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テラーノベル(Teller Novel)
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青く澄み切った空が一変し、鼠色の雨曇が天を覆い尽くす。幸い、雨が降る気配は無く、風の勢いが強い程度だ。一瞬にして暗くなった都市部では、街灯に光が灯され、少しだけ綺麗な街並みに見える。

しかし、 何か良くない事が起きそうな程、不気味な雰囲気が都市部全体を漂っている。これから巻き起こるのは”絶対のデリート”か”希望のクリエイト “か―――


「よォ、久しぶりだな。元気にしてたか?」


都市部の最中心。街で一番大きな病院、笹岡赤十字病院の屋上。建物の頂点に設置されている赤十字の旗が勢い良く風に靡いている。

街の住民は皆、離れた場所へ避難した。今この場に佇むのは僕とこの女のみ。僕はズボンのポケットに手を突っ込みながら、女は扇子を広げて口元を隠しながら、互いに睨み合う。


「あら、遅かったわね。もう羽枝の治療も終えて、貴方を迎え撃つ手筈は全て整ったわ」


少し赤みがかった黒髪が風に揺られ、持っていた扇子を僕の方に向け、 空間支配系統魔術師『沙夜乃』は言う。

僕が狂刀神と口論している間に、病院内の用具を無断で使用し、羽枝の治療をしていた様だ。出来れば羽枝の治療が終わる前に仕留めたかったが―――今回は仕方がない。


「”最期”に聞かせろ、このまま大人しく僕に殺されてくれないか? 」


恐らくこれが、本当の、最後の戦い(ラストマッチ)。

たった数時間と短い戦闘だったが、得られたモノは少なからずあった。


「―――なら”最後”に私からも質問させて貰うわ。貴方、私達と手を組まないかしら?」


「…………そうだな、僕からの回答は『No』だ」


「そう、残念。妖術師ってのは中々使える駒になると思ったのに………それと、私からの回答も『No』よ」


互いの答えは得た。残るは生き残りを賭けた、殺し合い。魔術師と妖術師による因縁の対決。

僕は、都市部に潜む脅威の排除及び魔術師の殲滅。

沙夜乃は、都市部で大規模魔法事件の再現及び妖術師の殲滅。


「―――”狂想刀・黒鶫”」

「―――転移魔法、展開 」


風が、雲の動きが、旗の靡く音が、全てが止まった瞬間。僕と沙夜乃は全力をぶつけ合う。

“狂想刀・黒鶫”。狂刀神のみが所持を許された神器。今僕がこれを扱えているのは、内側でひっそりと何かを企んでいる狂刀神のお陰だ。

転移魔法、展開。今までとは比にならない数のゲートが出現し、全方向から僕を殺す為の物体が降り注ぐ魔法。厄介なのは一気に放出ではなく、ランダムで、何処から来るのか予測不可能な点。


“狂想刀・黒鶫”を手にし、沙夜乃の首に斬り掛かる。 しかし、沙夜乃はまるでフィギュアスケートの選手の様に、上半身を反って攻撃を回避。

回避した時の勢いを利用し、地面を蹴りあげて一回転する。僕の顎を目掛けて、沙夜乃の脚が強く衝突、そのまま後ろに倒れ込みそうになる。

だが、僕は常時『治癒の術』が発動している。狂刀神から流れ込む妖力が上限を越えようとしているが故に、僕は幾ら術を使っても底が尽きない体になってしまった。

着地した沙夜乃が扇子を上から下へ、空気を撫でるように移動させる。同時に、僕の真上に出現していたゲートから医療用のメスやコンクリートの瓦礫が降り注ぐ。


「―――月封!」


僕も負けてはいられない。降り注ぐモノを全て一点に集め、破壊を試みる―――が、

真上だけでは無く、数秒遅れで他の物体が、別の方向から僕を狙って放出される。月封では集めきれない数を捌き切るのは不可能。

この場で最も最適解で、高火力が出せる術。それが窮地を抜け出す為の突破口。脳内の隅から隅を視て、有効な術を捻り出す。


「―――黒影・深層領域」


偽・魔術師との戦いで使用した術の一つ。

黒影・深層領域。 自分の半径7mの地面が影に占領されて一歩踏み入れるだけで飲み込まれてしまう術。自身の体を影と融合させ、攻撃を回避する事が可能だ。偽・魔術師と戦った時の様に。


