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背後から忍び寄る足音が僕を追いやり、

その人間が彼女を迎えに行ったのだから。

それを再び裏路地に隠れた先で、見てしまったから。


「すまない、今日も遅いからな。食べ物は好きなのを食ってていいぞ」

おじさんはいつものように、そう言い残した。

だから僕も、いつものように何も変わらず

おじさんの背を見送った。

部屋に一人きりになる。

ここ最近はおじさんが出張で出かけるようになってしまった。

共にいるにも数時間いればいい方だった。

「おじさんは…僕に何も言わなかったか…」

あの出来事以来、自分の心を蝕むような感覚が消えない。

それを払拭しようと話を持ちかけた事もあった。

けれどおじさんは、逃げるように目を逸らしては

話をしてくれなくなっていた。

忙しいというのは分かっていたが、それを理由に

隠し事をしているような…。

そんな不信感が、僕には芽生えていた。

僕はおじさんの机上を覗いてみる。

どこか知らない建物の見取り図の一枠。

新聞の一部分の切れ端。

タイトルは

「トリオ初 晴れ舞台のソロステージ」

と書かれている。

粒のように細かな文字と対称的に、大々的に張り出された写真。

そこには同じエメラルドの瞳の女性。

トリオというのはどうやら彼女の名前らしかった。

「…どこか似ている気がする」

彼女は両手をあげ、ステージから観客に手を振っている様子だった。

その横顔はあまりにも端正で、

時間をかけて結われた髪と装飾が育ちのいい家庭環境を彷彿とさせる。

自分とは対照的だった。

けれど、なぜか自分と似ているようなものを感じる。

それが何か分かる前に、視線は次に映っていた。

机上の隅に写真立てが置かれていた。

布を被せられていて見えないそれを、僕は箱の中身を開けるように取る。

そこには…。

「これは…家族写真ですか…」

誰に問うわけでもなく、言葉に出ていた。

そこにはおじさんを含めた八人が映っていた。

色のないモノクロの粗い写真が、時を止めている。

赤子を抱いた女性。その隣に自信に満ちた出で立ちの夫であろう男性。

その二人に沿うように、幼い子供が四人。

隠れるように隅で身を潜めるようなおじさん。

「どうしてこんなものが…」

ただの家族写真ならば何も思わなかっただろう。

おじさんにも家庭があって、僕は拾われた身。

僕がこんなものを知らないのは当然である。

けれど、おじさん以外の全員が僕と同じ見慣れたエメラルドの瞳を持っていた。

それを他人事とは思えなかった。

そして、ブルートパーズの輝きを退けるような

この写真に嫌悪を抱かない訳にはいかなかった。

「まるで、おじさんを避けるみたいな…」

家族円満な写真であるのかもしれない。

けれど、狭い枠に収められたこの写真で

おじさんだけが悲痛な表情をしているのが

目に焼き付いていた。

「おーい、クインテッド帰ってきたぞー」

玄関から足音が聞こえる。

聞きなれたおじさんの声。

それは明るいものだった。

僕はすぐさま布を写真にかけ直した。

何事も無かったかのように、おじさんを迎える。

「早かったですね…おかえりなさい」

僕は机上の羽の付いた万年筆を見つめながらに言う。

「今日はなー、特別な日だからな。仕事を投げ出して帰ってきたんだ」

「投げ出す…?まさか、そんな事をしてはダメだと分かっているでしょう?」

僕は目を伏せ、おじさんとすれ違うように食卓の椅子へ座る。

おじさんは僕が見ていた机上に、やけに分厚いコートを置く。

「はは、まぁな。俺が仕事で手を抜く事はしないさ。なにせ、生きるためにお金を稼いでるんだからな」

「ですがおじさんは、お金ではなく、人望や誇りも大切にして働いていますよね」

僕はこんないつも通りに言葉が出てくる事に感心していた。

謎の写真立てを見つけてしまった驚きを、爪の一つも見せないでいる。

「今日は特別な日と言いましたか?何かありましたっけ?」

思い当たるものはなかった。

しばらく家の留守を任されていて外出をしていなかった。

そのせいか、日を跨ぐ感覚も日を数える事もしていなかった。

「今日はなぁ…俺にとってもだがお前にとっても大切な日なんだ」

改まった調子のおじさんに僕は、顔を上げる。

目の前にはオキザリスのプリザーブドフラワーがあった。

「え…これは…どうしたんですか?」

僕は、白く五枚の花弁を開かせる愛らしい花を見つめていた。

「どうしたもなにも…お前さん。今日が誕生日だって忘れたのか…?」

「誕生日…」

今日は僕の誕生日だったことを思い出す。

「そんな…プレゼントですか?」

「あぁ、当たり前だろ?これを探すのに手間取っちまってな」

「それは…」

何か言葉を続けようとして辞める。

おじさんはもしかすれば 、

最近になって忙しいと言っていたのはこの花を探していたためだろうか。

彼が僕を見つめる瞳は優しかった。

それが忙しいという本当の追求を避けるように、

僕の中では心が穢れなき白に染められていくようだった。

僕は差し出されていたプリザードフラワーを受け取る。

「オキザリス…でしたか。この花言葉が貴方からの言葉ですか?」

花を見つめながらに言う。

「意味は言わなくても分かるだろう?言うのが恥ずかしいんだよこっちは…」

強がるような照れを滲ませるような声に、僕は笑ってしまった。

「あは、素直に言ってくれればいいのに…。花を贈るのもいいですが、言葉で伝えてくれるのも嬉しいものですよ」

僕は微笑みながらそのまま、今日という残りの時間いっぱいに祝われたのだった。

嬉しかった。

そう、嬉しかったという気持ちに間違いはなかった。

オキザリスの花言葉。

貴方を決して捨てることはない。

それはおじさんの強い意志と愛情を含むものだった。

そこに疑いがあるわけがない。

ただ…それでも。

僕はその日。

ブルートパーズの瞳に向き合う事を恐れている自分がいた事に、気付いてしまった。

恐いのか、見たくないのか。

恥ずかしいのか、向き合いたくないのか。

急な心の変化に、僕自身も置いていかれるようで。

そのひび割れに似たものを、彼に話すことは出来ないまま。

僕は自分が生まれた日を過ぎるのを待つばかりだった。

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