戻った。
やがて全員揃い、辺りの索敵と塔跡の調査を始めると、ここでの事件を伝えた女性兵士が倒れている人を見つけ、しゃがみ込んだ。
「隊長……任務…完了しました」
震える声で、動かなくなっていた隊長へと報告をする。
「おい、こっちにも死体があるぞ! 王都に送るって事でいいんだよな?」
「ああ、布で包んで台に乗せろ。そこからは兵士達の仕事だ」
兵士の事は兵士に任せ、シーカー達は瓦礫の中を調査していく。
「しかし、ここまで破壊するとか、いったいどんなバケモノなんだ?」
「あの兵士さんからの情報でも、見上げた所に目があったって言うしな。塔と同じくらいあってもおかしくないんじゃねぇか?」
「なにしろグラウレスタだしねー。巨大な生き物なんか、平原見ると遠くにたまに見えてるわよ」
「じゃああの光の柱が現れて、その直後に塔が襲われたのは、偶然って事も考えられるわけか」
全員が森の方向を見た。
高い所に登らなくても、赤い光の柱が良く見える。
「あの光は何なんだろうな……」
その問いに答えられる者は、もちろんいなかった。
「クリムー来たのよ~」
「ちょっと待つしー。もう洗い物終わるしー」
昼過ぎのニーニルの町で、本日の営業が終わったディーアンドクリームにやってきたアリエッタ達3人。
というのも、最近はグラウレスタの調査と準備の為に塔が使えず、この3日間、ミューゼとパフィは休みとなっていた。
いい機会だからと、アリエッタに町を見せてあげたり、知り合いに挨拶したりして、のんびりと過ごしている。
(あ、くりむだ。ここはくりむの家?)
「おまたせだし。今アリエッタちゃんにお菓子出すし」
「えっ、アリエッタだけなのよ?」
「当然だし」
とは言いつつも、1人で食べるにはだいぶ多い量のお菓子を持って来た。完全に甘やかしモードになっている。
「……随分多いね」
「アリエッタが太るのよ」
「うっ……たまにはいいし!? それにしても前に見た時より可愛くなってるし。こんなの、甘やかしたくもなるし」
なんと開き直ってしまった。
クリムがお菓子を置くのを見計らって、アリエッタが口を開く。
「くりむ! おはよっ!」(よし言えた! 挨拶は大事!)
言葉が分からない少女からの突然の挨拶に、思いっきり驚いて、口をパクパクさせるクリム。それを見てパフィがニヤニヤしている。
「ふっふっふ、驚いたのよ」
「アリエッタ良く出来たねーえらいえらい」
リージョンシーカーから帰ってからというもの、日常での会話の中で、たまにアリエッタが反応して、物の名称などを繰り返す事があった。
その瞬間を見た2人は、物を指差したり、行動を何度か繰り返したりして、いくつか言葉を覚えさせる事に成功していた。
「驚いたし感動したけど、おはようは朝の挨拶だし?」
「仕方ないじゃない、家の中で『こんにちは』なんて言わないもの」
「朝とか昼とかの違いってどうやって伝えればいいのよ」
絵というものが殆ど発展していないファナリアでは、言葉を覚えるためには会話が必要になってしまう。
幼少の頃から何年も親の会話を聞いて、自然と覚える普通の人とは違い、アリエッタはこの歳で何も知らないのだ。会話の教え方なんて誰にも分からなかった。
アリエッタ自身も、前世の会話の仕方しか知らない為、まずは単語から覚えていくしかないと理解している。だから気になった事で単語と認識したものは、頑張って覚えるようにしていた。
(あ、これクッキーだ。……おいしい)
ミューゼに1つ取ってもらったお菓子を食べると、その知ってる触感に安心し、もしゃもしゃと食べ始める。いつの間にか笑顔になっていた。
「美味しいね、これクリムが焼いたの?」
「もちろんだし。お菓子はあんまり作らないけど、餌付け用にちょっと練習したし」
もうすっかり懐かれたい一心で動いている。
(な、なんか滅茶苦茶視線を感じるんだけど……食べ過ぎかな? そろそろ大人しくした方がいいかな?)