「貴方それ反則じゃないのかしら!?」


屋上一面にゲートを出現させ、沙夜乃は影に向かって物体を放出する。だがそれも全て無意味、 影に潜った僕に攻撃は一切効かない。 故に、


「―――背中がガラ空きだ!魔術師!」


沙夜乃の背後、影から姿を現して”狂想刀・黒鶫”を心臓目掛けて一突き。……… なんて上手く行く筈が無く。

影から頭を出した時点で、沙夜乃は反射的に何かを感じ取り、魔法を展開していた。

刀は何も無い空間を一突きし、沙夜乃が視界から消える。僕の背後へ―――と言う訳でも無い。

完全に姿を消した。


「なんて思っているのかしら?」


頭上。空を見上げた僕の視界に映る、無数のゲート。全て空間支配魔法による”転移魔法”。しかし 、そのゲートの半分の 向きは此方では無く。


「影さえ無ければ、貴方は逃げる事が不可能なのよね?なら無理やりにでも太陽の下へ引きずり出してあげるわ」


空に向かって無数の物体が飛翔する。ソレは雲を突き抜け、病院を中心に次々へと外側へ広がって行く。太陽が見え始めた所で、足元の影が消えてゆく。

と、同時に。残りのゲートから更に、此方へ向けて物体が放出される。避けなければ直撃して大ダメージを負うだろう。

黒影・深層領域は使用不可。他の術は回避に特化していないモノばかり。あの”回避の術”でさえもこの攻撃は避けきれない。

この攻撃を受ける以外の選択肢無し。


「『八方塞がり』ってやつか…!!」


体への負担を最小限に抑え、物体を刀で受け流す。だが、全てを受け流す事は出来ず、降り注ぐ物体が体の肉を抉る。

それを見た沙夜乃が、僕との距離を一気に詰める。持っていた扇子が顔面を直撃し、後ろに吹っ飛ばされた。

―――完全に見誤っていた、勝手に決めつけていた。 沙夜乃が”接近戦を不得手とする”と、そう思い込んでいた。

無様に転がる僕を追って、沙夜乃が転移する。

真正面、立ち上がった僕の目の前に姿を現す。突然の出来事に脳の処理が追いつかない。

沙夜乃の扇子が、まるで一本の短刀の様に鋭く、僕の身体を切り刻む。身体中から鮮血が吹き出し、想像を絶する痛みに跪きそうになる。

だが、それを僕自身が許さない。 常時使用している”治癒の術”が、片っ端から傷を癒して行く。

―――力はまだ入る。動き続けろ。

漸く脳が正常に活動を始め、沙夜乃の攻撃を刀で受け止める。少し遅い復活だが、次は僕のターンだ。

炸裂する扇子を全て、取り零す事無く、刀で無効化する。激しく火花が散り、空気が張り詰めて行く。

僕が完全に復活した事を悟った沙夜乃は僕から少しだけ距離を取る。

チャンス。少しでもバランスを崩せば僕の方が有利。

『”強制身体強化”、使用』

離れた沙夜乃を追って、僕は加速する。立場が逆転し、今度は僕が沙夜乃に連撃を与え、バランスを崩すタイミングを狙う。

『”焼炙”、使用』

莫大な熱を持つ、ビームに近い一閃が沙夜乃の横腹を直撃する。

この攻撃を受けた沙夜乃はあまりの痛さに攻撃する手を止めるに違いない―――


「女性の腹部を狙うなんて、男として有り得ないわね」


否、直撃していなかった。

放たれた一閃は捻じ曲げられた空間に吸われ、沙夜乃の背後に出現したゲートから発射される。


「とんだバケモノだな………!」


「それはお互い様でしょう………!」


終わらない闘い。このまま永遠に続きそうな殴り合いに終止符を打つべく、僕は最後の手段に出る。もし失敗すれば、僕に待っているのは”死”のみ。

だからこそ、僕にだけにしか出来ない。”遡行”持ちの僕が出来る事。


「これでも食らいやがれ―――! ! 」


沙夜乃に向けて、刀を投げる。


「……………え?」


知性を感じない行動に、沙夜乃は思わず動きを止める。

自らの武器を手放し、攻撃手段を失う。まさに自殺行為だ。

飛んでくる刀を扇子で受け流し、左後方へ飛ばす。突然の出来事に、困惑した沙夜乃は僕の様子を伺う。だが、僕は何もしない。何も出来ない。


「貴方は一体何が―――」


“一体何がしたいのか”。言い切る前に、沙夜乃が突然振り返り、動く。

刀が向かう先は、”羽枝”が座っている椅子。あの椅子の周りには結界の様なモノが貼られていた。魔術師の結界を破壊出来るのは、 神器以上の代物を用いなければならない。

そして、この”狂想刀・黒鶫”は狂刀神の『神器』。

それを瞬時に理解した沙夜乃は手を伸ばし、羽枝の元へ飛ぼうとする。


「させるかあ”あ”あ”あ”!!」


沙夜乃より早く、転移より素早く。初めて刺客と戦った時と同様、刀など要らない。 ―――速さ勝負。

僕の叫び声を置き去りに、身体は車の平均速度を超える。速く動く物体は、急に止まることは出来ない。ならどうする?

