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エージェント67
#いじめ
#仕事
「……信じられない。これ、本当に俺が考えたレシピか?」
深夜の試作厨房。
蓮は、僕が差し出した一皿を口に運んだまま、呆然と立ち尽くしていた。
それは、かつて僕が彼に盗まれたレシピを
今の美食のトレンドに合わせてアップデートしたものだ。
「ええ。蓮シェフのこれまでの発想を、僕なりに解釈して『整理』しただけですよ」
僕は、心の中で嘲笑いながら答える。
嘘だ。整理なんて生易しいものじゃない。
あいつの舌を、僕の味なしでは満足できないように「作り替えて」いるんだ。
この一週間、僕はあえて完璧な料理を出さなかった。
初日に見せた驚きを少しずつ小出しにしつつ、蓮に
「お前がいないと、この味は完成しない」
と思わせる絶妙な中毒性を、日々の賄いや試作に忍び込ませてきた。
「カナタ、これだ……。これなら、来月の三ツ星査定も、再来月の『アイアン・シェフ・フェス』も、余裕で勝てる!」
蓮の目が、異様な熱を帯びてギラついている。
かつて僕が愛した「料理への情熱」ではない。
自分の虚像を守り抜くための、執着と恐怖が混ざった濁った光だ。
「でもシェフ、これはあくまで僕のサポートですから。発表は、すべて蓮シェフの名前で行ってください。僕は、あなたの陰にいられればそれで幸せなんです」
「……お前、本当に欲がないんだな。今の時代、お前みたいな奴は珍しいよ」
蓮は満足げに僕の肩を抱いた。
その手の温もりが、反吐が出るほど気持ち悪い。
こいつは確信している。
このカナタという男は、自分の才能を無条件で提供してくれる、湊以上に「都合の良い道具」だと。
「そうだ、カナタ。今度の週末、メディア向けの新作発表会がある。そこで出すメインディッシュ、お前のこのアレンジで行こう。俺が考えた『新作』としてな」
「かしこまりました。調整はすべて僕がやっておきます」
僕は深く頭を下げる。
顔を上げた瞬間、彼には見えない角度で口角を上げた。
作戦は順調だ。
蓮は今、自分で味を組み立てることを放棄し始めている。
僕の提案する「快感」に依存し、自分の舌で確かめることさえ怠りつつある。
あいつは気づいていない。
僕が提供するレシピには、隠し味として「ある一癖」を混ぜていることに。
それは、単体では最高のスパイスだが
特定の食材───
例えば、蓮が看板メニューで愛用している高級フォアグラの脂分と組み合わさると
ほんのわずかな調理温度の差で、劇的な「苦味」へと変貌する罠だ。
「ああ、それからカナタ。お前のその手袋、もう外してもいいんじゃないか? 厨房で少し目立ってるぞ」
蓮が不意に、僕の右手に手を伸ばした。
心臓が跳ねる。僕は反射的にその手をかわし、恭しく一歩下がった。
「申し訳ありません。海外での修行中、ある高名な師に『素手で食材を汚すな』と叩き込まれまして。これは僕の誓いなんです」
「ふん、相変わらず堅苦しい奴だな」
蓮は興味を失ったように背を向けた。
僕は手袋越しに、右手の火傷の痕を強く握りしめた。
お前が僕の右手を焼いたあの日から、僕の「誓い」は一つしかない。
お前が手に入れたすべてを、その汚れた舌ごと焼き尽くすことだ。
「蓮シェフ、新作の仕込み……最高のものに仕上げますね」
「ああ、頼むぞ、カナタ。お前がいてくれて、本当によかった」
あいつの背中に向かって、僕は音もなく言葉を吐き捨てた。
───僕もだよ、蓮。
お前を地獄の特等席へ案内できるのが、楽しみで仕方がない。
信頼という名の甘い蜜は、もう十分に吸わせた。
次の一皿は、お前のプライドを肥大させ、逃げ場を失わせる「劇薬」だ。
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