「あ、あれ? もっと食べて良いし。飽きちゃったし?」
アリエッタが遠慮すると、クリムは焦り出した。喜ぶと思って沢山作ったのに、明らかな誤算である。
「お腹いっぱいなんじゃないのよ? まだお昼の後なのよ」
「うっ……そういえばそうだし……さっき仕事終わったばかりだし……」
昼は家でパフィの料理を食べていた。まだ1刻程前の事なので、沢山食べられなくても無理は無い。が、アリエッタは単純に視線を感じて遠慮しただけである。
(ん~……眠い……人の家で……なんて……)
「おっと、アリエッタ眠いのね。あたしが抱っこしてあげ──」
「待つし。ボクも抱っこしたいし。ほら早くするし」
「ここは私がお布団になってあげるべきなのよ」
アリエッタがウトウトし始めた事で、突然勃発するアリエッタ争奪戦。
小声での壮絶な話し合いの末に、ここは自分の家だからと勝利をもぎとったクリムだったが、既にアリエッタはミューゼに寄りかかって夢の中だった。
「か、かわいいし……抱かせてほしいし……」
「しょうがないなぁ。ごめんねアリエッタ」
寝ているアリエッタを起こさないように、ひょいっと持ち上げて、クリムの膝に乗せてあげる。
アリエッタはクリムの胸にある程よい大きさの枕に頭を預けると、寝ぼけてクリムに抱きついてしまった。
「あーあ、羨ましいなー」
「アリエッタから抱き着くなんて、なかなか無いのよ」
「はぁ……はぁ……ボクもうおかしくなりそうだし……」
アリエッタの中身がチキンな元男性の為、積極的に抱き着くなんてことはしていない。その為、抱きつかれているクリムを見て、2人は心底羨ましく思った。
クリムはクリムで、自分に抱きついて寝息を立てる美少女に夢中で、2人の反応どころではない。
「もうすっかり安心して寝ちゃってるね」
「本当なのよ。今グラウレスタは危険だから、帰りたいとか思われてたらどうしようかと思うのよ」
「ギリギリ運が良かったね。あたし達も、この子も」
「あと1日遅かったら危なかったのよ」
「はわ…はわぁ~……じゅるり」
良い寝顔で眠るアリエッタの姿に、とても安心する2人は、少女を拾ったグラウレスタの事を思い出していた。
この後も、腕の中のアリエッタに夢中のクリムを放っておいて、2人で起こさないように小声で今後の事を話し合う。
「とりあえず塔が解禁されるまでは大人しくするしかないのよ」
「うん、落ち着いたらすぐに仕事を受けに行こう」
「アリエッタを養うには、仕事のついでに食材調達をするのがよさそうなのよ」
「じゃあグラウレスタはどうなるか分からないから、ラスィーテを中心に仕事探すのが良さそうね」
なんとなく方針が決まり、あとはアリエッタの寝顔をオカズに、目の前にある大量のお菓子を貪りながら雑談をしていった。
「幸せ過ぎて死にそうだしぃ……」
クリムが美少女で悶え苦しんでいる頃……。
「何か来る! 気をつけろ!」
グラウレスタで塔の残骸をまとめていたシーカー達に、緊張が走る。
「セルータ! 念のため転送準備だ! 何が起こるか分からん!」
「分かった! 王都に設定しておくわ!」
「来た! 早いぞ!」
魔法で感知していたシーカーの男が、声を張り上げ、その場にいる全員が武器を構える。
唐突に、少し離れた場所にある岩場から、大きな赤い生き物が走り出た。それは方向転換しながらシーカー達を見ると、高く跳躍する。
「まずい! 撃ち落とせ!」
一番前に出ていた男の掛け声で、数人が一斉に風と火の魔法を同時に放つ。
空中にいる生き物に全て当たり、衝撃に耐えきれずに真下に背中から落下し始めるのを見るや、剣や槍などの近接武器を持った数人のシーカー達が追撃をかけようと走り出す。
「一番槍は任せな! ギース達は左右に散開して囲め!」
一番足の速いシーカーが、生き物の落下タイミングに合わせ、スピードを上げて槍を突き出した。
槍からは光が撃ち出され、赤い生き物を貫いた。
「ミギャアアアアアアアア!!」
「うるせぇっ!」
傷ついた生き物は一度地面でバウンドするも、すぐに体勢を立て直し、怒りの眼差しを目の前のシーカーに向ける。
「あの目……アイツです! 間違いありません!」
グラウレスタの塔の女性兵士が、生き物の目を見て、仲間達の仇だと確信。転送装置の傍で杖を持つ手に力が籠る。
赤い生き物の目は血の様に赤く、全身も赤い。大きさは大柄なシーカーの男の5倍程はあり、その姿はトカゲのような形をしている。
「こんな生き物がいるのかよ。グラウレスタこえーな」
「無駄口叩いてないで、先手必勝よ。魔法組は頭を狙ってかく乱して頂戴! あたい達はまず足を封じる!」
半月状の刃が付いたメリケンサックのような武器を両手に、シーカーの女性は赤いトカゲの足を狙った。
同じく大剣を持つ男性も、もう片方の足に斬りつける。
「ギョアアアアアア!!」
「結構硬ぇな……だが効果ありだ」
その間も、顔に向かって弱い魔法が連発され、槍でも前足や胸元を貫いていく。
たまらずトカゲは地に伏し、シーカー達のあっけない勝利となる……かに思えた。
「トドメだ!」
槍を頭に打ち込もうと飛び込んだ瞬間、最後の力でトカゲは体を勢いよく回転させた。
「がっ!?」
「うぎっ!!」
大きな体が回転し、長い尻尾がシーカー達に叩きつけられる。接近していたシーカー達は、たまらず吹き飛ばされてしまった。
「しまった!」
転送装置の近くにいた魔法組は驚愕。しかし1人だけ真っ直ぐにトカゲの頭を見据えていた。
「みんなの恨みだ! 食らえっ!」
女性兵士の杖から魔力の塊が撃ち出され、トカゲの頭に直撃! 体をビクンと震わせて倒れ……動かなくなった。