―――モノに当たって止まれば良い。

沙夜乃の身体、左側面に激しい勢いで衝突する。接触時の衝撃で骨を含む内蔵等が負傷。肩は外れ、腕は粉砕骨折。

一方、沙夜乃もほぼ同じ症状。左肩が外れ、左腕は骨折では済まなかった。ぶつかった事により、転移先は羽枝を超えたただの地面。

転移後、沙夜乃がその場に倒れ込むのを目視で確認。

僕も倒れそうになるが、脚はまだ動く。それに”治癒の術”は常時発動中。幾らでも傷は癒える。

そして、羽枝の方へ飛んで行った刀は―――


「な………何故…?どう…し…て結界が…壊…れない…の?」


瀕死の沙夜乃が言う。

そんな事、簡単に考えれば答えに辿り着ける問いだ。


「僕が投げたのは…『太刀 鑢』だからな…」


そう。沙夜乃との戦闘中、隙を狙って”狂想刀・黒鶫”を分解し、『太刀 鑢』と『無銘・永訣』の二本が残る状態に変化。

そして、”狂想刀・黒鶫”と形状が酷似している『太刀 鑢』を投げた。

つまり、現在進行形で僕が所持している刀は、


「『無銘・永訣』はトドメを刺す様に取って置いていたって訳だ。―――さてと、僕の傷は全て癒えた 」


終幕。激しい戦いを乗り越え、勝利を手にしたのは僕だった。

勝者には、とある特権が存在する。


「お前、どうして僕を別の場所へ転移させなかった」


一番の疑問。偽・魔術師は僕を連続で別の場所へ転移させた。

偽・魔術師に力を分け与えた沙夜乃なら、同じような事が出来た筈だ。なのに何故、使わないのか。


「………あいつは…わた…しの…欠点を克…服した…魔…術師…なのよ…」


「欠点…? 」


「ほん…とは……転移が使え…るの…は一日に………一人…だ…け……」


「……転移が使えるのは一日一人 ?でもお前、膨大な数のゲートで出入りしてたじゃねぇか」


それだと沙夜乃の言う事と辻褄が合わない。それに今までの知識が全て狂う。

沙夜乃が何を言っているのか、直ぐに調べなければ―――


「瀕死だから大事な部分を言う気力が残ってないのだろうね。私が簡単に説明しよう」


背後から突然声が聞こえ、背後の人物に向かって『無銘・永訣』を突きつける。

だが、そこに立っていたのは。


「これ前にもされた様な気がするんだけどな…」


惣一郎だった。

増援を呼ぶべく、都市部から一時離脱した男。それがこの地に戻って来たという事は。


「都市部の偽・魔術師及び犯罪者は全て取り押さえ、安全は無事確保された。安心したまえ、君を含めた私達の勝ちだ」

「そして、先程の話の続きだが。彼女が言いたかったのは『人物を転移させる魔法は一日一人が限界。だが、あの男はそれを克服し、一日に何度も人物を転移させることが出来た』と、 言う事だろう?」


「………えぇ……そ…うよ」


流石、惣一郎。 言いたい事全てを汲み取り、分かりやすく解説する。どこまでも空気が読める男なんだ。


「そして、君が何度も転移させれた秘密。それは『自分は転移条件の対象外』と言った所かな?」


「……そう言う事だったのか、分かった以上聞くことは何もなし ―――答えは得た。そろそろ終いにするとしよう 」


『無銘・永訣』を沙夜乃に向け、最後の一撃を叩き込むべく、術を詠唱する。 惣一郎は僕を止めようとはせず、ただ見守るのみ。

羽枝の座る椅子の横に転がる『太刀 鑢』が、『無銘・永訣』に引き寄せられ、結合する。

再び”狂想刀・黒鶫”が顕現し、『この女にトドメをさせ』と言っている。

果たして、言っているのは”狂想刀・黒鶫”か『俺』のどちらなのか。


「―――氷解銘卿」


惣一郎を除く、全方位半径50mの物体が全て凍結する。沙夜乃は一瞬にして氷と化し、周囲には冷気が漂っていた。

空間支配系統魔術師『沙夜乃』の死亡を確認。彼女は 呆気なく、終わりを迎えた。


「………羽枝。どうしますか?このまま殺した方が良さそうですかね?」


「―――いや、こちらで捕縛するよ。色々聞きたい事もあるしね」


空間支配系統魔術師『沙夜乃』との戦いは、現時点を以て、終結した。





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沢山の出来事と重なりすぎて、更新が遅れました。申し訳ないです。

『遡行禍殃』第一章 7 ③ を読んで頂きありがとうございます。第一章 7 ③ のタイトルは前話同様『vs魔術師戦:序』です。

次話、閑話:第一章 7.5 の更新は未定です。

誤字脱字報告はコメント欄にお願いします。

遡行禍殃 東京惨劇編

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