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「何かあったのか?」
テントの密集地の裏側なので、ここに人が来ることはほとんどない。
だからこそ、誰かに見られたら面倒だった。
隠れて会っているだなんて思われたら最悪だわ。
レイロの手を振り払い、距離を取って叫ぶ。
「何かあったのかじゃないわ! どうして、あなたがこんな所にいるのよ! あなたの子供が生まれたのよ! こんな所にいないで、さっさとお姉様と子供の所に行きなさいよ!」
「だからここにいるんじゃないか! ……いや、その正確に言うと、ここに着いてすぐにアイミーの姿を見かけたから追いかけてきたというのが正しい」
「……どういうことよ」
聞き返してから、お姉様たちが雨のせいでここを出ていないことを思い出した。
「……ごめんなさい。興奮しすぎたわ。あなたがここにいると思っていなかったからパニックになったのよ。でも、私を追いかけてきたのは迷惑だけどね。それにしても、こんなに早く来るなんて転移の魔導具でも使ったの?」
「そうだよ。エイミーがこっちに来てるって弟から連絡が来たから、慌てて来たんだ」
エルのことをエルファスと呼ばないのはわざとだろうか。
もしかしたら、いや、もしかしなくてもエルからはもう兄弟じゃないと言われたのかもしれない。
エルに酷いことを言われても、自分はエルのことを弟だと思っているから、これからも兄でありたいという願いを込めて弟と呼んだってとこかしら。
長年一緒にいたからか、彼の考えがわかってしまう自分に腹が立つ。
こんなことがわかるのに、浮気に気がつけなかったなんて最悪だわ。
「何度も言うが、エイミーは俺との子だと言い続けてるけど、俺じゃない!」
「ふざけたことを言わないで! あなた以外に誰がいるのよ! それとも、エルに言われないと認めることができないの?」
「違う! 今だって弟に言われたから来たわけじゃない。自分の意思だ!」
全身がびしょ濡れで、目も開けづらいほどに強い雨や葉から落ちてくる雫が私たちの体を叩いてくる。
「そうですか。なら、早くお姉様のところに行って!」
大股で歩きだすと、レイロは私の後をついてくる。
「待ってくれ、アイミー!」
「一緒に帰るつもりじゃないでしょうね」
「……帰る方向が同じだけだ。だけど、君に話したいことがある」
「私はない」
少しでも雨を避けるために大きな木の下に立ち、レイロに先に行くように促す。
「行って」
「アイミー、これだけ言わせてほしい」
「言うのは勝手かもしれない。でも、私は聞きたくない! どうしてもという場合は皆がいる所で聞くから今は行って!」
「……わかった」
レイロは眉尻を下げると、私に背を向けて一番近いテントに向かって走っていく。
彼からの話なんて聞くつもりはない。
騎士団長は3日後と言っていたけれど、今すぐに帰らせてもらおう。
レイロが来ているんだから、帰っても良いと言ってくれるはずだ。
レイロから少し遅れて開けた場所に出ると、エルが駆け寄ってきた。
「アイミー! 何やってんだよ! 風邪引くぞ!」
エルは黒のレインコートを脱いで私の肩に羽織らせた。
「一体どうしたんだよ。……もしかして、兄さんに会ったのか」
「ええ。大した話はしてないけどね」
「ごめん。こんなに早くに来るとは思ってなかったんだ」
「本当に驚いたわ。魔導具を使ったらしいけど、そんなお金、どこにあったのかしら」
「母さんが渡したのかもしれない。どんな形であれ、生まれてきた子供は初孫だからな」
どんな事情があれ、子供に罪はない。
だから、孫を抱いてみたいという気持ちはわかる気がする。
「そうね。もし、許されるなら、赤ちゃんと一緒に転移魔法でエルの家に行こうかしら」
「……許されないことはないだろうけど、何かあったのか?」
「騎士団長からレイロが戦闘に参加すると聞いたの。その時に、レイロがここにいるなら、私は帰還したほうがいいだろうって言われたのよ」
「……そうだな。兄さんのことだから、どうにかしてアイミーに接触しようとするだろうしな」
エルと共にテントの中に入ると、びしょ濡れになった私たちを見た仲間がタオルを持ってきてくれた。
どうせ濡れるからと断ってエルたちと別れ、自分が使っている女性用のテントに戻った。
濡れてしまった服を脱ぎ、魔法で沸かしたお湯で体を拭く。
頭も洗って風の魔法で髪の毛を乾かすと、濡れていない服に着替えた。
冷えていた体が少し温まり、気持ちを落ち着かせてから帰る準備を始めた。
帰る前に上層部の人たちと後方支援の人たち、それから、エルたちに挨拶をしなくちゃ。
エルたちは私のためにここまで来てくれたのに、本当に申し訳ないわ。
もし、彼らが残りたくないと言った場合は、騎士団長に駄目元で相談してみよう。
撤退する準備を終えた時には、雨音が聞こえなくなっていた。
雨がやんだのかと思って、テントの出入り口のシートをめくってみる。
出てすぐの所に人が立っていた。
予想していなかったから、驚きで後ろに飛び跳ねそうになった。
悲鳴をあげなかった自分を褒めたい。
「……どうして、ここにいるんですか」
赤ちゃんを抱いて、無言で立ち尽くしているお姉様に声を掛けた。
すぐに返事がないので、テントの外に出て空を見上げる。
あれだけ降っていた雨はぴたりと止んでいた。
雲の切れ間からは青空が覗いている。
太陽の光を浴びて、周りの木々がキラキラ輝いているように見えた。
雨がやんだのなら、お姉様たちも、もう出発しても良いはずだ。
ここを出ていくと伝えにでも来たのかしら。
もしくは、赤ちゃんを見せびらかしに来たの?
とにかく、赤ちゃんのことだけ聞いてみよう。
「お姉様、私は今から転移魔法で家に帰ろうと思っているんです。良かったら、赤ちゃんだけでも先に連れて帰ろうと思うのですが、どうでしょうか」
「あげるわ」
「……え?」
「こんな赤ちゃんなんていらない!」
お姉様は金切り声をあげたかと思うと、赤ちゃんを掴んだ両手を高く上げた。