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『温度の理由』
寒さは嫌いじゃない。
凍りつくような空気も、静まり返った街も、
感情を押し殺すにはちょうどいいから。
私は一人で歩く。
足音だけが規則正しく響いて、それ以外は何もいらない。
――そのはずだった。
「ベラルーシー!」
聞き慣れた、騒がしい声。
無視しようかと思った。
けれど次の瞬間、背中に重みがのしかかる。
「やっと見つけた!」
「……にゃぽん」
振り払こうと腕に力を入れる。
でも、妙にしっかり抱きついていて、簡単には離れない。
「離れて」
「やだ」
迷いのない即答。
……本当に、この子は。
「寒いでしょ?あっためてあげる!」
「必要ない」
そう返したのに、腕は緩まない。
むしろ少しだけ強くなる。
「さっき寒いって言ってたもん」
「……聞いてたの」
「うん!」
悪びれない。
隠そうともしない。
そのまっすぐさが、少しだけ厄介だった。
「……だからって、抱きつく理由にはならない」
「なるよ」
また即答。
「だって、あっためたいもん」
一瞬、言葉に詰まる。
意味が分からない。
どうしてそんなことを、当然みたいに言えるのか。
私は、誰かに温められる必要なんてないのに。
「……勝手にすれば」
気づけば、拒絶はしなかった。
背中に感じる体温。
思っていたより、ずっとあたたかい。
歩きにくい。
正直、邪魔だ。
それなのに――
「ねえ、あったかい?」
耳元で弾む声。
「……普通」
短く答える。
嘘ではない。
でも、本当でもない。
さっきまで感じていた冷たさが、少しだけ遠のいている。
「ほんと?よかった!」
嬉しそうに笑う声がする。
どうして、こんなことで喜べるのか分からない。
「じゃあこのまま行こ!」
「……このまま?」
「うん!」
まるで疑う余地もないみたいに。
普通なら振り払う。
そうするべきだ。
距離は保つもの。
感情は見せないもの。
それが、私のやり方だったはずなのに。
「……好きにすれば」
口から出た言葉に、自分でも少し驚いた。
「やったー!」
さらに強く抱きつかれる。
重い。歩きづらい。うるさい。
なのに――
不思議と、不快じゃない。
「ねえベラルーシ」
「なに」
「ぎゅーしてるとさ、なんか安心するね」
足がわずかに止まる。
安心。
そんなもの、私には必要ないと思っていた。
いや、正確には――
必要だと認めたくなかった。
「……そう」
短く返す。
それ以上は言わない。
言えば、何かが崩れる気がした。
「ベラルーシも、安心する?」
少しだけ間を置いて、問いかけられる。
逃げ道を塞ぐような聞き方。
……ずるい。
私は視線を逸らす。
正直に答える必要はない。
いつも通り、突き放せばいい。
でも。
背中にある温度が、妙に現実的で。
それを否定する言葉が、うまく出てこない。
「……しないとは言ってない」
小さく、そう答えた。
言った瞬間、少しだけ後悔する。
余計なことを言った。
そう思ったのに。
「えへへ!」
すぐ後ろで、弾けるような笑い声。
「じゃあもっとぎゅーする!」
「……それ以上はいい」
反射的にそう言う。
けれど、結局引きはがさない。
できなかった。
白い息が、二つ。
ゆっくりと重なって、空に溶けていく。
寒いはずの空気が、さっきより柔らかい。
理由は分かっている。
分かっているのに、認めたくない。
――この温度に、慣れたくない。
そう思うのに。
「ベラルーシ、手も冷たいよ?」
「……触らなくていい」
「えー」
そう言いながら、にゃぽんは片手を離して、私の手を取った。
指先に伝わる、直接の体温。
一瞬、振り払おうとした。
でも。
ほんの一瞬、迷った。
その隙に、指を絡められる。
「ほら、あったかい」
無邪気な声。
逃げる理由なんて、いくらでもあるのに。
「……勝手にして」
結局、それしか言えなかった。
寒さは嫌いじゃない。
そう思っていた。
でも――
この温度を知ってしまった今、
同じことを言える自信は、もうなかった。