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午前中の授業が終わると同時に、教室内は一気に騒がしくなった。
朝の「消しゴム事件」のせいで、クラスの女子数人がこっちをチラチラ見ているのがわかる。
「……柚、お弁当食べよ!」
友達に誘われて席を立とうとした、その時。
ガシッ、と制服のスカートの脇を、強い力で引かれた。
「……どこ行くの」
「えっ、あ、友達とお弁当食べようかなって……」
見上げると、国見くんが自分の机に突っ伏したまま、片手で私の服を掴んで離さない。
「……やだ。ここで食べて」
「ええっ、でも……」
「……購買のパン、買ってきたから。……半分あげる」
彼はもう片方の手で、メロンパンが入った袋を無造作に差し出してきた。
友達が「あ、察した……。柚、また後でね!」と気を利かせて(あるいは引き気味に)去っていく。
「……もう、国見くん。みんな見てるよ?」
「……見てればいい。……俺の隣、空いてるし」
彼はゆっくりと体を起こすと、私の椅子を自分の机の方へぐいっと引き寄せた。
膝と膝が軽く触れ合うほどの、近すぎる距離。
「……ほら、メロンパン。これ、柚が好きって言ってたやつ」
「……覚えててくれたの?」
「……別に。……たまたま残ってただけ」
嘘だ。いつもすぐ売り切れる人気のパンを、彼が「たまたま」買えるはずがない。
きっと、チャイムが鳴る前に教室を飛び出して、走って買いに行ってくれたんだ。
「……美味しい?」
「うん、すごく美味しい」
「……ん。……一口ちょうだい」
自分で買ったパンなのに、彼は私の手元にある方を指さした。
私がちぎって渡そうとすると、彼は私の手首をそっと掴んで固定し、そのままパンを差し出している私の指先ごと、小さく口に含んだ。
「…………っ!?」
「……甘い。……相川の味がする」
さらりと言ってのけた彼の瞳は、悪戯っぽく光っている。
周囲の視線なんて、彼には最初から関係なかった。
「……午後も、ずっとここにいて。……どこにも行かせないから」
パンの甘さと、彼の熱い指先の感触。
お昼休みの喧騒の中で、私たちの席だけが、まるで別の世界のように切り取られていた。
放課後。さすがに今日は金田一くんに捕まったらしく、国見くんは渋々部活へと向かった。
「……終わるまで、絶対待ってて」
そう言い残した彼の顔は、今にも死にそうに絶望していたけれど。
私は校門近くのベンチで、彼を待つことにした。
膝の上には、彼から預かったままの、あの「お揃いの消しゴム」が入った筆箱。
「――あれ、柚? まだ残ってたのか」
声をかけてきたのは、部活終わりの田中くんだった。彼は汗を拭いながら、自然な動作で私の隣に腰を下ろす。
「あ、田中くん。お疲れさま」
「国見待ち? あいつ、今日は金田一に引きずられてたもんな。……なあ、柚」
「ん?」
「……国見のこと、どう思ってんの?」
直球すぎる質問に、心臓が跳ねる。
「え、それは……隣の席だし、仲良い……かな?」
「……アイツ、お前にだけ執着しすぎだろ。見てて危なっかしいっていうか」
田中くんが、少しだけ真面目な顔で私の顔を覗き込む。
「……俺さ、前から柚のこといいなと思ってたんだよね。国見みたいな面倒くさい奴より、俺の方が楽しくさせられる自信あるんだけど」
冗談めかした口調。でも、その瞳は笑っていない。
彼の手が、私の肩に置かれようとした、その時。
「…………離せよ」
低く、地這うような声。
振り返ると、そこにはユニフォーム姿のまま、肩で息をしている国見くんが立っていた。
「……国見くん! 終わったの?」
「……終わらせてきた。……田中、その手どかせ」
国見くんは私の隣に割り込むと、田中くんの手を冷たく振り払った。
彼の瞳には、これまでに見たことがないような、剥き出しの敵意が宿っている。
「……柚は俺の。……触んな」
「……国見、お前……」
「……帰るよ、柚。……行こう」
彼は私の手首を強く掴むと、返事も待たずに歩き出した。
田中くんの視線を背中に感じながら、彼の繋いだ手のひらから伝わる熱。
それは、怒りというよりは、今にも消えてしまいそうな「焦り」に近い熱量だった。